【第76話】届かぬ愛 〜三人称視点〜
ナツメやルーナが童話『ヒナギク』の物語に入っている頃、リオテークは情報収集に奔走していた。
「お時間ありがとうございます。それでは、アモーレ。
──有力な情報は無し、ですか……」
この時、異形はまだ派手な動きを見せておらず、捜索は困難を極めていた。
気付けば月日は流れ、進展が無いまま1年と少しが経とうとしていた。
王国を始め、聖国にまで足を運んだが、大した情報は得られずにいよいよ魔族が住むと言われる魔国への道すがらで事は起こった。
「ん? あれは……」
リオテークが手で日陰を作り見上げる先には、傷を負ってボロボロの状態で空を飛ぶ魔族の少女。
この世界では争いがほとんど無いことから、何かしらの情報を得られると考え、即座に筆を降るって空を走った。
「ごきげんよう、お嬢さん。本日はお日柄もよく。
少しお話を伺ってもよろしいですかな?」
「……ふぇっ!? に、人間さん!?
あれ、でも人間さんって空を飛べないんじゃ……?」
傷だらけの魔族の少女と、何故か空を走る人間。
どれほど紳士的な挨拶を交わそうとも、どちらが不審者かと問われればどう考えても後者だ。
「酷い怪我ですね……詳しく聞かせて貰えませんか?」
「え、はい……えっと、人間さんは私の事はご存知?」
「予想は付いておりますとも。
それで、お嬢さんはどちらに向かっているので?」
「知ってるんだ……
そうだ、貴方も早く逃げて! 巻き込まれる前に!」
魔族の少女は何かから必死に逃げるように訴える。
しかし、リオテークの目的はそれなのだ。
「お嬢さん……いや、魔王アニマさん。
わたくしはこの世界の異変を修正しに来た者です。
貴女をそうした原因を教えてくれますかな?」
「…………アモル……私の最愛の人です……
急に人が出て来て、アモルがおかしくなっちゃって、それで……それで……」
魔族の少女、もとい魔王アニマはその身に起こった事を少しずつ語る。
焦りや不安、その他色々な感情からその声は震えていた。
「どうか落ち着いてください。
まずは怪我を治しましょう」
「この程度は自然に治癒します。
でも、早く帝国に行かないと街の人達が!」
「そうですか。では、少し失礼しますよ」
リオテークは魔王アニマを小脇に抱えるように持ち、全速力で帝国の方へ駆け出す。
アニマは訳も分からずされるがままだった。
「きゃぁぁぁあぁぁあ!!!!
早いっ! ホントに人間さんなの!?」
「少し元気なだけの、普通の老いぼれですとも」
冗談を噛ませながら、馬車で数ヶ月は掛かる道のりを僅か3日で到着させた。
アニマは困惑で頭が追い付いていなかったが、数分すると正気に戻り、自分の使命を思い出す。
「そうだ! 帝国の人を逃がさないと!
アモルがここに着く前に……
貴方も手伝ってくれませんか?!」
「急ぐ気持ちも分かりますが、まずは落ち着いて。
何があったのか、詳しく教えてくださいな」
「うん、あれはアモルと魔国で歩いてた時──」
曰く、デート中に謎の人物と出くわし、アモルが刺されてしまった。
刺されたアモルは急に苦しみだした後、辺りを所構わず破壊しだす。
止めようと試みたが全く歯が立たず、命からがら逃げる事しか出来なかった。
魔国は既に壊滅状態であり、次の標的は1番近い帝国かもしれないと思い、向かっている最中にリオテークと出会った。
「ふむ、ではアニマさんは帝国の人達の避難を優先してください。
わたくしは勇者アモルを迎え撃ちましょう」
「だめ! あれに人間さんが、勝てるわけ無いよ……」
アニマは強く否定した後、顔を伏せる。
魔王の力を持ってしてもどうにも出来なかった相手を、ましてや人間では太刀打ちなど出来ないと思っていた。
「生憎、わたくしはただの人間さんではございません。
ただ勇者との戦闘時に、共闘してもらえると助かるのですが……」
「任せてください! こちらも助かります!
その……本当に良いんですか?」
「こちらも仕事なので、お気になさらず」
「……?」
こうしてリオテークは異世界の物語での協力者を得た。
ここまでに1年と数ヶ月。
リオテークは勇者の異形を相手する為に、準備に取り掛かる。
一方アニマは帝国の王に事情を説明し、帝国民の避難を急いでいた。
2週間もすると、ほとんどの帝国民の避難が滞り無く終了。
残ったのは帝国の危機を救わんと立ち上がる騎士、地元想いの冒険者、そして帝国で産まれ帝国で散ると意気込む人達だった。
「えっと、リオテークさん……でしたよね?
こちらの避難は無事完了しました。
リオテークさんは大丈夫そうですか?」
「これはアニマさん、お疲れ様でした。
わたくしでしたら、大丈夫ですよ。
ここ周辺の地はほぼ理解しましたので、後は勇者を討つまでです」
「そう、ですね……」
「アニマさん、1つ言伝を頼んでもよろしいですかな?
後ろで待機している方々に、わたくしの戦闘中は決して近寄らぬよう、言っておいて欲しいのです」
「分かりました。危ないと判断したら私も加勢します!」
避難が完了してから数日が過ぎた辺りで、その異変は起こった。
足下に地鳴りのような振動が響く。
それは徐々に大きくなり、腰にまで振動が伝って来る頃には、異変を目視する事が出来た。
数え切れない程の魔獣の群れ。
地平線の彼方まで続く幾万もの群れが、帝国目掛けて駆けて来る。
「これはこれは……凄い数ですね。
年甲斐も無く興奮してしまいますよ」
「リオテークさんって、戦闘狂?」
「ほんの少し戦闘が得意な老いぼれですとも。
皆さん、少し離れていただけますかな?
初撃から全力で参りますので……」
リオテークは筆を取り出し、空に描く。
アニマと帝国の人達は少し離れた場所から、信じられない物でも見たような顔でリオテークを見ている。
「推して参ります。『黒糸縅』!」
リオテークが纏うは漆黒の鎧兜。
手に描き持つは自らの身長を優に超えた大太刀。
その異様な姿に異世界側の人物は恐れすら抱く。
「それでは行って参ります」
地面がめくれ上がる程の力で、幾万もの魔獣の群れへと単独で前進。
そして、挨拶替わりの軽い一撃をお見舞いする。
「『黒潮』!!」
リオテークによる全力の『黒潮』。
先頭を走っていた魔獣のおよそ半数が、漆黒の渦に呑まれ消えていった。
その後も止まれない魔獣は次々呑み込まれ、辛うじて踏み止まってもリオテークの大太刀がそれを許さない。
「おいおい、人間なのかよ……?」
「あれが戦いだって? 蹂躙の間違いでは?」
「す、凄い……あれならアモルも!」
「我等も続けぇ!
騎士の誇りを、冒険者の根性を見せてやれ!
くれぐれもあの御仁の間合いには入るなよ!」
『ぉぉおおおお!!!』
騎士団に冒険者、そしてアニマも魔獣狩りに向かう。
ただ、平和な世界の人間にこのような大規模な戦闘経験は無い。
魔獣による進行は半日程で終わりを迎える。
結局、魔獣が帝国に足を踏み入れる事は無かった。
大規模な殲滅を終えた後にも拘わらず、リオテークは呼吸を整え、次の敵を見据えていた。
それは、とてつもない速さで一直線に向かって来る。
「これは……っ!? 『大黒天』!!」
リオテークは『黒糸威』の鎧兜に、上書きする様な形一瞬で描き纏う。
その姿は正に破壊の権化。
禍々しくも神々しい、異質な雰囲気を放つ鎧。
リオテークは全力だった。
その全力のリオテークを持ってして、それは止める事は出来ない。
姿が見えてから僅か数秒で接敵、リオテークと両手を組み合う形で帝国の内部まで押し切られる。
リオテークも押し返そうとするが、削れる地面を踏み締めて耐える事しか出来ない。
「ぬぅァァアアアアア!!!」
リオテークは上体を反らし、相手の勢いを利用してそれを後方へ放り投げる。
勇者の異形はゆらりと立ち上がり、リオテークと相対する。
その時、遅れて魔王アニマが飛来し、リオテークとアモルの間に割って入った。
「アモル! もう止めて、お願い!」
「…………」
「ねぇ、返事……してよ。アモルぅ」
アニマの声は悲しみに震えている。
悲しみだけでは無い。自分達の幸せを急に終わらされた怒りも含まれていた。
「元に戻ってよ! ほら、帰ろう?
私を、色んな所に連れてってくれるんでしょ?
ねぇ、答えてよ……」
「…………」
「私の事分かるでしょ!? アニマだよ?
アモルがいっぱい褒めてくれたアニマだよ?
アモルぅ、お願い……グスッ、戻ってよぉっ!」
アニマは感情の昂りのままにアモルに抱き着いて、説得を試みる。
しかし、相手は最愛の人とは言え異形に成り果てた者。
その言葉は終ぞ届くことは無かった。
異形の勇者アモルは腕を掲げ、アニマに向けて振り下ろされた。
リオテークは咄嗟に描いた槍でアモルの手を弾き、アニマを異形から引き剥がす。
「アニマさん、落ち着いてください。
彼は貴女が知る優しい勇者アモルではありません。
ここからはわたくしにお任せください。
わたくしが彼を逃がしてしまった時には、追跡をお願い出来ますかな?
わたくしは後から追い付きます」
「ひっく、うん……分かったわ。
どうかアモルを、私の最愛の人を救ってあげて!」
「その願い聞き入れました。
どうか離れていてください。
これより先は命の削り合いです」
アニマが避難したのを見届けると、リオテークは早速アモルに一撃を叩き込む。が、あっさりと受け止められ、反撃をもらう。
そこに小賢しい作戦などは無く、拳と拳、圧倒的な力と力、純粋な暴力のみのぶつかり合いが繰り広げられる。
化け物と化け物の闘い。
ただ、事戦闘に関してリオテークに並ぶ化け物は存在しない。
拮抗していた2つの力は、段々とリオテークが優勢になって行く。
リオテークが纏う『大黒天』の鎧の風貌もあり、傍から見ればどちらが悪か分からない。
倒れて起き上がれないアモルに、リオテークがトドメを刺そうとした時だった。
「そこでやられちゃうと、僕が困るんだよね」
「っ!!??」
戦闘に集中していたとは言え、獣じみた察知能力を持つリオテークが気配すら察知出来なかった。
そして、目の前で立つ男を見て驚愕する。
肩くらいまで伸ばしたよれよれの黒髪の青少年。
薄汚れた貫頭衣のような服装。
リオテークの前に突然立ちはだかる男は、かつて自分が封印した当時の姿からほとんど変わっていなかったのだ。
「やぁ、久しぶりだね。
でも、再会を喜べる程僕は貴方が好きじゃない。
何なら今すぐにでも殺してやりたいさ」
「何故貴方がここにいるのです……ディクティオ!」
「そんなに怒ると老体に響くよ?」
軽い言葉とは裏腹に、ディクティオと呼ばれたその男は並々ならぬ狂気と殺意をその黒く濁った瞳に秘めていた。
ディクティオは懐に手をやり、取り出したのは1本のガラスペン。
「そちらも封印していた筈ですが?」
「あぁ、勿論苦労したよ……でも今は僕が持ってる。
そんな事はどうでも良くてさ、いつまでも寝てないでそろそろ起きてよ、勇者君!」
手に持ったガラスペンを、横たわるアモルの異形に勢い良く突き立てた。
すると、異変はすぐに現れた。
「ヴゥ、グォァァアアアアア!!!!」
「なっ、何を……!?」
先程まで倒れていた異形は再び立ち上がる。
しかし、それはつい先程まで戦っていた者とは似ても似つかぬ程に異質な容姿になっていた。
腕は倍近く肥大化し、虚ろな両目からは黒い涙がとめどなく流れている。
「あははは! じゃあもう少し頑張ってね」
「待ちなさい!」
リオテークの制止も気にすること無く、ディクティオは去って行く。
しかし、考えている暇は無い。
再び勇者アモルの異形との戦闘に集中する。
先に動いたのは異形だ。
「っ!!」
ドッゴォアアアア!!!!
「カハァッ!!?」
リオテークの目を持ってしても見切ることが出来ず、まともに一撃を受けてしまう。
だが、異形は止まらない。
噎せるリオテークに、最大の一撃を見舞おうと構える。
ゆっくりと両手を掲げ、全身全霊を持ってリオテークに振り下ろす。
帝国全体に響く程の衝撃。
地面は大きく陥没し、さながら隕石でも落ちたかのような衝撃が広がる。
鎧越しとは言え、その衝撃を直接食らったリオテークは身動き1つ取れない状態になった。
辛うじて死ななかったのは、砕け散った『大黒天』の鎧の硬度故だった。
その一撃で帝国は広範囲で壊滅状態に。
更には異形を逃がしてしまう。
一部始終を見ていたアニマは約束通り、次の地へ移ったアモルを追跡する。
それから数日、地面に埋もれたリオテークに声が掛る。
「ナツメさん、ルーナさん! 手を貸してください。
掘り起こしますよ!」
「「はい!!」」
これがリオテークが物語で経験した2年間だ。
そして現在、一行は魔王アニマを追って聖国へ向かうのであった。
読んでいただきありがとうございます!
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今回のお話、書いててとても楽しかったのです!!
次回からはいつも通り、ナツメ君視点に戻りますのでお楽しみに!




