官僚の血と、魔性の果実。泥沼夫婦のメロロン騒動!
官僚の血と、魔性の果実。泥沼夫婦のメロロン騒動!
ポポロ村の朝は早い。
輝夜は宿屋で借りた動きやすい服に着替え、村の畑仕事を手伝っていた。
東京にいた頃は、休日になれば泥のように眠り、ベランダのプランターの世話をするのがやっとだった。それが今では、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、土に触れるだけで信じられないほどエネルギーが湧いてくる。
「よいしょっ、と……わぁ、すごい。もうこんなに育ってる」
輝夜が水をやっていたのは、『陽薬草』という青々としたハーブだ。ポポロ村の肥沃な土壌と、輝夜が【月詠の窯】で創った器で汲んできた水を撒いたおかげで、一晩で驚くほどの成長を見せていた。
東京大学農学部・農業経済学科出身の輝夜にとって、この村の規格外の農業環境は好奇心をくすぐられる宝の山だった。
「おーい、輝夜。あんまり根詰めすぎるなよ。倒れたら元も子もねぇぞ」
畑のあぜ道から声がした。
振り返ると、愛車のアフリカツインに寄りかかり、水色のアメスピを吹かす優太の姿があった。
軍医としての夜間待機明けだというのに、彼は輝夜の様子が気になって見張りに……いや、見守りに来てくれていたのだ。
「大丈夫です、優太さん! 私、土をいじってる時が一番元気になるみたいで」
「そうかよ。まあ、顔色は東京にいた時よりずっといいな」
ふっ、と優太が目を細めて笑う。その何気ない笑顔に、輝夜はまたしても胸がトクンと鳴るのを誤魔化すように、パタパタと土を払って彼のもとへ駆け寄った。
平和で、穏やかなスローライフ。
――のはずだったのだが。
「メロロォォォンッ!! 好きだ! 俺はお前のためなら、女房とだって別れられるぅぅっ!」
「ふざけんじゃないわよこの甲斐性なし!! その魔性メロンと一緒に肥料になっちまえ!!」
突如、のどかな村の空気を切り裂くような、凄まじい怒号と泣き声が響き渡った。
輝夜がビクッと肩を揺らすと、優太が「あーあ、またやってるぜ」と呆れたようにタバコの煙を吐き出した。
「な、なんですか、今の声……?」
「村のベテラン農家、『泥沼』夫婦だ。ちょっと見てみろ」
優太に促されて隣の大きな畑を覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
五十歳ほどの日に焼けた農家のおじさん(泥沼源蔵)が、地面に生えた『大きなメロン』に向かってポロポロと涙を流し、愛の言葉を囁いている。
そのメロンからは、むせ返るような甘い香りが漂い、よく見ると豊かな果肉をぽよんぽよんと揺らしながら、脳内に直接語りかけてくるような微弱な魔力を放っていた。
『……お疲れ様、源蔵さん。今日も頑張ってるわね♡ 頑張った貴方には、ご褒美が必要よ。今日は全部忘れて、私に甘えていいの……♡』
「うぉぉぉっ! メロロオオオオン!!」
そして少し離れた畝では、源蔵の妻である恵が、般若のような形相で雑草をむしりながら、夫に向かって生米を全力で投げつけている。
「え、えええ……!? なんですか、あのメロン!?」
「『メロロン』だ。魅了の魔力を持った魔性の果実だよ」
優太が呆れ顔で解説してくれたところによると、こうだ。
メロロンは熟すと、世話をしてくれた人間に極上の甘い声で囁きかけ、全肯定して甘やかしてくれるキャバクラ嬢のような果実らしい。
一獲千金を狙ってメロロン栽培を始めた泥沼夫婦だったが、案の定、夫の源蔵が完熟メロロンの接客にドハマり。毎日畑に入り浸って「この子は俺に本気なんだ」とブツブツ言うようになり、夫婦関係は完全に冷え切ってしまった。
以前は愛情あふれる手作りの食卓だったのが、今では『生米と水道水』しか出されなくなり、世間体を保つためだけの仮面夫婦――ポポロ村の住人からは『マスクメロン状態』と揶揄されているらしい。
「あの夫婦、昔は村でも評判のおしどり夫婦だったらしいんだがな。今じゃ村の空気を悪くする一番の悩みの種だ」
「そんな……」
優太は「他人の色恋沙汰だ。放っておけ」と背を向けようとした。
しかし、輝夜の足は動かなかった。
(ベテラン農家の家庭内不和……。それは単なる夫婦喧嘩じゃない)
輝夜の脳内で、霞が関で叩き込まれた『農業経済学』と『コミュニティデザイン』のロジックが超高速で回転し始める。
農業は、夫婦や家族という最小単位のコミュニティの連携で成り立つ。それが崩壊すれば、農地の管理が行き届かなくなり、生産量が低下する。ベテランのノウハウが次世代に継承されなくなり、最悪の場合、村全体の経済的死活問題へと直結するのだ。
「……見過ごせません」
輝夜の口から、低く、しかし確かな意志を持った声が漏れた。
「ん?」
「優太さん。あの夫婦をこのまま放置すれば、ポポロ村の農業コミュニティに重大な亀裂が入ります。それに何より……あんなに素晴らしい土を育ててきた二人が、生米と水だけで冷え切った関係を続けるなんて、絶対に間違ってます!」
振り返った輝夜の瞳には、先ほどまでの「保護されるか弱き女性」の面影はなかった。
そこにあったのは、国を動かし、地方を救うために不夜城で戦い抜いてきた『内閣府・政務官補佐官』としての、鋭くも熱いエリート官僚の光だった。
「私が、お二人を仲直りさせます」
「……本気か? 相手はメロンに狂った親父と、般若になった嫁さんだぞ」
「はい。人は、本当に美味しいご飯と、温かい対話の場があれば、必ず分かり合えます。私に……いえ、私の【月詠の窯】に、考えがあります」
真っ直ぐに自分を見上げてくる輝夜の力強い瞳。
優太は、タバコを咥えたまま一瞬だけ目を丸くし――やがて、喉の奥でクックッと低く笑った。
この女は、ただ守られるだけのひ弱なお姫様じゃない。
自分の足で立ち、周囲を変えていく確かな知性と強さを持っている。
その事実が、泥臭い軍医である優太の胸の奥を、ひどく心地よくくすぐったのだ。
「……頑固な女だ。本当に、霞が関の役人だったんだな」
優太はポンッ、と輝夜の頭に大きな手を乗せた。
「勝手にしろ。ただし、無理はすんなよ。お前がピンチになったら、一秒で俺が助けに入る。それだけは忘れんな」
「優太さん……っ。はい!」
最強のスパダリ軍医による、絶対的な『後ろ盾』。
これ以上ない安心感を得て、輝夜は力強く頷いた。
(まずは、お二人の心を解きほぐすための『特別な器』を作らなきゃ!)
霞が関の過労官僚による、異世界コミュニティデザイン(村おこし)の第一歩。
輝夜の腕の見せ所が、今まさに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
異世界のトンデモ果実『メロロン(キャバクラメロン)』によって崩壊の危機にある泥沼夫婦。
しかし、その危機に輝夜の「元エリート官僚」としての知性と血が騒ぎ出します!
ただ守られるだけじゃない、有能で芯の強い輝夜の魅力と、そんな彼女の背中を「俺がついてるから好きにしろ」と全肯定で支える優太のスパダリっぷり……いかがだったでしょうか!?
「輝夜ちゃんカッコいい!」
「優太の『俺が助けに入る』にキュンとした!」
「メロロン、恐ろしい果実すぎる(笑)」
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次回『コミュニティデザインの神髄と、夫婦茶碗の奇跡』
輝夜の【月詠の窯】で作る極上バフ飯が、夫婦の絆を取り戻す!? お楽しみに!




