76.escape
制服を着た青年が、愛想笑いを浮かべながら、微動だにせず壁に張り付いている。多くの人が彼を無視し、或いは瞥見しながら、門の中へと吸い込まれてゆく。
同じように足を向けようとして、しかし、私の中で重苦しい躊躇いが振り子のように揺れ、心をその場に留め置こうとするのだ。
私は、何度となくこの重みに従ってきた。人生の選択の場面で、或いは転機となり得る出会いに置いて、振り子に揺すられるがまま歩いてきたのだ。そうすることで足元は、少なくとも平地に思えた。
振り子は私を喰い、削っていく。削り屑は、運動を止めた脳の中に溜まってゆき、頭を重くする。考えることを、私は次第に諦めていった。
だが、ふと振り向いたとき見てしまったのだ。私がこれまで歩んだ道、その真実を。
平地などとんでもない。ぐずぐずに崩れた柔らかい地面が不規則な曲線を描き、周囲には至る所に穴が開いている。少しでもふらついて、足を滑らせれば奈落が歓迎していたのだ。
私は戦慄し、穴を覗き込んだ。奥の方に、ちらほらと光が瞬く。底の底、水面に映った星のような光だ。はっと見上げると、遙か上空には無数の道が伸びていた。歩む人々が懸命に踏み固め、積み重ねて作った道だ。気が付けば、奈落にいたのは私の方だった。
怖れ、焦り、ふらふらと手を伸ばす。何かにぶつかった。眼前に、両側に、人々の道が断崖となってそそり立っていることに初めて気づく。
私は絶望した。もはや自分は取り残された人間なのだ、そう思い、座り込んで苦しみ悶えた。振り子が私に囁きかける。
忘れてしまえ。
目を閉じろ。
大丈夫、適当やってもなんとかなるさ。
――だが、一度見てしまったものを忘れることなど不可能だった。いよいよ苦しくなり、聳える崖を殴る。凸凹の壁面から破片が剥がれ落ちる。拳に鮮烈な痛みが走り、血が流れた。
――そうだ。
踏み固めなければ。積まなければいけない。たとえ追いつけないとしても、たとえ醜い姿を晒すことになっても。
そのために、ここに来たのだ。
私は、力を込めて一歩を踏み出した。振り子は次第に黙り込んだ。
表情を変えない制服青年を示し、同じ制服の女性が柔らかく微笑む。
「はーい、ジェットコースターに乗れるのはこの子より背が高い子だけですよー」
「逃げる」、
「免れる(+from)」、
「~を避ける」。




