第62話 仕立て屋の噂話と心配性のシオン
短編『没落令嬢になった私の所に昔助けた少年が精霊侯爵になって会いにきた』を書いてみました。暇つぶしに読んでいただけると幸いです。
食事を終えレストランを出た私達は残った時間で久しぶりの町を歩いて楽しみ、メロゥ家に帰った。
シオンは隣のカールトンおじ様のお屋敷にある部屋に戻るので門の前でお別れだ。
「リリアナ、これを」
シオンに包みを渡される。それはさっき彼が服飾店で買っていた物で、開けると紫色のリボンが入っていた。
「素敵。ありがとう、シオン」
シオンは大抵明るめか淡い色を好み、私にプレゼントしてくれる。そのためこの品のように紫色を選ぶのは珍しい事だった。
あれ、でもこの色どこかで――
「その色、店内に展示されていた物にそっくりだろう?」
「あっ」
そうだ。彼に指摘されて、そうと気づく。
「展示品と完全に同じとは言い難いが、カトレア産の染め粉を使って仕上げた物だと店主が話していた。リリアナはあれをとても気にしていただろう? これはちょっとした贈り物だよ」
彼は私があの展示品を欲しがっていると思ったのだろう。さすがにあれは売り物ではないので購入できないが、それに近い物ならばとシオンは考えてくれたらしい。
「いやだった?」
「まさか。すごく嬉しい。ありがとう」
もう一度彼にお礼を言い、私達は各々の屋敷に戻った。
早速、翌日の午後にフィーアの店が出張し仕立ててくれる事になり、彼女と従業員達がやって来た。次々にメロゥ家で働く女性達が寸法等を測るために呼ばれ、部屋に入っていく。
私も中の様子に興味があるので一緒に部屋に入ることにした。
意匠は簡素かつ素敵なものと決めてあるので、あとは寸法を測るだけでいい。事前準備はされていたので作業は思ったより早く進んだ。あっという間に全員の寸法を測り一段落したので、給仕が茶の準備をし運んでくる。片付けた後のテーブルにカップと焼菓子を並べていった。
「今日はありがとうございました。お疲れになったでしょう。お茶をどうぞ、フィーアさん。さぁ従業員の皆さんも少し休憩していってください」
「まぁ、ありがとうございます。リリアナ様」
ソファーに座りほっと一息ついたフィーア達がお茶を片手にお喋りし始める。話の内容はどれも他愛ないものばかりだが、一つ気になるものがあった。それはメロゥ領に広まりつつあったあの噂話だ。
「でもあれは本当にただの噂なのかしら」
「そうねぇ、もし本当なら王族と仰られるのはどの方かしら。聞いても巷の舞台にあるお話のようでまるで現実感がありませんわね」
「それもそうですけど、タウンゼンド侯爵様のご子息様は大層ピアノが御上手なのですって」
「まぁ、それは素敵!」
口々に女性達が話に花を咲かせ、私はその様子をお茶を飲みながら聞いていた。だがその内の一人が頬に手をあて、声をひそめて話し出す。
「……でもそのお話、もしかしたら本当なのかも知れないわ。だって私、サウザンド領にこの前までいたのだけれど、その噂聞いた事あるもの」
「えっ」
「まぁ」
私も思わず身を乗り出した。
「サウザンド領はここからかなり離れた地ですよね? そんな所まで広まっているんですか?」
途中から彼女達の話に参加してきた私に若干驚きつつも、彼女は「はい」と返事をする。
彼女――サラはサウザンド領出身の娘で先月たまたま実家に里帰りしたらしく、その際町中でその話を耳にしたのだという。
「ですがその噂話、サウザンド地方の内容は少し違っていて、侯爵ご子息様は近々やんごとなき高貴な血筋の女性とご婚約されるというお話が加えられていましたわ」
「……!」
まぁと他の女性達が驚き口をおさえた。世の女性にとって甘い恋物語を彷彿とさせる話は大の好物で皆うっとりと妄想し始めている。
私は別の意味で驚いていた。
(――ジル先輩が……婚約?)
信じられない。なにせたった数日前、王都を離れる際に本人から直接夜会の相手がいないと聞いたばかりなのだから。
この数日で急遽決まった事柄にしてもいささか時系列に疑問がある。
サラの里帰りは先月。私が聞いたのは数日前。
もう少し詳しく話を聞いてみたいとサラに声をかけようとした時、それまで静かに茶を飲んでいた店主のフィーアがカップを置き口を開いた。
「もう、皆。それはあくまで噂でしょう? 私達下々の者が高貴な方の事をあれこれ言ってはいけないわ」
この話はそろそろお開きにしましょうと言いフィーアが苦笑すると、周りもすぐ静かになり別の話をし始めた。
フィーアは王都から来たと聞いている。平民が王族や上位貴族の風聞をいたずらに吹聴する事はよくない事と知っているのだろう。
彼女は敢えて従業員達の話を変えたのだ。
微かにフィーアを見ると彼女と目が合い、にこりと微笑まれる。彼女は私の視線に気づいていたらしい。
「それはそうとリリアナ様、そのリボンとてもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます」
フィーアに褒められほんのり頬を染めた私は、照れ隠しに髪をとめている紫色のリボンに触れる。これは昨日シオンがフィーアの店で買ってくれた物で早速つけてみたのだ。
「ふふ、その紫は本物ではありませんが、カトレアの作る伝統的な色にかなり近いのですよ。本当によく似合う……リリアナ様なら図らずとも高貴な方に巡り合い見初められるやも知れませんね」
「まさか。そんな事あり得ませんよ」
彼女が突然、突拍子もない事を言ってきたので私はどきりとし適当に笑った。
大体シオンと婚約できただけでも奇跡に近い事なのに、それ以上の高貴な方とだなんて考えるだけでも恐れ多くて震えが走る。
「もうフィーアさんてば恐ろしい冗談を――」
そんな感じで皆と雑談と交わしていた所で扉を叩く音がした。使用人が確認に向かい、何やら扉の向こうの者と話をしている。
その人物はシオンだった。
「リリアナ、そろそろ終わった?」
「あっ、もうそんな時間なのね。ごめんなさい、すぐ行くわ」
思ったより長居してしまった。シオンが迎えにきたので私は慌てて立ち上がる。これから彼と夜会にむけて作法の復習とダンスの練習があるのだ。
私はフィーア達に再度今日の礼を言い、あとは使用人に任せ、シオンと共に部屋を出た。
「そうだ。リリアナ、少し待って」
「どうしたの?」
ピアノのある部屋に入ったあたりで彼に呼び止められ振り向くと、とめていた髪がはらりと落ちてきた。
シオンがリボンをほどいてしまったのだ。
「! もう、何するの」
「ごめん。やっぱりこれは返してもらう」
「えっ?」
突然理由なくリボンを回収され、意味がわからず呆気にとられていると、シオンが代わりの髪止めを懐から出し、私の髪を器用にまとめてとめた。
「とりあえず今はこれをつけていて。また日を改めて新しい髪飾りを贈るよ」
今度はもっと素敵な物を、と妙に愛想よくにこにこと微笑んできた。然り気無く誤魔化し、リボンを回収しようとしているのが見え見えである。
滅多にない色だから気に入ってたのに。
よくわからないがこのリボン、彼はお気に召さなかったらしい。
私はむうと眉間にシワを寄せた。
「構わないけど、その代わり今日のダンスの練習、久々だから万が一シオンの足踏んじゃっても怒らないでね」
「……お手柔らかに、頼むよ」
「……」
その後、練習で私がわざと足を踏もうと試みるも、そのたび彼は巧みに避け続けてしまうのだった。




