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09

「――ああ、リリアーヌ様。オルサーヴ王国に入りましたよ」



盗賊に襲われた件からまた数日後。

その後はつつがなく馬車は進み、やっと私たちはオルサーヴ王国の土地に踏み入れた。


そう、やっと。やっとだ。ここまで本当に長かった。現代の旅行というか、交通の発達がいかに素晴らしいものかと痛感した。

地図上で見れば些細な距離だが、まさか2週間もかかるとは。かがくのちからって、いや、なんでもない。


それはともかく、アイリーンに許可を取って窓の外へ顔を出した。遠くの景色でいかにも要塞、といった感じの城壁から監視塔らしき建物の先端が見える。


今は昼を過ぎた頃。御者の見立てでは夕方には王城へ着くらしい。

オルサーヴ国王の配慮で今日はひとまず堅苦しい挨拶はなしで、私の本格的な仕事は明日からだ。


目路の彼方に、けれどしっかりと見える城の一部を見て実感した。ついにこの時が来てしまったのだと。私が、このオルサーヴの要人に嫁ぐのだと。



「リリアーヌ様、そろそろ」



とアイリーンが声をかけた。私は素直に窓から乗り出した身体を車内へ引っ込める。


さて、この私付きの侍女、兼女騎士のアイリーンであるが先日たっぷりと話を聞き出した。


職権濫用まがいのことをしたりと少々強引に話させてしまったが、まあそこは目を瞑ってほしい。今まで比較的いい子にしてたつもりだし。

それに元々のリリアーヌはもっとえげつない言い方をしたに違いないんだ。これくらい可愛い方だろう。きっとそうに違いない。


アイリーンはファズマレールでも珍しい女騎士だ。とはいえ代々騎士が輩出される家系であることから、両親から才能が芽生えたのなら騎士団へ入ることを決められていたと言う。


彼女が銀の騎士の称号を戴いたのは1年と少し前。しかしその頃から王子様ことオズワルド第3王子から命ぜられて自分の仕事をこなすと同時に、侍女の仕事を教えられたらしい。


ここで一度、話を止めよう。王子様がアイリーンに侍女の仕事を教えた始めたのは1年前である。1年も、前なのである。


つまり1年前の時点で私を、若しくはファズマレールの高貴な女を、オルサーヴの誰かしらへ嫁がせることを計画していたのだ。

この用意周到さ。いよいよ話がきな臭くなってきた。ちなみにオルサーヴが他国と戦争を始めたのがこの頃である。


そしてこの1年前とは、私が1番ブイブイ言っていた時期でもある。それはもうやりたい放題、と言った具合に。言っていなかったけど実は刃傷沙汰も起こしてますよ、私ってば。

それをお咎めなしとされていたのは王子様、あるいは国王が寛大だったからではない。相手が公爵家の娘だったからでもない。


全部はこのためだったのだ。絶対にこの話を断れない、受け入れざるを得ない高貴な女を他国の要人に嫁がせるため。その女が、私だった。


なるほどなあ、とアイリーンの話を聞いて納得した。完全に私は今、過去の自分のツケを払わされているのだ。


王子様の魂胆は分からない。が、ここまで計算して準備をしていたのだ。きっとロクなことではないとすぐに予想がつく。

王子様としてはここまで完璧に彼の筋書き通り。このまま彼の操り人形として私はそのロクでもないことに加担してしまうだろう。


ならば道はひとつしかあるまい。まだ見ぬ旦那様と、それはもう見た人全てに砂糖を吐かせるくらい仲良くイチャイチャすることだ。

いや、むしろ私にはそれくらいしか今後の未来を変える方法がない。


では今後の方針も決まったところでアイリーンのことへと話を戻す。


アイリーンは将軍様のことを知っていた。知っていたどころかファンだという。

昔ファズマレールに入ってきた噂を聞いて熱を上げ、一目見てみたいとよく同僚に話していたらしい。だからこそ今回の件に巻き込まれたのだろう。


容姿については先日のことがあったので頑なに口を割らなかった。しつこくせがめばなんとなくフワッと伝えてくれたがそこまでだった。

大方その辺は予測できているので、それ以上は特に突っ込まなかったが。


アイリーンは今後、私の侍女として仕事をすると共に昼間の一部はオルサーヴの軍の中に混ざって訓練するらしい。王子様とはそういう約束なんだそうだ。

代わりに彼女が軍へ赴いている時は私には別の侍女がつくと言われた。アイリーンと離れるのは少し、不安だ。


初めこそアイリーンとは相容れないような雰囲気だったが、今ではもうそんなことはない。あまりいい顔はされないだろうが、私は彼女を姉のように慕っている。


因みにアイリーンは今年で25歳だという。前に30歳に近そうとか言ってごめん。全然そんなことなかった。超若かった。

言い訳をすると、初めて会った頃は言葉も表情も硬かったのでそう感じたのだ。



「何かあった時はまた助けてね、私の騎士様」



そうアイリーンに笑いかければ、彼女は恥ずかしそうに口ごもった。

でもそう言われて満更でもなさそうにしているのも事実。それを誤魔化すように彼女は言葉を返した。



「もう、リリアーヌ様にはグリュンタール将軍がいらっしゃるでしょうに」


「ふふ、それもそうね。浮気になっちゃうわ。だから、2人だけの秘密よ?」



冗談めかして私がさらに返せば、アイリーンはそうしましょうか、と唇に人差し指を寄せてはにかんだ。

その笑顔は侍女でも女騎士でもない、アイリーンのもののように感じた。


先日の襲撃の時、私が意識を失った原因となったあの大男はアイリーンの手によって斬り伏せられた。


しかし彼女は馬車に戻って倒れた私を見た瞬間に、とても後悔したという。

馬車に近づいた男を見逃してしまった、と。私に物理的な害はなかったとはいえ、精神的に害を与えてしまった、と。


気にしなくていいのに、とその時は私は笑った。けれどこの後、この傷がとんでもない事態を引き起こすとは夢にも思わなかった。


オルサーヴの堅牢な城壁に、私たちは刻一刻と近づいていく。もう、私たちは引き返せない。

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