第68話 離宮にすむ王族
「突然、宮に来てしまい申し訳ない」
「いえ、殿下も卿がいらっしゃるのを楽しみにされておりました」
昔と変わらぬ侍従頭の姿にエドワルドは安堵する。
「……ところで御身は変わりないか?」
「そのことでございますが――」
尋ねた言葉に顔を曇らせた侍従頭が声を落とし答える。それに対しカールトンもまた同じ顔をした。
「……そうか」
扉からエドワルドの来訪を告げると内側から扉が開く。部屋に入るとそこには繊細な造りの調度品が並んでいる。
だがソファーには誰もいなかった。それは昔と同じいつもの光景だ。慣れた動きでエドワルドはその向こうにある天涯付きの寝台に歩を進めた。
寝台の上にはクッションを背に上体を起こした壮年の男がいた。
フェリシア王族の血を濃く受け継ぐ金髪が目に入る。最後に会った時と比べ彼はかなり痩せていた。それと対照的に金の髪だけは僅かにくすみかけているだけで、相変わらず美しかった。
まるで血の呪いだな、とエドワルドは思う。
寝台上の男が笑いかけてくる。
「よく来たね、エド」
「ご無沙汰しております。ジュリアス殿下」
挨拶を交わし、寝台そばに用意された椅子に座る。
ジュリアス殿下は先王の年の離れた末弟で幼少から病弱で昔からずっと離宮に引きこもっていた方だ。
表舞台にあがることはおそらく数えるほどしかない。
王宮に古くからいる者なら誰でもその存在は知るところであるが、まれに認知していない者もいる。
「こうして会うのはいつぶりだろう。たしか君が退位した時以来か、あれから随分経ってしまったね」
「殿下には数えきれぬ程、助けて頂いたのになかなかご挨拶に来れず申し訳ございません」
謝意を口にしながらも、正直な所エドワルドは登城することをできるだけ避けていた。中途半端に影響力を残す自分が来たせいで、周りを翻弄させてしまうのも嫌だった。
「辺境のメロゥ領にいると聞いたが、どうだい居心地は?」
「ええ、伯爵にはとてもよくしていただいています。おかげで退屈せず日々充実しておりますよ」
「そうか、それは良かった」
エドワルドが王宮にいた当時と比べ、殿下の血色は変わらず悪く、以前より痩せている。それでも幼い頃より侍医から、長く生きる事は難しいと宣告されていたのだから、この年齢までこうして命を繋いでこれたのは感謝すべき事なのだろう。
感慨深く昔の記憶に浸りつつ、宰相位をおりた後の生活や世の流れをジュリアスに語る。彼は「そうか」と穏やかに耳を傾けていた。
「やはり兄上が君を呼んだ事は間違いではなかった。私もこうして穏やかな日々を送れる事が嬉しいよ」
「あの頃殿下が私の後見となってくださり、何の位も持たない私を周囲から守ってくださったからこそ、私も存分に働く事ができました。本当に感謝致します」
当時先王に懇願され出仕したものの、王宮にいる者達はほとんど貴族。彼らからみればエドワルドは平民でどこの馬の骨とも知れぬ賎しい輩であった。
兄思いのジュリアスが後見に立ってくれた事によりエドワルドは貴族の目を気にすることなく、広く政務をとることが可能になった。
「いや、君が十分に手腕を発揮できて良かった」
ジュリアスが微笑む。
和やかな雰囲気の中、従者が紅茶を運んでくる。ほのかに林檎の香りがした。
「フェリシア南部産の林檎を使用したアップルティーでございます」
従者の説明を聞きながらエドワルドがカップを手に取り、先に口にした。当然毒味はあらかじめされており心配無用と思うが、念のためである。
「これは美味しいですね」
ほぅとエドワルドが感想を述べるとジュリアスも紅茶を口にした。
「そういえばリミュエール宰相の子息が昔、毒を盛られた事があったな。あれから君の所で教育を受けたと聞いた。今ではもう立派に宰相補佐役の一人として活躍しているようだ」
「ええ、彼は父親に似て非常に勤勉で真面目、誠実ですし将来が楽しみです」
ジュリアスはおや、という顔をした。エドワルドが他人を褒めるなどとても珍しい。そう思いつつ「そうだね」と返す。
カップを僅かに揺らしその様子を静かに眺めていたエドワルドが何かを吐き出すように呟く。
「……林檎。瑞々しい林檎だけであればよいのですが。傷んだ林檎が紛れていると良い品質のものもダメになってしまう」
「エド?」
「傷んだ林檎を取り除かなければ、周囲の腐敗が始まる。それもできるだけ早くに。場合によっては大切なものも排除しなければならなくなる」
「……」
ジュリアスもまた口を閉ざし、真顔のエドワルドを黙って見つめた。そして意を決し口を開く。
「エド、君に頼みたいことがある」
「恐れながら、その言葉をお聞きすることはできません。私はもう誰とも約束をしないと決めています」
エドワルドが顔をあげた。
「先王との大きな約束を私は十分に果たしたと思っています。殿下ならきっとお分かりくださるはず」
「もちろん、わかっている。君の献身により国が滅ぶことなく、それどころか発展していったのだから」




