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松前の斗星  作者: 和府


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第7話 1551年 和睦

蝦夷島檜山郡勝山館 1551年(天文20年)夏 安東舜季(37歳)


 我らが1200人の大軍で天の川南岸に上陸してからは、順調に和睦が進んだ。後に南条広継君から聞いた話では、ハシタイン軍は我らの船の群れを見た時点で浮足立ち、脱走者が出始めたそうだ。人の少ない蝦夷島でこれ程の大軍を見る機会は無いだろうから、いかにハシタイン殿が名将でもこれを押し留めるのは困難だろう。

 和睦交渉の準備を整えた季広君が、私に口火を切るよう目線で促した。期待に応えて一仕事しようかね。


「ほれじゃ、これからこん度の戦の和睦交渉ば始めっぺな。出席すてるのは、安東家の当主であるわい、そいからその家臣で蠣崎家の当主・蠣崎季広君、んでセタナイアイヌの首長・ハシタイン殿だ。蠣崎家の家臣、南条広継君は書記として同席させるがら。わいが許すまでは、口ば挟まねようにの。」


 こうして勝山館の一室で始まった和睦交渉は、案の定蠣崎家とセタナイアイヌの国境をどこにするかで揉めに揉めた。最終的な決定権は季広君の主君である僕に有るが、ハシタイン殿に不利益を押し付けると後々面倒だ。仮に今回占領された上ノ国と江差を丸々蠣崎家に返還するよう命じたとしよう。ハシタイン殿は反和人といえども、勝てない戦と理解出来る以上、感情を抑えて合理的な判断で撤退してくれるだろう。しかし部下のアイヌ達はどうだ?何故血を流して得た領土を、安東・蠣崎軍と戦もせずに捨てるのかと不満を抱くだろう。その後はハシタイン殿の撤退命令を無視するか、場合によってはハシタイン殿を殺害して我らとの戦いに挑むだろう。仮に戦いとなれば、装備と数の両面で勝る我らが勝つ自信は有る。ここ上ノ国から彼らの本拠地のセタナイまでは20里強(約90km)、船を焼き払えば帰り着く事も厳しいだろう。江差を占領しているアイヌも含め、一人も生きて帰さない戦いが出来るかも知れない。そしてアイヌが一人も居なくなった上ノ国と江差を再び蠣崎家が治めれば、戦の前と同じ状態に戻れるのか?

 否、決して同じではない。殺された上ノ国と江差の民は戻って来ない。更にここにいるアイヌを皆殺しにしたとしても、蝦夷島の他のアイヌから強い憎しみを受けるだけだ。蠣崎家に任せている蝦夷島でのアイヌとの交易に支障が出るだろう。今回和睦に成功したチリオチのチコモタイン殿を反和人の立場に押しやってしまうかも知れない。そうなれば蠣崎家の200人強の兵力ではもうどうにもならない。松前まで攻め込まれ、全て奪われるだろう。我ら安東軍は本州の最北で南部家等の他大名と睨み合い、ときに衝突するのが基本的な役割だ。今回のように蝦夷島に大軍を率いて来る事は、もう出来ないと考えた方が良いだろう。蠣崎家の力だけで生き延びる事を最優先とするならば…。


「我らセタナイアイヌとしては、この戦で占領した土地は全て我らの物とするのが当然と考えている。要は天の川の北側、江差と上ノ国を全てよこせって事だ。当たり前の要求だよな?」


 ハシタイン殿が野太い声で強気の要求を叩きつけた。そう来るとは予想していたが、季広君と広継君は歯が軋む程食いしばって耐えているな。蠣崎家の感情としては到底受け入れられない要求だろう。今ならこちらの大軍で敵を全滅させることすら可能なのだからな。しかしそれではその後が続かないのだ、何とか理解して欲しい…。


「安東家としては、領土のごどについてはそんで構わね。だばって、こっちの条件は呑んでもらう。

一つ、天の川より北さ居る和人の生き残りと亡骸、そいばすぐにこっちさ渡してけれ。

二つ、天の川ば和人どセタナアイヌの国境どすて、お互いそこは越えねって約束すっぺ。

三つ、これまで通り、和人どアイヌで交易ば続けるごど。

ハシタイン殿、これでどんただべが?」


 蠣崎家を今後もアイヌとの窓口に使えるならば、この程度の領土の割譲は妥協出来る範囲だ。季広君が私を睨んでいる気がするが、この結果は蠣崎家のこれまでの行いと弱さが招いた事だ。甘んじて受け入れてもらうしか無いな。


「ほう、安東殿は思ったよりも話が出来るお方なのだな。このような和人も居るとは驚きだ。では追加で5つ程要求を出させてもらおうか。何、大した内容ではないさ。」


こうしてハシタイン殿は更に以下の5項目を要求して来た。

①他国の商人との交易において蠣崎季広が徴収した関銭の一部を、チコモタイン殿とハシタイン殿に支払う事。

②チリオチから上ノ国までの地域より北東をアイヌ居住地とし、和人はその地域のアイヌの指導者の許可が無ければ入れない事。

③松前と折加内、天の川南岸は和人地とし、アイヌの出入りを自由とする事。

④チリオチの沖または上ノ国の沖を船が通過する際は帆を下げて一礼する事。

⑤チコモタイン殿に東夷尹(ひがしえぞのかみ)、ハシタイン殿に西夷尹(にしえぞのかみ)の称号を与える事。


 蠣崎家に不利な屈辱的な条件である事は一目瞭然だ。しかし、アイヌから平和を買うための代償として受け入れざるを得ないな。


「ん、細かいごどはちゃんと承知すた。この内容で手打ちどしよう。書記の広継君、そいばもとに誓書ば四枚、書いでけれな。わいの分、季広君の分、ハシタイン殿の分、んでここさ居ねどもチコモタイン殿の分だ。和睦の名は…そうだな、『夷狄の商舶往還の法度』って名にしてけれ。ハシタイン殿、それでええべが?」


「和睦の名前なんざ何だって良いさ。それよりもその内容はきっちり守られるんだろうな?油断した所を刺されるのはごめんだぜ?」


「そこは心配いらね。安東家の軍はすぐさま引っ込めるがら。季広君も、わいの顔ば潰すわげにいがねべし、約束はちゃんと守ってけっぺ。んだべ、な?」


 季広君に視線を送ると、悔しさを滲ませた拳を畳にめり込ませながら、「殿の決定に従うまでです。」と力強い返事が返って来た。


「季広君だば、そう言ってけるって思ってだんだ。ハシタイン殿、これで気ぃ楽になったべが?」


「ふーむ、まあ、取り敢えずは安東殿を信じるとしよう。こちらも争いは無い方が良いからな。」


ハシタイン殿の言葉が酷く白々しく聞こえたが、これを追求して臍を曲げられても面倒だ。これにて打ち切りとしよう。


「よーし、和睦も済んだごどだし、わいらは松前さ戻んべ。彦太郎君の元服ば盛大に行うて、そのあとで海峡ば越えで出羽さ戻るごどにすっぺな。わいが居ね間に、三戸の南部晴政が攻め寄せだりすたら、こりゃ大ごとだがらな〜。」


 こうして「夷狄の商舶往還の法度」が締結された。蠣崎家は多くの領土と人命を失い、反和人のアイヌへの憎しみを募らせる事になった。ハシタインは多くの平地を獲得し、指導者の地位を更に盤石にした。また、蠣崎家を見張るためと称し、本拠地をセタナイから上ノ国に移した。安東家は蝦夷島における和人とアイヌの調停者として権威を見せ付け、これからもアイヌ交易で力を得て南部家に対抗出来ると安堵した。


安東舜季(あんどうきよすえ)を烏帽子親とした彦太郎改め蠣崎舜広(かきざきとしひろ)は、敗戦で暗く沈んだ松前で元服を迎えた。誰にも話していない大きな野心を胸に抱きながら…。

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