表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
松前の斗星  作者: 和府


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/20

第5話 1551年 第一次ハシタインの戦い(1)

蝦夷島檜山郡 天の川河口北岸 1551年(天文20年)夏 ハシタイン(32歳)


「どうやらチリオチの阿呆共は上手く踊ってくれたようだな。」


 高笑いをしながら上ノ国に上陸したのは、セタナイアイヌの長であるハシタインだった。セタナイアイヌ軍は沿岸部の和人の集落で略奪と虐殺を繰り広げていた。チリオチアイヌを反和人で挙兵するよう扇動し、和人の目が東に向いている間に天の川以北を和人から奪う作戦はほぼ計画通りに進んでいた。


「チリオチのチコモタインは和人に手懐けられちまったからもう役に立たねぇが、下の連中を焚き付ければまだ使えるもんなんだな。親子揃って和人にべったりで、上手く付き合うなんて言いながら取り込まれちまってるじゃねえか。便利な道具を売ってくれるからって、俺達アイヌの土地を奪った和人と共存するなんざ片腹痛いんだよ。」


 ハシタインはチコモタインへの愚痴を零しながら、略奪を楽しむ部下を眺めていた。彼はチリオチアイヌを蠣崎氏の本隊にぶつける事で、両勢力の共倒れを狙っていた。侵略者である和人は言うに及ばず、目先の利益のために和人に取り込まれかけているチリオチアイヌも憎らしかった。特にチコモタインが跡取り息子を和人の王子の友人にする事で利益を得ようとしている事が、どうしようもなく腹立たしく情けなかった。


「略奪は楽しいが、俺達を見下ろしているあの和人の館も何とかしねえとな。確か勝山館だったか?」


 ハシタインが部下に好き放題に略奪をさせているのも、計画の一部だった。小規模とは言え敵が籠る城や館を攻める経験を、アイヌはあまりしていなかった。特に松前の北に暮らすセタナイアイヌにとっては、38年前に宇須岸館を始めとする松前の東の和人館をアイヌが陥落させた出来事は、あくまで他人事であった。そのため、ハシタインはなるべく和人の軍を野戦に引きずり出して叩きたかった。そのための乱暴狼藉であり、この挑発に耐えかねて勝山館の南条広継率いる武士達が飛び出して来るのを今か今かと待っていた。和人が海岸に繋いでいた船は一艘残らず船底に大穴を開けておいた。気付かずに漕ぎ出せば、重い甲冑を着込んだ武士は北の海の底に沈んでいく事だろう。正面から天の川を渡って来るなら、渡河で動きが鈍った所に毒矢の雨を降らせてやろう。俺達アイヌは和人基準ならば弓矢の名手揃いだ。生きるための狩りに弓矢は必須だからな、自然に上手くなっていく。和人を野戦で破った後は勝山館を焼き尽くし、天の川以北を我らの領地に組み込む。ああ、上ノ国の北の江刺にも和人の集落が有るから、そこもきっちり潰しておかなきゃな。チリオチアイヌが軍を起こした時点で、俺達セタナイアイヌの勝ちは決まったも同然だ。油断も心配もせずに、粛々と進めていこう。



蝦夷島檜山郡勝山館 1551年(天文20年)夏 南条広継(22歳)


 我らの上ノ国が燃えている。我らの民が殺され、奪われている。腸が煮えくり返るような激しい怒りに、血が流れる程強く拳を握り締めた。領主として、その前に武士として、我らの民を守るために一刻も早くアイヌを打ち払わなければならない。それが当然の考えで、家臣も同意して直ちに出陣出来るものと考えていた。しかし…。


「南条殿、お待ちくだされ!出陣を焦ってはなりませぬ!」


 家臣は口々にそんな弱腰な意見を口にする。目の前で民が殺されているのに、こいつらは何故そんな悠長な事を言えるのか⁉家臣を代表する老人が冷静に説明を始めた。


「今集められる兵は天の川南岸の民だけです。城の武士が全て出陣したとしても、アイヌに兵力で大きく劣ります。我らが皆討ち死にすれば、アイヌは容易くこの勝山館を占領するでしょう。さすれば、松前の殿が上ノ国を奪い返すのに大いに難儀する事でしょう。我らが天の川を用いて南岸を死守すれば、上ノ国奪還の足掛かりになるのです。」


「しかし今目の前で殺されている民はどうなるのだ!彼らは松前の殿が治める民なのだ!殿が一門衆の私に期待する事は、上ノ国や江刺の民を守る事であろう!」


 老臣が涙ながらに叫んだ。


「私とて、民を守りたいのです!しかしアイヌに奇襲を許してしまった以上、我らの戦力ではどうにもならないのです!せめて松前の殿が早く駆け付けてくれれば…!」


 私も思わず涙が溢れていた。アイヌの奇襲を防げず、民が目の前で殺されるのを見ている事しか出来ない己が、酷く情けなかった。私は拳を何度も床に叩きつけて叫んで漸く、非情とも言える妥協案を言わざるを得なかった。


「そなたの言いたい事は理解した。さすれば、天の川南岸に兵力の8割を配置。弓戦でアイヌの渡河を防ぐ。船で海岸から来た場合の備えに、2割の兵を海岸に配置。海から来るアイヌが多ければ、南岸の兵力を割いて送る事にしよう。」


「それが今出来る最良の策でありましょう…。物見の報告では、我らの船は全て破壊されており、まともに動く物は一隻も無いとの事です。松前の殿に既に援軍を求めておりますが、陸路では片道14里の道程にどれ程かかるか…。」


 老臣の消え入りそうな声に、私は最悪の事態を色濃く想像した。野戦でアイヌを打ち破る事ばかり考えていたが、我らには籠城すら簡単な事では無いのだ。皆の士気が下がるので伝えていないが、殿は松前の東でチリオチアイヌとぶつかっている頃らしい。こちらにすぐに回せる兵力は無いだろう。何としても守らなくてはならないのは、この勝山館。そして、殿が私の正室に下さった広姫だ。それだけは何としても守り抜く。例え目の前で民が全てを奪われていくとしても…。



蝦夷島松前郡折加内北部 1551年(天文20年)夏 蠣崎季広(44歳)


 勝山館の南条広継からの救援要請を受けた私は、どのように救援軍を送るべきか悩む事になった。幸いチコモタイン殿とは和解が成立したので、追撃される心配をせずに行軍出来る。しかし、現在地の折加内北部から勝山館は凄まじく遠い。ここから本拠地の松前まで約6里(24km)なので、全軍で向かうなら3刻(6時間)はかかる。勝山館は松前から更に14里(56km)、7刻(14時間)だ。強行軍でも一日に10里(40km)が限度なので、最速でも到着は明後日になるだろう。広継からの使者は船が全て壊されていたので、止む無く陸路で1日以上かけて来たと話していた。つまり広継が救援を求めてからそれが届くまで、早くとも4日はかかる事になる。使者の話では天の川北岸の兵は使えず、南岸の兵だけで勝山館に籠城しているとの事だった。我々が到着するまでに落城する可能性は良くて半々と言った所か…。

 ならば船はどうか?松前まで戻れば、ここにいる兵を一度に全員運べるだけの船が有る。まずは折加内から船で松前に運べるだけ運ぶ。そして残りの兵が陸路で松前に着くまでに、松前の船の出航準備と、遠征用の食料を用意する。うむ、この方針で進めよう。


「皆の者、まずは折加内を目指すぞ。そこから私と彦太郎は運べるだけの兵を乗せて松前に向かい、松前の全ての船を動かせるよう手配する。広益は残りの兵を連れて陸路で松前まで急いでくれ。」


「承知致しました、殿。松前までなるべく早く着けるよう努めます。」


「うむ、頼んだぞ。チコモタイン殿、食料生産の話は後程進めましょうぞ。共に繁栄出来るよう、私も知恵を絞ります。」


チコモタイン殿と固く握手を交わした私は、折加内に向けて峠道を下り始めた。広継よ、何とか私が着くまで持ちこたえてくれ。そして、我が長女の広姫を守ってくれ。

史実の人物紹介

南条広継(なんじょうひろつぐ):1529~1562年。蠣崎季広の家臣。季広の長女(主人公の姉)を正室に迎え、蠣崎家一門衆として活躍する。しかし正室が1561年に主人公を、1562年にその弟の明石元広を毒殺した事で、季広から自害を命じられる。逆さ水松伝説を残す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ