9.叫び
「……ちくしょう。」
レンジは村はずれの海岸にいた。
囁くような波の音と、さく、さく、という砂浜を歩く音がやけに耳に付く。
どうして解ってくれないんだと、先月十六歳になったばかりの少年の心中は、決して穏やかではなかった。
何よりも、ぎゅうぎゅうに身の詰まった果実をかじったような昼間の感覚が、忘れられないでいた。
甘酸っぱい果汁が、乾いた体の髄まで染み渡るようなあの感覚を、少年は誰もいない海岸に座り、ひしひしと噛みしめていた。
そこに、銀髪の青年がゆっくりと歩いてきた。
自分の足音に比べると、軽やかさが足りない。
限りなく白に近い砂浜に、もう一組の足跡が規則正しく刻まれる。
「ほら。」
その一言だけ発したかと思うと、レンジに向かって軽く何かを放った。
それは、先程の食卓に並んでいたライ麦パンだった。
ややハードな噛み応えのあるパンを少年は大きくかじった。
頬がもごもごと動くのを確認した青年は、少年の隣に断りもなく座る。
そして、煙草に火をつけ、ふーっと、細く長い白い息を吐いた。
シアードの優しさに、いつも言葉は無い。
いや、必要としないのだろう。
もう十年程経つだろうか。
この海岸で傷だらけになって倒れていたところを、セレスが背負いきれないのにも関わらず背中に乗せて、両足を引きずりながら家に運んできたという記憶が、何故か今、波の音と共に思い出される。
「シアード、俺さ……。」
「本気なんだろ?」
レンジが言わんとする言葉は、先に奪われた。
理解者がいたという事実が、少年を高揚させた。
「俺、ハープと約束したんだ!
また一緒に冒険するって。
それで、強くなって今度はちゃんと守るって!
シアードは、分かってくれるよな?」
「フン、どうだか。」
予想外の答えに、レンジはたじろぐ。
「昼間のように、恰好つけるだけじゃ大切なものは守れない。
それとな、誰かに心配かけなきゃ出来ない事はするもんじゃない。
それが分からなきゃ、おばさんの言う通りお前はまだまだヒヨッコのままだ。」
「俺はヒヨッコなんかじゃない!」
「ガキめ。」
「何だと!?」
かっ、となったレンジは思わず立ち上がった。
当たり前の答えが、少年の胸に突き刺さる。
今は目線より下にいるが、自分よりも3つ年上のシアードの言葉には、不思議と説得力があった。
自分がガキだということは分かっている。
分かっているんだ。
だけど───。
立ち上がった際に落ちたライ麦パンが目に入り、波が引いていくかのように昂った気持ちが静まる。
「……好きなんだ。
たった一日しか一緒にいられなくても、これからも守ってやりたいって思ったんだ。
それに、ハープは迎えに来てって、俺にそう言ったんだよ。」
レンジの熱意とは裏腹に、シアードは淡々と言う。
「……夜は冷えるな。
お前も落ち着いたら帰って来いよ。
それと、本当に旅に出るのならちゃんと自分からおばさんにもう一度話すんだな。」
少年の熱意とは相反するようかのように、夜の気温は下がっていく。
寒さが苦手なシアードは、そう言い残して村の明かりを目指して歩く。
暖の足しにもならない、煙草をもう一本くわえて火をつける。
「シアードやセレスやおばさんが反対したって、俺は絶対旅に出るからな!」
海岸にレンジの声が大きく響いた。
強い決意と孤独感が、胸中に広がっていった。