表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
松前の斗星  作者: 和府
第1章 種をまく日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/30

第6話 1551年 第一次ハシタインの戦い(2)

2026年4月4日:椎茸を平茸に変更。椎茸は蝦夷島の気候では自生がほぼ不可能。

蝦夷島檜山郡勝山館 1551年(天文20年)夏 南条広継(22歳)


 殿(蠣崎季広)に援軍を求める使者が勝山館を出発してから、丸一日が経った。船が使えればとっくに松前に到着出来る時間だが、生憎船は全て壊されてしまった。勝山館で最も俊足の者を選んだが、陸路ではまだ到着していないだろうな…。殿が兵をまとめて援軍に来られるのは、最も早くても明日以降だな。現在は天の川を防衛線とし、渡河を目論むアイヌは弓矢で撃退出来ている。散発的に小舟で天の川南岸を襲うアイヌも居るが、こちらも何とか砂浜で排除出来ている。ハシタイン軍の兵力を総動員すれば勝山館は既に陥落している筈だが、彼らは北岸の江差村や上ノ国村の略奪と実効支配を優先しているようだ。一部のアイヌが勝山館に攻め寄せるのは、ハシタイン軍の統制が完璧ではないからかも知れない。守るべき民が奪われ殺されるのを目の当たりにしながら、自分の館を守れている事に一安心している自分自身が、吐き気がする程憎らしく情けない。殿はお優しいので娘婿である私を激しく責める事は無いかも知れない。しかし私は領土と民を守れなかった愚か者だ。戦が終わったら、殿に自害の許しを請いたいと思う。



蝦夷島松前郡松前 1551年(天文20年)夏 蠣崎季広(44歳)


 折加内に有った船を全て使い、私と彦太郎、そして約50人の将兵が松前に到着した。ここで長門広益率いる150人の兵が陸路で到着するのを待ち、合流後は船で勝山館に向かう。広益らが到着するまで後2刻(4時間)、それまでに船と食糧を用意させておかねば…。ああ、少しの時でも良いから蔦姫に会いたい。これが最期になるかも知れないのだから…。


「殿、無事の御帰還何よりに御座います!大殿(安東舜季)が城でお待ちですのでお急ぎください!」


 家臣が焦った表情を浮かべながら跪いた。確かに殿に援軍要請は出したが、これ程早く到着するとは予想外だった。甲冑のまま大館の大広間に到着すると、既に殿が上座でくつろぎながら家臣達と談笑していた。殿の家臣、即ち私の同僚は慣れたものだったが、私の家臣達、即ち殿から見れば陪臣、は酷く緊張しており冷や汗を流しているのがはっきり見えた。


「おー、季広君、久し振りだごど〜。元気にしてだが?アイヌどおらの境ぎわば決めるたげに軍ば引き連れで来たんだども、ちょっと早えぐ戦さなってだみてだなや。」


 殿がいつも通り底抜けに明るい笑顔で呼び掛けて来る。殿は36歳と私より年下なのに、何故いつも「季広君」と近所の子供のように呼ばれるのだろうか…。まあ、殿がこの調子なのはいつもの事なので気にしたら負けだ。不機嫌な上役よりは余程良い。さあ、果たして殿はこの後の話をしても笑顔でいられるだろうか…。


「殿、お待たせして申し訳有りません。幸いチリオチのチコモタイン殿とは刃を交える事無く和睦に至りました。今後はより良い関係を築けると確信しております。」


「ほぉ〜、刃ば交えねで済んだってが?アイヌども、和人さすっげ敵意燃やしてだって聞いだんだども、一体どんな妖術ば使ったんだべな〜。」


「妖術等と大それたものではございません。ただ和人への敵意を解き、共存共栄の道筋を示しただけです。」


「ん〜、こりゃまた分がんねごどだな。共存共栄って言ったってさ、おらほ和人がアイヌさ何やれるんだべが?今までどおり小刀ば高けぐ売りつけるだげじゃ、うまぐいがねべな〜。」


「それは…。実は今回の和睦は私ではなく、嫡男の彦太郎が主導したのです。彦太郎、殿にご説明せよ。」


 跡継ぎの彦太郎に箔を付けさせたい親心も有るが、彦太郎がどこまで考えてあの和睦を成し得たのか理解出来ない私は、潔く話を譲る事にした。栽培し易い玉蜀黍は良いとしても、少量でも大金になる平茸や砂糖については、どこまで殿に話すべきなのか私には分からん。平茸と砂糖は希少価値が重要なのだから、殿であっても易々と教えるのは避けたい。彦太郎は私の隣で深々と殿に頭を下げ、堂々と口を開いた。


「ご紹介に預かりました蠣崎彦太郎でございます。大殿とお話しする機会を頂き、大変恐縮でございます。」


「へぇ〜、あんたが季広君の跡を継ぐ彦太郎君だが〜。その年で主君さ相手に、こんたに堂々どしてらのは、たいしたもんだごど。うちの太郎(後の安東愛季)ど同じ年とは思えねくらい、しっかりしてらな〜…。」


 どうやら殿は彦太郎を気に入ってくれたようだ。将来は彦太郎が太郎様を支える事を期待しておられるのだろう。おや、微笑んでいた殿が真面目な顔に戻ったようだ。


「さてさて、彦太郎君。さっき季広君が言ってだんだげんと、こんたびのチコモタイン殿との和睦、あんたが先頭に立って進めだって聞いだんだども、そいはほんとだが?」


 殿の値踏みするような視線が彦太郎を貫く。この視線の前では、並の大人でも緊張でしどろもどろになる者が多いのだが…。


「はい、誠でございます。私からチコモタイン殿に共存共栄の道を提案し、受け入れて頂く事が出来ました。」


 彦太郎は堂々と説明を始めた。チコモタイン殿が親和人の優秀な指導者である事、セタナイのハシタイン殿の部下が扇動した事で今回の戦が起きた事、そして玉蜀黍の事…。予想通りだが、彦太郎は甜菜から砂糖を産み出せる事と、平茸を栽培出来る事は触れなかった。やはりその2つが蠣崎家の繁栄の鍵と分かっているのだろう。彦太郎の話を時折頷きながら黙って聞いていた殿が漸く口を開いた。


「ほんでまた面白えごどだなや!こいは面白え、ほんとだべ彦太郎君!力ずぐじゃねぐて、商いだの農業だので戦ば制すたぁ、なかなか思いついでもできねごどだ〜。いや〜、わいはあんたのごど、ほんと気に入ってまったわ!うちの息子にほしいくらいだじゃ!」


 殿は膝を叩きながら大笑いしている。誠に殿は感情表現が素直というか大らかというか…。まあ、そこも含めて我らの殿の良い所だ。


「よーし、決めだぞ季広君!わいが烏帽子親さなるがら、彦太郎君ば今すぐ元服させっぺ!わいの“舜”の字ばくれて、“舜広(としひろ)”って名乗らせねばな!」


 これは驚いた!何かとせっかちな殿だが、彦太郎の元服まで急ぐとは思わなかった。しかしこれを有難く受け入れるのが私にも彦太郎にも良い事だな。ただ、言わねばならぬ事が…。


「殿、嫡男の烏帽子親になって頂き誠に有難く存じます。ただ、元服の儀式を行う前に一点片付けるべき問題がございます。」


「ほぉ〜、どんなややこしごどあんだべ?チコモタイン殿どの和睦は済んだって聞いでだんだどもなぁ…。」


「はい、そちらは当面は問題有りません。問題なのは、セタナイのハシタイン殿です。現在ハシタイン殿の軍が上ノ国と江差を襲っており、先程勝山館の南条広継から援軍要請を受けました。今は折加内からここに兵を動かしている所で、集まり次第船で向かう予定です。そのため、元服はその戦が終わってからにして頂ければ幸いにございます。」


「なるほど、事情はよーくわがった。そいだば、わいも兵ばひきつれて応援さ向かうべ。ハシタイン殿ば和睦さ応じねばなんね状況さ追い込むには、なんたって兵力がもの言うがらなや〜。」


「…かたじけのうございます!これで広継と嫁いだ我が娘を救う事が出来ます…!」


 その時、城下で歓声が上がった。折加内から陸路で兵達が戻って来たのだ。彼らは疲れてはいるが、平和を勝ち取り達成感に満ちた表情を浮かべている。しかし、彼らには少し酷だが、直ちに次の戦を始めてもらわなければならないのだ。短い休息を経て、私が率いる蠣崎軍200人に加え、殿が率いる安東軍1000人が松前から出航した。目的地は天の川南岸、勝山館だ。広継、どうにか持ち応えていてくれ…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
詳細な時間と視点を逐一記すところが、ドキュメンタリー感があって好きです。 アイヌと和人の関係の歴史は、日本に暮らす者としては知っておくべきことですね。私の趣味にはなりますが、中世スペインにおいて、キリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ