【第40話】小さな異変
リオ爺と目が合ってしまい、蛇に睨まれた蛙のようになってしまった僕とルーナに、蛇が向かって来る。
迫り来るリオ爺の服装は赤黒い血で濡れている。
実力から考えて、返り血ではあると思う。
「これ大丈夫なの? ねぇ、怖いんだけど、ナツメ君!」
「殺気は感じないから、大丈夫だとは思うけど……」
リオ爺と言えど、返り血で赤く染った人が迫って来るのは普通に怖い。
「おや、そんなに怖がられると傷付きますね」
「いや、鏡があったら見て欲しいですよ……
控えめに言って、かなりおぞましいんで」
「返り血も見方によっては、ハイビスカスのアロハシャツに見えるでしょう?」
「離れた距離から薄目なら辛うじてですね」
怒られはしなかったけど、緊張状態からの会話の落差で今にも膝から崩れ落ちそうだ。
幸運にも巨人の異形は上半身だけの状態の為、その場からほとんど動けないでいた。
「さて、わたくしとしては好奇心を持つ事は素晴らしい事ですし、良い事だと考えております。
しかし、時としてそれは危険に直結する事もある、と覚えて置いて欲しいのです」
「はい、ごめんなさい……」
「わたしもその、ごめんなさい」
僕とルーナは素直に謝るしかなかった。
「いえいえ、謝る程の事ではありません。
ただ、この物語はわたくしも来るのは久々でしてね。
この程度の異形なら守りながらでも対処は出来ますが、これが他世界の物語の異形なら話は変わります。
このわたくしでさえ、無傷での生還は難しいでしょう」
「他世界……ですか?」
「はい。異世界、とも言いますかね?」
異世界ってやっぱりあるんだ!
何なら今いる神界だって僕にとっては異世界な訳だけど、それでも夢は広がる。
でも、気になる事があるな。
「あの、なんで異世界の物語は特別危ないんですか?」
「いい質問ですね。
まず初めに、異世界はナツメ君の知る世界と違い、決して裕福な場所ではありません。
獰猛な獣が蔓延る世界もあれば、魔王が支配せんとする世界もあります」
巨人から距離を取りつつ、リオ爺は語る。
「そんな世界にも、それらに立ち向かう者達がいる訳です。
勇者や英雄と呼ばれる存在です。
その世界に住む者にとって、彼等の動向は自らの命に直結する事もあるのです。
その為、彼等の動向は物語として語られます。
要点をまとめますと、他世界の物語は『史実』である事と、『圧倒的な知名度』の2つの要素が物語を危険たらしめるのです」
史実と知名度か、確かに僕のいた世界では知名度はあっても史実ではなかったりと、どちらも満たしている物はほとんど無いだろう。
「そんな訳ですので、くれぐれもご注意ください。
他世界の物語はわたくしを持ってしましても、メイレールに同行を頼みますので」
そう言えば以前、今はほとんど駄女神のお守りをしているってメイレールさんが言ってたな……
もしかすると、そのほとんど以外の部分は、他世界での戦闘の事を指していたのかもしれない。
「少し話しが変わっちゃいますけど、僕達が異形を倒した所って見てくれていたんですか?」
「途中までは見ていましたとも」
「……って事は?」
「最初に異形と手合わせをしていた時点で勝利を確信致しましたので、そのまま帰りました。
居た方が……良かったですかな?」
あぁ、そうだ。この人はこういう感じの人だった。
でも、都合良く捉えれば、これは信頼の証でもある。
リオ爺から見て、僕達はそれなりに戦えていたという事だと思う。
「リオ爺がそう言うなら、及第点は貰えたって判断でいいですよね?」
「はい、勿論です。
敵の観察、的確な武器の持ち替え、状況の適応力、引き際の判断、お二人共良く戦っていましたとも。
もし、あの状態で無理に攻める判断をしていたなら、止めていたかもしれませんがね」
あの時の僕達の判断は間違っていなかったんだ。
まぁ、かなりルーナ頼りではあったけど……
「ねぇナツメ君、これ褒められてるんだよね?
やったー! ってなる所?
それなら遠慮なく喜んじゃうよ?
やっ、うわぁぁぁ!!」
ズガァァァアン!!
ルーナの足元を目掛けて大岩が飛んで来た。
飛んで来た方角は上半身だけの巨人が居るはずだ。
動けないから、近場の岩を投げたのだろう。
「あぁ、すっかり忘れていましたね。
わたくしは戦闘の真っ只中でした。
気は乗らないのですがね……」
「え!? てっきり異形を倒せるなら、何でもいいものだと思ってました。
今思うと、兎の時もノリノリでしたし」
「そんな人を戦闘狂のように言わないでいただきたいですね……
私が積極的に滅したいと思うのは、飽くまで物語の悪役だった異形です。
この巨人はどう考えても被害者でしょう?
わたくしとしてはジャックを折檻したいですね」
リオ爺は心外だと言わんばかりに主張する。
それに、僕としてもジャックは痛い目にあって欲しい。
「さて、お2人は下がっていてください。
苦しまないよう、一撃でカタを付けます」
言われるがまま、僕とルーナはリオ爺から距離を取る。
リオ爺はゆっくりとした動作で筆を滑らす。
「推して参ります。『黒糸縅』!」
リオ爺が描いたのは、全身を覆う漆黒の鎧。
鎧と言っても、かなり和風な物だ。
兜には鹿のような角が聳え立つ。
そして何より目を引くのは、刃渡りがリオ爺の数倍を超える大太刀だ。
鎧を纏ったリオ爺は、地面を一蹴りして瞬く間に異形の元へと跳躍する。
手に持つ大太刀が陽光を反射させながら、巨人の異形へと一閃。
たったそれだけで、巨人の影が2つに割れた。
「ルーナ! 近くに行ってみよう!」
「う、うん。あっ、待って!」
僕達はリオ爺がいるであろう場所まで駆けて行く。
着いた場所では、武装を解いたリオ爺が立っていた。
ちょうど、異形が元の姿に戻った所のようだ。
「来ましたか、少しこれを見てください。
今までと違う事に気付きませんか?」
「違い……ですか?」
「まだ場数をこなしていないので仕方ありませんが、この異形、元に戻ったのに死んでいるんですよ」
目の前には変わり果てた巨人の遺体があった。
【神域の図書館にて】
「くしゅん!」
「あら、メルちゃん風邪?」
「いえ、病気では無いので噂ですね。
私ほどの美女になると噂が絶えないのでしょう」
「その自身は何処から来るの?」
「いえ、事実ですので」
「わたしも長年女神やってるけど、貴女程意識が高い人を見た事がないわ……」
「私は至って普通だと思うのですがね?」
「いいえ、メルちゃんは誰よりも頑張っていますよ。
それは女神であるわたしが1番よく分かっています!」
「まぁ、そんな事より早く執務を終わらせて貰えますか?」
「酷いよメルちゃん! 良い話だったのに!」




