【第82話】来る日に備えて
「皆さん、落ち着いてゆっくり前に進んでください!」
「入口近くで止まらないでくださーい!
ちっちゃい子はパパやママから離れないでね!」
リオ爺とのお別れから1ヶ月と少し。
あの日から変わった事は、実は特に無い。
心の隅に、埋め切れない寂しさがあるくらいだ。
「押さないでください! いや、ちょっと待って!
ヤバイ、これ以上入らないって……」
「ナツメ君、こっちもいっぱいになっちゃった!」
「安全な方の禁書庫に場所を開けましたので、この列の方からはこちらに方向を変えてください!
ナツメ君にルーナさん! こっちは任せます!」
現在、僕達は来たる日に備えて大規模な避難訓練を実施している。
結果、予想より遥かに上手くいっていない。
神域の人数や準備する物も事前に把握して、入念に打ち合わせをしていたにも関わらずこのザマである。
「2列に並んでくださーい! 全員分ありますので!
ルーナ、そっちは足りてる?」
「今話しかけないで!! てんやわんやなの!
わーん! 数が分からなくなっちゃった!」
それは申し訳ない……
この1ヶ月の間、今までのペースでは考えられない程に異形が出る頻度が落ちた。
具体的には半月に1度あるか無いかくらいにまで減った。
今思うと連日のように異形退治をしていたのは、ほぼディクティオの影響だったのだろう。
午前中に始まり、住民全員分の昼食も配り終え、ようやく避難訓練が幕を閉じた。
数多ある改善点を出し合い、反省会も終わった。
「つ、疲れた……」
「だね。主に精神が……
ナツメ君、今日はどうする? いつものする?」
「そうだね。せっかくだし今日もやろうか」
そう、最近僕達の日課になりつつある、仕事終わりの自主練習だ。
いつもの禁書庫で、訓練用の本に2人で入っては日々お互いを高め合っている。
本の中の時間にして約1年弱。実際の時間だと30分くらいだろうか?
日に1年、ここ最近は毎日欠かさず。
「うっし! 始めよっか?」
「うん、全力で行くね〜!」
力が抜けるような声とは裏腹に、ルーナは赤い稲妻を全身に纏った本気の状態だ。
そして、僕も……
「お手柔らかに頼むよ? 『黒天夜叉』!」
以前にリオ爺を真似て描いた『黒糸縅』を、更に僕向けに改良したものだ。
全身にぴったりと纏った黒い鎖帷子に要所要所を守る装飾。そして、荒ぶる獣を模した兜。
全体的にはかなりスリムに見えるだろう。
リオ爺の『大黒天』程のパワーも無い。
だが、スピードに関しては他の追随を許さない。
「りゃぁぁああああ!!!」
「ほらルーナ! それじゃ当たらないよ!」
ルーナの怒涛の連撃を苦もなく避けてみせる。
勿論、一撃でも当たれば絶命ものだ。
しかし、当たらない。
この『黒天夜叉』は少し特別で、僕の意思で鎧自体を動かせる。
よって、攻撃を見切りさえ出来れば鎧が勝手に動く。
「くぅぁ〜っ! ずるいっ! その鎧!」
「ずるくはないよ……
ルーナだって攻撃のキレと威力が段違いじゃん?
もう受け流すとか言う選択肢すら取りたくないもん。
その結果生まれた鎧なんだよ?」
「そっかぁ、えへへへ」
ルーナは照れたように薄紫の髪を指先でくるくると弄る。
悲しい事にこれがこの鎧が生まれた経緯だ。
ルーナと訓練するのに、力か速さのいずれかをどうにかしなければ、僕が潰されると本気で思ったのだ。
ネーミングはリオ爺の技から少し貰って、残りはかっこよく仕上げましたって感じ。
1つ心残りがあるとすれば、この鎧のアイディアを生み出したきっかけが気に入らない。
あのディクティオが最後に使った技『黒縄』から着想を得たからだ。
あれは完全に独立して動く縄だったが、自分の意識なら動かせるんじゃないかと試行錯誤した結果、成功したんだ。
形になるまでに、計8年は掛かったけど……
「よし、もう1回やろうか。
今度はどちらかがギブアップするまでにしよう」
「負けた方が勝った方に、夕飯のおかず1個プレゼントね!」
「乗った!!」
こんな調子で気が済むまで訓練を繰り返す。
一見楽しそうに見えるが、そうでもしないと心がすぐに老いてしまう。
半神類である僕の外見は心の老いによって見た目が少しずつ変化してしまう。
出来ればルーナと似た容姿で一緒の時間を歩みたい。
本の中での訓練が終わり、爽やかな気持ちで禁書庫へ戻った。
結局2年近くは訓練してたかな?
今日も実に有意義な時間だった。
「ナツメ君、夕飯のおかず、忘れないでね!」
「地面を叩きまくって地形変えるのは反則だよ……」
「作戦だからセーフだよ? うん、セーフだよ!」
以前と比べれば僕もルーナもかなり強くなった。
ただ、まだまだ足りない。
奴に勝てる未来がまだ見えない。
時間が許す限り、限界まだ己を高めなければ。
こんな平穏が半年以上は続いた。
ちょうどそれくらいの時期に、突如神域に異変が訪れた。
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次回をお楽しみに!




