【第55話】末妹に捧ぐ慟哭③
リオ爺からの報告に唖然とした。
海の登場人物全てか……
鯨が登場するなんて初めて知った。
デュークって言うのか。
「海側の登場人物って他にはどれくらい居るんですか?」
「そうですね、説明しておきましょう。
まずは人魚姫マリーナの姉5人、人魚の王国の王、シロナガスクジラのデューク、最後にまだ姿は見当たらないですが、イルカのフリッツが居るかもしれません」
思っていたより多いな。
それと、人魚姫の名前ってマリーナだっけ?
アンデルセンが書いた原作を読んだ事が無いから、僕の知っている登場人物とは少しずつ違う。
「異形の正体は概ね判明しました。
後はどう倒すかですね」
「鯨の口内のトリトンを倒せば、何とかなるんですか?」
「検証してみないと分かりませんね。
他を倒せばトリトンが弱体化する可能性は充分ありますし、他を潰さねばトリトンは不滅という事も考えられます」
「それじゃ最初に鯨の上の5人と、鯨をどうにかしてから本命を倒す感じでいいんですか?」
「ええ、今回はルーナさんの言うように他を先に潰していきましょう。
役割分担なのですが、ナツメ君とルーナさんが姉妹、わたくしが鯨とトリトンでよろしいですかな?」
無論、問題は無い。鯨を相手するよりは幾分マシだ。
そうと決まれば、早く潰そう。
ルーナに視線を送ると、無言で頷いてくれた。
うん、分かり合えている気がする。
足場を崩して異形に向けて落下。
ルーナは僕を追い抜いて、先に大きめな一撃を入れようとしているようだ。
「頼むよルーナ」
「任せて」
ルーナは背から戦鎚を抜き放ち、数回の回転で勢いを付けて異形の背、人魚の姉達のど真ん中に叩き付ける。
ドゥン……という重く、腹に響く音。
鯨の異形の皮膚がルーナを中心に円形に波打つ。
バッシャァーン!!!
少し遅れて衝撃が異形の下部まで突き抜けたようで、異形の頭部が海中に勢いよく沈む。
「ナイス! 少し離れてて!」
「分かった!」
さっきまでルーナがいた場所に、入れ替わるようにして着地する。
落下中に描き持っておいた薙刀で5体の内、2体の首を落とす。
残りの3つは鯨の皮膚との癒着が酷く、1度で落とし切れなかった。
『■■■■■■■■■!!!』
異形の叫び声が耳をつんざく。
何を言っているかは全く分からない。
しかしそれは、痛みからの叫びでない事は雰囲気で伝わって来る。
「何だ……?」
鯨が大口を開けながらルーナの方へ迫る。
噛み付こうとかそういうのじゃない、あれは──。
「ルーナ! 全力で避けて!」
「っ!?」
トリトンの三叉槍かもしれない!
そうなれば、避けるのは至難の業だ。
ここからルーナを助けに行くには距離が遠い。
僅かに見えた鯨の口の中では、既にトリトンが投擲する構えを取っていた。
間違いなく三叉槍が投げられる。
間に合わない、そう思っていた時だ。
「手出しはさせません!」
リオ爺が凄まじい速度で海面を走って異形と並走する。
トリトンが槍を投げるのとほぼ同時、リオ爺の強烈な蹴りが鯨の顎に入った。
強制的に口を閉ざされた鯨の下顎を、三叉槍が突き破って明後日の方向へ飛んで行く。
ルーナに当たらなくて、本当に良かった……
下顎が吹き飛んだ影響で、トリトンを剥き出しの状態にする事が出来た。
「ナツメ君は背中の姉達を早急に始末してください!
ルーナさんはわたくしと来てください!」
「分かりました!」
「は、はい!」
僕は一旦ルーナと別れ、鯨の背へ向かう。
仕留め損ねた姉達の首を落とすとしようじゃないか。
確実に首を落とす為に、比較的取り回しが良いククリナイフを描き持つ。
「ぜやぁああ!!」
ククリナイフは一切の抵抗をさせる事無く、姉達の首を刈り取る。
姉の異形はたまに奇声を発するだけで、特に難なく討伐する事が出来てしまった。
正直拍子抜けだが、課題は山積みだ。
「リオ爺達に合流するか」
何処にいるかな、と……見つけた!
鯨の横っ腹に攻撃を仕掛けていた。
「姉5人は始末しました! 加勢します!」
「早かったですね。よく出来ました。
それでは、一緒に鯨の解体ショーと洒落こみましょう」
リオ爺は腕の長さほどある包丁? みたいな武器を描き持って僕に見せてくる。
「これは鯨包丁と言われる包丁です。
ナツメさんもご一緒にどうですか?」
「分かりました!」
せっかくのお誘いだ。乗るしかないだろう。
僕も見様見真似で、似たような包丁を描いてみせた。
「わたくしはこちら側から、ナツメ君は向こう側から鯨の尾に向けて切ってください。
ルーナさんはトリトンの異形に気を付けつつ、正面から鯨の頭部に攻撃を!」
リオ爺の指示通りに各々が行動する。
僕は対面のリオ爺の動きを見ながらタイミングを合わせて切り付ける。
先程トリトンの三叉槍で破壊された下顎の端に刃を刺し、リオ爺と共に尾に向けて駆ける。
鯨もタダではやられまいと暴れようとするが、ルーナの打撃が鯨の自由を許さない。
尻尾の端まで辿り着くと、リオ爺が見えてきた。
「ナツメ君! この糸の端を持ってください!
今からは頭に向けて走りますよ!」
投げられた糸を受け取る。
道中で書いたものなのだろうが、足場を描きつつ、描いた鯨包丁で切り付けつつ、この糸を描く余裕があったのか……まるでレベルが違う。
「この糸、ここに引っ掛けて頭の方に走るって事でいいんですよね?」
「ええ、その通りです。
糸が途中で背骨に引っ掛かることが無いように、充分注意しましょう」
僕の切り口と、リオ爺の切り口が重なった場所、そこにピンと張った糸を引っ掛けて、そのまま肉を裂きながら頭に向けて駆ける。
ズルルルルルル……
生々しくて嫌な音だ……
切り口に沿って順調に裂いて行く。
鯨の体長の半分程を過ぎた頃だろうか、肉を裂く感覚にゴリゴリと骨に当たる感覚が増えてきた。
ビンッッ!!
痛っった!
とうとう骨に引っ掛かったか。
細い糸が手に食い込んで少し指が切れた。
これ以上は無理だ。1度リオ爺の方に行こう。
「リオ爺!」
「途中で止めたのはいい判断です!
わたくしと同じ場所を怪我したようですな」
そう言って、怪我をした指を僕に見せる。
ホントに左右が違うだけで全く一緒の場所だ。
「それでは、ルーナさんにドカンとお見舞して貰いましょう」
「ルーナ! 鯨の正面から全力の1撃をお願い!」
僕の声が無事に届いたようで、遠くから「りょーかーい!」と返事が帰ってきた。
ルーナの全力だし、一応リオ爺と共に宙へ避難しておく。
ズッ……メキメキメキメキィ!!!
鯨の上半分がズレた。そう表現するしかない。
僕とリオ爺が切り込みを入れた所から、見事に鯨の上半分を剥離させた。
もう残るはトリトンだけ。
下顎は無くなり、上半分も見事に剥がした。
残った部位は背骨とお腹側の肉だけだ。
鯨の面影は、ほぼ無い。
肉や背骨が剥き出しになっていて、正直ちょっとグロい……
「あっ、ルーナ! お疲れ様!」
「スカッとしたね! あと残ったのは……」
「お2人とも準備はよろしいですか?
いよいよ、本日のメインディッシュです」
残るは1人、トリトンとの戦いだ。
一瞬たりとも気は抜けない。
早く終わらせて、平穏な日々に戻ろう……
読んでいただきありがとうございます!
お時間があれば、評価云々していってください!
次回からはいよいよ異形との最終決戦!!




