【第9話】ご褒美のために
今日は館内を案内される最終日だ。
昨日は半日図書館にいなかったし、今日中に回るのは難しいかもしれない。
今日も朝から寝ぼけている先輩を起こして、椅子までおぶって座らせる。
これもしかして、今後の僕の日課になるのかな?
何事もなく朝食を食べ終えた後、今日も相変わらず疲れ顔のアルバさんと、まだ少し寝ぼけた様子の先輩と僕とで今日の予定について打ち合わせをする。
「案内の方は順調かい、クークラ?」
「……ん…端折りに端折った」
「そうかい、今日はどこを案内する予定だい?」
「…?……終わった」
「はい?」
「……全部……案内した」
「いや……確かに端折ってとは言ったけど、何をどうしたら一日半でここの案内が終わるんですか!?」
アルバさんの疑問に対して、先輩は無言で前に出した左腕を右手でパンパンと叩いて見せた。
恐らく、自分の腕が良かったとアピールしている。
「はぁ、まぁ案内できたと言うならいいでしょう。
と言うわけでナツメ君、予定が早まり今日からお仕事だ」
「は、はい。何をすればいいですかね?」
「そうですね、では基礎的な事から初めて行きましょう。
手始めに今日は館内の清掃をお願いできるかな?」
「分かりました。1日では、無理ですよね?」
「……ん…無理…だから…人の来ない場所だけ掃除しよ?」
「なんで人が来ない場所だけなんですか?」
「……人が来る所は……あまり汚れない……それに…あまり行きたくない」
「分かりました、クーちゃん先輩に任せます」
こうして館内の掃除をする事になったのだが、
「どうしてこんな所で紅茶を飲んでるのでしょうか?」
「……休憩……大事」
「いや、そもそも掃除すらしてないんですが?」
そう、仕事を初めてから今や昼前くらい、先輩と談笑しながら紅茶を嗜んでいる。
先輩曰く、最後に帳尻が合えば全て良いらしいのだが、流石に不安になってくる。
「先輩、そろそろ掃除しませんか?」
「……む……でも…分かった…準備する」
渋々といった感じだが、先輩は重い腰を起こして準備を始めた。
先輩は髪を後ろにまとめ、頭には白い三角巾を付け、背中にはハタキを背負い、片手に自分の身長より高いモップを持ち準備万端である。
ちなみに、僕の装備はハタキと雑巾だ。
「僕の装備、これだけですか?」
「……ん…それで精一杯……だと思う」
こうして掃除が始まったのは良いのだが……
僕が思ってる掃除とは全く別物だった。
昨日の騎士隊の人達ほどでは無いが、先輩はとんでもない身のこなしでハタキを振るっている。
その動きに無駄などは微塵も存在しなかった。
「……はい……後輩も…一緒に」
「いや、無理ですからね?」
「……む…後輩の辞書に……不可能の2文字は…ない」
(何処につっこめばいいんだろう……)
先輩は僕の何を見て、そんな事が出来ると考えているのだろうか?
もしかすると、暗に身体を鍛えろと言われているのかもしれない。
でも取り敢えず、やるしかない。
「先輩! これでいいですか!?」
「……甘い…基本がなってない……掃除は…高い所から」
そう言うと、本棚に足をかけて、向かい合う本棚の間を交互に蹴り、駆け登った。
どこぞの赤い配管工も驚きの壁ジャンプだろう。
僕も何とか棚をよじ登って掃除しようとするが、登り終わった頃には既に先輩によって埃ひとつない状態になっていた。
「……後輩…遅い」
「絶対に先輩が早いだけですよ……」
「……この程度は…こなしてもらう」
先輩はなんでもない事みたいなノリだが、早いところ慣れないと毎日筋肉痛コースだ。
さぁ、ハタキを振るい終わり、次は床の拭き掃除なのだが、僕が装備しているのは残念ながら雑巾だ。
取り敢えず、雑巾掛けをしてみたけど、
「……ほら…早く拭く」
「僕にもモップを……」
「……却下」
案の定、却下されてしまった。
人気がない場所だけを掃除しているとは言え、広大な図書館の床を雑巾掛けするのは地獄だった。
控えめに言って腰が砕け散りそうだ。
太腿に至っては爆発しそうだ。いや、たぶん爆発した。
「先輩……もう、無理です」
「……ん…クークラも疲れた…残りの時間は…休憩する」
「僕、動けないんですけど……」
「……じゃあ……引きずってく」
こうして僕は、引きずられながら休憩場所へ向かう。
冗談抜きで足が棒の様になって動かないから、仕方ない。
しばらく引きずられた後、無事に休憩所に着いた。
先輩に肩を貸してもらい、辛うじて椅子に座っている。
「……掃除…どうだった?」
「全身が痛いです……」
「……今日から、慣れるまでは…毎日掃除」
自分では意識してないけど、たぶん凄く嫌そうな顔をしていたのだと思う。
それを見た先輩がひとつ提案してくれた。
「……毎日頑張ったら……ご褒美…あげる」
「何か貰えるんですか?」
「……まだ…内緒」
めちゃくちゃ気になるけど、毎日か……
でも、身体を鍛えるのはいい事だし、冒険を夢見る僕には必要不可欠だと思う。
じいちゃんも筋肉質だったし、僕にも素質はあるはず。
いやあるよね? あったらいいな。
そんな事を考えていると、先輩から1冊の本を渡された。
僕の掌より少し大きめくらいのサイズで、厚さはそんなに太くない。
「これは……何の本ですか?」
「……む…それ…本じゃない。……後輩専用…お掃除手帳」
「お掃除手帳?」
「……ん…毎日掃除が終わったら……ハンコを押す。
……皆勤賞で…ご褒美」
手帳の中を見てみると、1ページにつき、ハンコを押す所が5ヶ所あり、それが最後のページまで続いていた。
最初のページには花の形のハンコが押されていた。
たぶん今日の分のハンコだ。
「これってなんでハンコ押す所が5つしかないんですか?」
「……休日も……仕事…したいの?」
なるほど、それは是非ともご勘弁願いたい。
世の中には嬉嬉として24時間365日働きたいと言う人もいるのだろうが、少なくとも僕は今日の掃除を思い出すとそんな気にはなりそうにない。
「何はともあれ今日から頑張ります!」
「……ん…よろしい……じゃ、家に帰ろっか」
「あの、肩を貸して欲しいなって思いまして……」
こうして僕の修行の日々が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
2日目
全身の筋肉痛で昨日より動きが落ちていた。
控えめに言って地獄……
◆◇◆◇◆◇◆
7日目
筋肉痛がだいぶ和らいできた。
でも、まだまだ先輩の動きに追い付ける気配がしない。
◆◇◆◇◆◇◆
30日目
身体の使い方が少しずつ分かってきた。
毎日ハンコを押してもらっているが、まだまだ3ページしか埋まっていない。あと200ページ以上あるのに……
◆◇◆◇◆◇◆
100日目
筋肉痛にならなくなった。
雑巾がけも楽なフォームを見つけてから、劇的にスピードアップした。
◆◇◆◇◆◇◆
500日目
モップだ! ようやくモップを使う許可がでた!
これでもっと掃除ができる!
◆◇◆◇◆◇◆
1000日目
身体が少し逞しくなっただろうか?
ハタキもモップ掛けも先輩と肩を張れるようになった。
手帳も残り半分くらいだろうか? いやもっとあるな。
◆◇◆◇◆◇◆
1500日目
モップやハタキの妖精さんが見えるようになった。
この事を図書館のメンバーに言ったら、何故かみんなにとても心配された。
それにしても、今日も掃除が楽しいな! アハハハ…
◆◇◆◇◆◇◆
そんな調子で、気が付くと手帳も残り数ページ。
約6年もの月日が流れていた。
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