第三話 〜クリーム増量60分耳マッサージ+α〜by??
扉を開けると同時に、チャリンとベルの音が鳴る。その音に反応して、店員の女の人が振り返った。
「あ、こんばんは。ご予約のお客様ですか?………はい、お名前を伺っても?………ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
店員さんに着いて行く。そして立ち止まり、椅子を引いた。
「どうぞおかけください。ではメニューの…あ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って店員さんは棚を漁り始める。その後、トポポポ、とカップに何かを注ぐ音がした。
「こちら、当店をご利用頂いたお客様にお出ししている物で、今日は紅茶です。あったまるので、ぜひ飲んでください」
こと、とカップをテーブルに置き、メニュー表をぺらっと開く。
「ご予約頂いたコースなんですが、まず、クリームのマッサージ、その後、オイルのマッサージ。この60分コースでお間違いないでしょうか?………はい、ありがとうございます。このまま、すぐにマッサージを始めるんですけど、どこか怪我してるとか、不調なところはありますか?………分かりました。では、施術室へご案内します」
通された部屋は、キャンドルのパチパチという音で包まれていた。控えめな暖色の灯り。揺れる炎。それだけで、張り詰めていた神経がふわっと緩んでいくのがわかる。
「お召し物お預かりします………そしたら、そこに横になって頂いて………じゃあ始めていきたいと思います」
店員さんは頭の方に腰掛け、耳元で囁く。
「初めに、ホットタオルでお耳を温めていきます。熱かったら言ってくださいね」
そっとタオルが耳に触れ、全体を包み込まれる。かなり熱い、けれど気持ちの良い熱がじんわりと伝わる。布越しでゆっくり、ぐるぐると回される。ぎゅっと折り畳まれて、開かれてを繰り返す。耳の中をぐしぐし拭かれる。タオルのざらざら感が気持ち良い。
「じゃあ次は、耳を拭いていきます。ちょっと待ってください。ウェットティッシュ出しますねー」
ウェットティッシュの袋を開ける、パリパリという音。その後、シュッシュッ、と2枚取り出した。
「冷たくてびっくりするかもしれないので、ゆっくり拭いていきますね」
そう言って、ひんやりとしたウェットティッシュが耳の縁に触れる。ホットタオルの余韻で火照っていた肌に、湿り気と冷たさが心地よく染み渡る。
「お客さんは、強〜いのと、優しいの、どっちの方が好きですか?………優しいの?ゴリゴリしてるのは苦手ですか?………分かりました。じゃあ、ゆっくり、優しく、マッサージしますね」
耳の淵を丁寧に指でなぞりながら、さっき温められたばかりの耳を清めていく。ウェットティッシュが耳の凹凸を隙間なく埋めるように、裏側から耳たぶ、入り口、奥の方まで。水分が吸い付くような感覚が、どんどん研ぎ澄まされていく。
「お耳、綺麗になりました。次はクリームのマッサージに入りますね。今日のクリームは…んーと、かわいい香りがします。嗅ぎますか?………良い匂いですか?あ、良かったです」
パキッと蓋を開け、掌にクリームをたっぷりと出した。
「冷たくないように、こうやって手で温めてから塗りますね」
掌を合わせ、体温でクリームをじっくりと溶かす。そして、するする、と伸ばしていく。
「じゃあ、失礼します。最初は、耳を大きく回して、全体の強張りをほどいていきます」
体温で暖かくなったクリームを纏った掌が、優しく耳を覆う。掌全体を密着させたまま、ぐるーり、と回していく。ひと通り回し終わると、親指を滑らせて全体をマッサージする。耳の穴を塞がれる時の、ひゅわん、という音に意識が溶ける。
「クリームがしっかり馴染むように、外側からじわじわとマッサージしますねー」
指先が耳の縁にある軟骨をそっと挟み込む。力を込めるのではなく、クリームの滑りを利用して、外側から内側へと圧をかけていく。
「クリーム追加しますね」
再びクリームの蓋を開ける小気味よい音がして、手のひらでじっくりと温めるような、衣擦れに似た音が聞こえる。
耳の穴の周りにある複雑な窪みに指先が潜り込み、クリームを塗り込むようにして、くるくると円を描く。
「ツボを刺激するために、優しくつねって、引っ張っていきますね」
人差し指と中指で耳を挟み、様々な方向へじわーっと引っ張る。親指の腹で耳たぶの裏側を押し上げるようにしてツボを押す。
「じゃあクリーム拭き取っていきますね」
肌触りの良いコットンで、耳の裏側や窪みの隅々まで丁寧に、じっくりとクリームが拭き取られていく。
「お耳が、もちもちになりました。すごい、肌触りが良くなってます」
もちもちと耳たぶをいじられる。その後に、耳の裏を小指から人差し指で、順番にポコポコとタッピングされる。耳の奥から脳へと、軽い振動が伝わってくる。
「名残惜しいですけど、オイルつけていきますね」
オイルが取り出されると、ちゃぷちゃぷ、と揺れる音がする。中身を出して、また、するする、と温める。
クリームよりもさらさらとした感触。滑らかにマッサージしていく。凹凸をなぞり、耳の淵から耳裏へ。すると不意に、そっと耳を塞がれる。ボー…という音だけが聞こえる。そして、店員さんの顔が近づいた気配がする。
「本日はご来店、ありがとうございます。気に入っていただけたら、リラクゼーション処『ことこと』に、また来てくださいね」
塞がれた耳の中で、店員さんの心地よい囁きが、心地よい残響となって脳に響いた。
店員さんは囁き終えると、そっと両手を離した。
「オイル、きれいに拭き取りますね」
コットンでオイルが拭い去られ、肌がしっとりと整う。店員さんの気配が、再び耳元にぐっと近づいた。
「では最後に、お耳をスッキリさせていきたいと思います」
ふーー……、 ふーー……。
耳に直接、風が送り込まれる。鼓膜がダイレクトに振動させられ、脳内が真っ白な多幸感に塗りつぶされた。
「はい、終わりです。お疲れ様でした」
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「……ん……あれ、寝てたぁ……?」
自宅のソファーで、のっそりと起き上がる。大学から帰ってきて、ソファーで横になったらそのまま寝てしまったようだ。
「あーあ、だめだ。また寝落ちした。どうしてもオイルマッサージに辿り着けん…」
帰ってきて、ソファーに転がり、イヤホンをつけ、ASMRを聴いて、寝落ちしたのだ。
私の至福時間は、マッサージのASMRを聴くこと。配信のも好きだけど、シチュエーションボイスが特に好きだ。ノイキャンイヤホンを着けるだけで、現実から離れて、優しくマッサージしてくれるんだから。
「次は寝落ちしないで、最後まで……って、無理か。あんなの聴かされたら」
私はさっき聞いていたASMRのシリーズをずっと聴いている。何故なら、マッサージが理想的。そして、声が完璧だから。最近はゴリゴリ系ばっかりだけど、外側からじわじわやってくれる方がタイプだ。声も、変に萌え声じゃないし、演技っぽくない、自然体の店員さんって感じでリラックスできる。
「さて、お風呂入って明日の準備して…今度は肩たたきかなぁ」
どんなに疲れたって、どんなに眠れなくたって、私にはお気に入りのASMRがある。
これ以上の癒しがあるなら、教えて欲しいものだ。




