【第35話】シンデレラ
「遅れてしまい、申し訳ありません。
なかなかアルバが見つからなかったので……」
始業の時間より10分は早かったが、リオ爺は軽く謝りながら禁書庫に入ってくる。
いつものように、片手にはコーヒーカップを携えて。
「2人とも揃っている事です、少し早いですが今回の仕事内容を軽く説明しましょう」
そう言いながら棚から1冊の本を取り出す。
その本が昨日聞いた通りの物なら……
──『シンデレラ』だ。
「恐らくほとんどの人が知っている、女の子なら誰もが1度は夢見る灰かぶり姫の物語。
童話『シンデレラ』の異形を倒して貰います」
僕とルーナは互いに目を合わせ、静かに頷く。
「前に見たのは兎でしたけど、今回はどういう異形が出てくるんですか?」
「いい質問です、ナツメ君。
結論から言うと、分かりません。
もっと正確に言うならば、幾つか候補はあるが、何が出てくるかが分からないと言う感じです」
「あ、あの…リオ爺さん。
その候補って言うのは、何で決まってるんですか?」
「これまたいい質問ですね。
異形になる条件は色々ありますが、その中で最も多いのは負の感情に呑まれる事でしょうな……
シンデレラの物語において、負の感情を抱きそうな人物は何人居ると思いますかな?」
シンデレラで負の感情か。
真っ先に思い付くのは継母と2人のお姉さんかな……
その他は…思い付かないな。
「正解を言いましょう。『5人』です。
そんなに居るのか? と言う顔ですね。
負の感情の発生は物語のどこで起こるか分かりません。
ですから、虐げられているシンデレラが異形になる可能性も大いにあるのです」
「それでも、4人じゃないですか?」
「お2人はシンデレラの元となったお話をご存知ですかな?
『五日物語』という本に収録された物語の内の1つで、『灰被り猫』と言うのですが……」
「「……?」」
僕もルーナも知らなかった。
元があるのは聞いた事があったけど、グリム童話とかだと思っていた。
「知らなくても無理はありません。
比較的マイナーだと思いますので。
そして、シンデレラの原点とも言えるこの物語ですが、シンデレラは1番目の継母をその手に掛けております。
皆さんに馴染みがあるシンデレラは2番目の継母からのお話、と言う事になりますかね」
えぇ…シンデレラ、人を殺めてるの?
なんだか、イメージが崩れるな……
ルーナも初耳だったようで、複雑な表情をしている。
「そんな訳でシンデレラに殺された継母を含め、異形になる可能性がある人物は5人です。
さて、早速本の中に入って異形を倒して貰いたいのですが、その前に幾つか注意しておく事があります」
そう言ったリオ爺は落ち着いた雰囲気から一転、険しい表情を見せる。
僕とルーナにも緊張が走る。
「ナツメ君が初めて見た異形、全ての異形があのような姿ではありません。
人型の者もいれば、植物であった事もありました。
何なら言葉を解する異形もいました。
稀にクークラのような者もいますが……
ただ、容姿がどうあれ一切の油断はしないでください」
僕から言わせて貰えば、大兎を見ているから微塵も油断をする気にならない。
「次に、物語の中では普通に人々が生活しています。
戦闘が激しくなれば、巻き込んでしまう事もあると思いますが、万が一にも助けようとは思わないでください。
物語の登場人物達は時が経てば自然に復活します。
ですが、2人は違います。生きる事を優先してください」
生きる為であれば登場人物は見捨てろって事か……
僕はともかく、ルーナは助けに行きそうだな。
「最後に、異形は私やナツメ君が描いた武器でしか倒す事が出来ません。
ルーナさんがどれだけ頑張ろうとも、最後に異形の命を刈り取るのはナツメ君、貴方です」
「わ、分かりました……」
僕が異形の命を……
思わずあの時の大兎の切断面や、トドメを刺された後の痙攣などが頭を過ぎってしまう。
少々吐き気が込み上げたが、何とか我慢した。
「暫くはわたくしも同行しますが、緊急事態に陥らない限りは手は出しませんので、居ない者と思ってください。
老人の長話もここまで、そろそろ入りましょうか。
異形に侵された『シンデレラ』の世界へ」
「「はい……」」
「とは言っても、そんなに緊張しないでください。
過度な緊張は身体の動きを鈍らせます。
それに、折角の『シンデレラ』の世界なんです。
どうせなら景色も楽しまれては?
本物のシンデレラ城は圧巻の一言に尽きますよ」
それは……ちょっと楽しみかもしれない。
魔法陣前の机に本を置き、3人で手を添える。
『我が願いに応じ見せよ…物語のその先を…結末の向こう側を』
『悪しき者に正義の鉄槌を、助けの声に愛の手を』
『我は守護する者、扉よ開けこの命朽ち果てるまで』
雰囲気のかっこよさだけで合言葉を決めちゃった3人衆でいざ、シンデレラの世界へ──。
魔法陣を抜けると街を見下ろせる丘の上に出た。
1本の長い道を中心に街が拡がっている。
その道の先には純白の壁に、淡く青みがかった複数のとんがり屋根の、それはそれは大きなお城。
見間違いなどする筈がない、シンデレラ城だ。
「「わぁ……!」」
「初めはわたくしも驚きましたとも。
それでは、後は任せましたよ。
わたくしは身を潜めますので、街に入り情報を集めるなりして、速やかに異形を倒してください」
筆を取り出し、地面に黒いインクを1滴落とす。
すると、インクは徐々に滲み広がり、肩幅より広い位の円が出来上がる。
「健闘を祈っております」
それだけ言い残すと、リオ爺は描いた円の中へドプンっと入り、姿を消した。
「行っちゃったね……」
「そうだね……街、聞き込みしに行く?」
ルーナの提案に賛成し、目先の街に向けて歩を進めた。
この時はまだ、異形の恐ろしさを知らなかった……
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次回からは異形が出てきます!! ヤッター!




