78.reveal
間違いない、とKは思った。こいつは、三年前の強盗殺人犯だ。
マンションの一室に押し入り、一家四人の内二人を殺害。金品を奪って逃走し、現在まで足取りも掴めなかった男だ。まさかこんな映画館で出会うとは。
休暇で、しかもデート中だが関係ない。映画が終わったら即刻逮捕だ。……まあ、列の中央にいるこの状況ならすぐ逃げられもすまいし、彼女の不興も買いたくない。出来れば、気付かれずに本人確認をしたいものだが。
そうだ、確か被害者の話では、足首に傷があったとか言ってたな――
ちょっと、何やってるのよ。
突然足下に身を屈めた彼氏を見て、Bは眉を顰めた。紙の音やらがしたから、どうやらフライドポテトでも落としたらしい。仕事中はピリピリしてそつのない彼だが、こういう時はとことん間抜けで空気が読めないのだ。
足下の食べ物なんて、ほっとけばいい。感動のシーンだってのにぶち壊し。おまけに、隣の人の足の方なんか覗き込んで、ほら、迷惑顔されてるじゃない。
ああもうやだ。
Bは彼氏を無視してスクリーンに目を据えた。
なんだこいつ。
何だって俺の足をじろじろ見やがるんだ。あ? てめえのポテトはその後ろだよ、そこじゃねえ。ったく、意地キタねえな。
まさか、刑事じゃねえだろうな。俺の足を……まさか傷を? 馬鹿な。傷は綺麗に隠した筈だ。大丈夫、バレやしない。頼む、バレないでくれ。糞っ、触るな気持ち悪い。……だが、おかしいな。話しかけもせず、捕まえるでもない。ひょっとして映画が終わるまで待つつもりか? なら……そうか……チャンスはある!
Sは堪えていた。脂汗を流し、スクリーンを睨みつけ、ひたすら堪えていた。
大丈夫だと思ったのだ。中盤までは映画の筋を追っていた。が、後半に差し掛かる頃、突然下腹部を嫌な鈍痛が襲ったのだ。何が悪かったのか? 途中で食べてきたソフトクリームか、喉が渇いて一気飲みしたコーラか、エアコンの効いた館内か。
左右を見渡した。左隣には、前の席にもたれ掛かって爆睡する如何にも筋者なオジサマ。右隣には、ついさっきフライドポテトを落としてからずっと屈み込んでいる男。しかもなぜか、自分と男の間にいる人物の足にむしゃぶりついている。なんなんだ? そっちの趣味か?
足を鳴らしてみた。咳払いもしてみた。両隣の邪魔者は、うっすらと反応を返したきり無視を決め込んだ。
なんて勝手な連中だ! 日本人の美徳は思いやりじゃなかったのか!
膝を握り締め、唇を噛み、括約筋を最大限に締め上げる。もう少し、後少し、終わったらすぐ立ち上がって急ぐ様子を見せればきっと。……限界は、すぐそこまで来ていた。
ラスト15分、最大の見せ場。会場から声が上がり、すすり泣きが聞こえ、内何人もがハンカチを取り出す。
と、中央あたりで、観客の一人が突然立ち上がり、一目散に走り出そうとした。そしてその時、
Kは頭を犯人の爪先に置いていた。
BはKを見ていなかった。
Sは精神を統一すべく何にも触れず硬直していた。
小さな悲劇の、一幕である。
「~を明らかにする」、
「~を知らせる」、
「~を示す」。