【第54話】末妹に捧ぐ慟哭②
一同の覚悟が決まれば、後は行動あるのみ。
僕達は作戦を練りながら港へと足を運んでいる。
「そう言えば、異形を海面へ誘き出すって言ってましたけど、どうやるんですか?」
「それについては、こちらを。
ルーナさんも持っていてください」
渡されたのは僕も持っている、インクが入った瓶だ。
それを1、2、3……4個も渡された。
……どうしろと?
「わたくしが以前、訓練の時にナツメ君達に見せた技を覚えておりますかな?」
「たしか『黒潮』……でしたっけ? 床を渦にする」
「よく覚えていますね、感心です。
わたくしの技の1つである『黒潮』は、言うなればインクの滲みを広げるだけの技なんです。
ここは本の中なので、私達の技が与える物語への影響は絶大です。
そこで、今回はコレを使うのです」
そう言いながら、手に持つインク瓶を見せる。
何となくやる事が分かってきたな……
「ナツメ君は分かった顔ですね。
そうです、このインクを海に流して真っ黒に染めて差し上げましょう。
視界を失えば嫌でも浮上するでしょうから」
うわぁ、思った通りだったよ。
って言うか、僕もやるのかな……
そもそもあんな技、使えないんだけど?
「ナツメ君は要領がいいので、すぐに出来ますとも」
「だと良いんですけど……」
「インクには限りがありますので、今回はぶっつけ本番でお教えします。技を物にしてください」
ハードル高いな……
でも、戦闘面はルーナに頼る事が多いし、これくらいは頑張らないと格好がつかないよな。
良く考えれば、今回は神殺しなんて高過ぎるハードルがあるんだ、今更それくらい何でもないか。
「さて、ここからは海上へ進みましょうか?
準備はよろしいですか?」
「いつでも行けます」
「わたしも大丈夫です」
ルーナは普通に空中へ、僕とリオ爺は筆でインクを足元へ投げ飛ばすようにして足場を作り、宙を走る。
「だいぶ扱いが上達しましたね。
そろそろナツメ君のその羽根ペンも、あるべき姿になる頃かも知れません」
「そう言えば、条件を満たせばあるべき形になるみたいな事言ってましたね。
条件って具体的には何なんですか?」
「それは、わたくしでも分かりかねます。
思想や心の機微で条件が変わるようですので」
思想って言われても、そんな崇高な志しなんて無いし、羽根ペンのあるべき姿を拝めるのはまだまだ先かな……
かっこいい見た目なら嬉しいけど、マーカーペンとかだったらどうしよう……
そんなやり取りをしている内に、港からはだいぶ離れた海上に到着した。
波は穏やかで、異形がいるとはとても思えない。
「それでは、瓶の中身をなるべく広範囲に海へ流してください。
終わったら、『黒潮』を伝授しましょう」
「お願いします!」
「お静かに……ここはもう敵の真上です」
気が昂って忘れていた……下手をすれば、あの三叉槍に貫かれていたかもしれないのに。
僕が無言で頷いたのを確認すると、リオ爺は足早にインクを撒きに行った。
「僕達も行こうか?」
「そうだね。お互い気を付けようね?」
「もちろん。僕はこっちへ行くよ」
ルーナとも別れて、離れた場所へ点々とインクを海へ流して回った。
全てのインクを流し終えた僕達は元の場所に戻り、次の段階に入る。
「集まりましたね?
では、これより攪拌作業に入ります。
ナツメ君、見ていてください」
リオ爺は手に持つ筆の先を僅かに海に付け、ゆっくり円を描くように回す。
すると、前に見た時と同様に徐々に黒い渦が広がる。
「次はナツメ君、やってみましょう。
紙にインクを落とすと滲みますよね?
それがペン先から広がるイメージでしてみてください」
言われた通りにペン先を海に付けて、インクが広がるように想像してみる。
ペン先のインクが急激なスピードで海に滲む。
僕は慌てず、ペン先を回すように動かして更にインクが広がるように想像する。
渦は次第に大きくなり、僕が見える範囲の海が全て真っ黒の渦になる。
「これは……驚きましたね。
ナツメ君、大成功ですよ。それも、わたくしより遥かに広い範囲を攪拌できています……お見事です」
おお、思っていた何倍も上手く出来て良かった。
それにしても、我ながら凄い範囲だな。
「ナツメ君、今の調子で海の底までインクが広がるようにお願いします」
「分かりました」
意識を集中してしばらくインクを混ぜ続ける。
海の表面は既に黒い為、底にまでインクが到達したかは確認できない。
もう少し混ぜていた方がいいのかな?
「……その場を離れて上に避難してください。来ます」
急いで足場を作り、リオ爺達の元へと駆ける。
先程作った大きな渦の一部が乱れる。
ザッパァァァン!!
渦から飛び出してきたのは鯨だった。
その大きさは今まで見てきた異形の中では、間違いなく1番大きい……
「なんだ、アレ……」
「ナツメ君、あの異形おかしいよ……
何かは分からないけど、何か…変!」
背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
それほどまでに目の前の異形は得体が知れない。
硬そうな青黒い表皮に、血管のような太い盛り上がりがあちこちに見受けられる。
鯨の背には何だろう……花? のような何かがある。
その花は鯨のサイズから考えると、5枚ある花弁の1枚1枚が人程の大きさがある。
「おかしいですね……
トリトンに類似した異形が居ない。
ナツメ君! その位置から異形の本体らしき物は見えますか?」
「分かりません! でも、鯨の上に花があります!」
「ナツメ君は急いでこちらに!
わたくしが近くに行って見てきます。
お2人はここで待っていてください」
書いた足場から飛び降り、異形の元へ落ちていく。
そこまでは良かった。
何を思ったのか、リオ爺は落ちていく途中で槍を描き持ち、異形へ着地と同時に突き刺した。
『ヴロロロロロロロ!!!』
腹に響くような咆哮が轟く。
痛みでもがき、鯨の異形は海中へと姿を消した。
水面近くですら目視できない漆黒の海。
上空からは詳しく見えないが、リオ爺は槍を別の長い武器に描き換え、体制を低く構えた。
異形が海面に現れたのはすぐの事だ。
リオ爺目掛け、大きな口を開けて襲いかかる。
咄嗟に身を翻し、すれ違うような形で異形の側面に大きく切り裂いた。
「ナツメ君、あれ出来そう?」
「狂気の沙汰だよ……あんなの」
「狂気の沙汰とは心外ですな。
長年の経験による勘と技術の賜物、と訂正していただきたい所ですね……」
いつの間にここまで来たんだ……
この人、気配を消すのが上手いからホントに急に現れたように見える。
「冗談はさておき、異形と対峙して分かったことを報告しましょう。
まず、ナツメ君が言っていた花ですが、あれは花弁1枚がそれぞれ人の上半身でした。
恐らく、人魚姫の5人の姉でしょう」
「そうですか……って事は今回の異形は5人の姉達って事になるんですかね?」
「いえ、異形がわたくしを喰らおうとした時に、見えたんですよ。
口の中にトリトンらしき異形も見受けられました。
そしてあの鯨はデュークでしょう。
これらの情報から導き出される答えは──」
「「(ごくっ)」」
「人魚姫の海中に登場する人物の全てが、異形になっている可能性があります……」
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次回はいよいよ、異形との戦闘!!




