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第五回 徳島③ 十八番~二十二番札所(三日目)

 三日目はいよいよ、古道「いわや道」を歩いて二十二番札所をめざす。

「いわや道」へ向かうには、私の場合、また一度太龍寺に上がる必要があった。私は朝いちばんのロープウェイの便で、再び太龍寺に上がった。

 ロープウェイから出てトイレのほうへ進み、さらにその先へ歩くと、それらしい山道の入り口が見えてくる。本当にこの道で良いのかな、と思いながら進む。

 私の調べ方が悪いのかもしれないが、このいわや道はネットのマップではうまく表示できなかった。ネットの案内はこの道を大きく迂回するような表示だが、いわや道は見た目、それをショートカットするようなルートになる。いろいろな意味で、それが本当にショートカットになるのかどうかは不明である。

 でも、昔の人が利用したという山の中の古道を、どうしても歩いてみたかったのだ。インターネット案内につい頼りきってしまう現代人を、いまほんの少し、脱却。

 不安はあったが、まもなく一定の間隔を置いて道の脇に並ぶ石仏が、道の先のほうまで目に入る。台座のところに各札所の番号と本尊が彫られており、進む方向が遍路道で間違いないことを確信できた。もしかして札所の数と同じ八十八像あるのか、と思ったら、その通りだった。

 この、石仏が並ぶあたりの景色には、RPGの聖域系ダンジョンを歩くようなイメージが重なって、大変わくわくした。

 石仏の見守る道を通り過ぎ、不動明王の前を過ぎると、いよいよ山道らしい山道に分け入っていく。

 後にも先にも人っ子ひとりいない。ときどき、ロープウェイの音が遠くから聞こえるばかりの、静かな朝の遍路道だ。

 クモの巣トラップエリアは、ここから始まった。

 前回書いた通り、私は本当に、本当にクモが苦手である。

 しかし私には、山道歩きの知識が足りていなかった。この日、このいわや道を歩くのはどうやら私が一番手だったらしく、つまり、私の前にクモの巣を払って進んだ人はいなかった、ということである。

 このへんで景色の中に光るクモの糸を血眼になって探し、必死に回避しながら進むところで、多少時間をロスした気がする。それでも二度、三度ほど、クモの巣に引っかかった。幸い、家主との接触はなかった……と思いたい。

 クモの巣に突っこみ、帽子や服をはたきながら立ち止まっているところで、この朝初めて、反対方向から歩いてきた男性と行き合った。

 おはようございます、と挨拶をかわしたあと、だれもいなくて気持ちよかったですよ、と男性は教えてくれた。楽しみです、と言いながら、私はさっき、はたいたはずみに吹っ飛ばした帽子クリップを拾った。

「クモの巣に突っこんじゃって……」

 きっと不審な動きをしていただろう自覚が後ろめたく、言わんでもいいことを説明した私に、男性は笑い、一番手の宿命ですね、と言って、太龍寺のほうへ去っていった。

 言われてみれば当たり前だが、それは学びだった。

 また、男性がこれから行く道を歩いてきたということは、この先クモの巣トラップが少ないのでは、とずるいことを考えてしまった。申し訳ない。

 その先もトラップがないわけではなかったが、私の身長までの高さのクモの巣は、かなり少なくなっていたと思う。くぐるか、またぐか、それで回避できる程度。ありがとう、さっきの方。ありがとう、お大師様のお導き。

 それからも進み続けた古道は、山の経験に乏しい私にとっては、道なき道という感じがしたものの、道と認識できる景色がずっと続くだけ、山に慣れた人からすれば、十分整備された道であるかもしれない。

 岩場を迂回するようなある場所では、一瞬、その道が途切れたかと思った。まさか岩をよじ登るのか……? と焦ったけれど、よくよく景色を観察すれば、地面の小岩や段差に規則性のみられるところもあり、足場にできる部分を見分けながら登っていくことができた。

 また途中、道が狭く、ちょっと横ざまによろければたちまち斜面に転がり落ちそうなところもあった。そこでは、斜面反対側の木々につながれたロープをつかみながら進むことになる。右手はロープに沿わせ、左手は杖を頼りに、慎重に歩を進めた。

 もちろんこのロープは、全体重をかけてつかむようなものではないだろうが、軽くてのひらを添わせながら歩くだけでも、心強さがちがう。ロープを支える木々の強靭さと、先人の取り組みに感謝しながら歩いた。


 こうして歩いたときのことを思い出し、写真を見返し、地図を見ながら、そういえば、いわや道と平等寺道の境目を意識していなかったな、ということに思いいたった。

 このとき、まずは道の駅わじきを休憩地点としてめざしていて、その時点で、予定よりも大幅に時間がかかっていた。結構、必死だったのだ。

 二十二番札所と二十三番札所の間はさすがに電車を利用する予定でいて、このままでは、予定していたダイヤに間に合わなくなってしまう、という思いでいた。

 無理はせず、ペースを上げられるところでは上げる、の作戦で、なんとか二十二番札所へは問題なくたどり着けるだろう、という時間配分で道の駅まではたどり着いた。

 できればしっかりとした昼食をとりたい気持ちもあったが、時間を気にして、店内で買った草餅を屋外のベンチで食べて済ませた。前日と同じく、動き疲れた状態で食べる草餅は本当に美味しかった。狙ってはいなかったが、これにて三日連続餅食いを達成。

 このあたり、時間を気にするあまり、今自分がいる場所の確認や、周囲の景色の観察がおろそかになっていたな、と思う。こうして思い出を振りかえると、記憶が曖昧だったり、見るべきものを見ていなかったり、せっかく行ったのに、こういうのがもったいない。

 二十三番札所の到着時間を予想すると、もはや予定通りに行きたければここからずっと小走りで進み続けるしかない、くらいの状況だった。この地点から歩いておそらく一時間半はかかる、山道も含む道のりを、小走りで進み続ける体力など、一般デスクワーク三十路の私にあるわけがない。

 無理なら諦める、を前回の行程で覚えていたため、せっかくの古道や札所を雑に見て回るよりは、行程を減らして見聞きできるものを丁寧に受け取るほうが、自分にとっては大事だと思った。

 このたびの遍路で、一番やりたかったことは何かを改めて考えると、古道を自分の足で歩いて回り、焼山寺でできなかったことを果たすことだ。平等寺に歩いてたどり着くことができたなら、それは達成される。

 道の駅わじきを出て、平等寺に向けて歩きながら、わたしは二十三番札所を次の機会に回すことを決意した。

 しばらく歩くとまた山道に分け入っていく。大根峠という峠の道らしい。

 二日間の歩きを経て、三日目のこの日もすでに山道を一つ歩ききったあとで、ここの登りは堪えた。ところどころ水辺の景色が綺麗だな、と思ったことは覚えているが、正直、この道の登りの記憶が朧だ。写真もあまり残せていない。

 下りに差しかかったときの安堵のところから、ようやく記憶がよみがえる。やっと一番高いところを超えたかな、もう登りはないよな、ありませんように……と祈ったことも思い出せる。

 後半は竹林の中を歩いて行くところがあるのだが、これが良い景色だった。竹林の隙間から陽が射して、道の先に、まだらに木洩れ日を落としている。なんとも清々しい眺めが先まで続いていた。

 この道の終盤でようやく一人、後ろから人がやってきて、私のほうが遅いので道を譲った。それといわや道序盤で出会った男性以外、山道では、本当に他の人間を見かけなかったものだ。


 峠道が終わっても、札所へはすぐにはたどり着けない。田畑が目に入るようになったあたりから、さらに一キロ以上は歩く。再び始まるコンクリートの道にほっとするような、その硬さが常よりも痛く感じられるような。

 二十二番札所平等寺は、これだけ山道を歩いたあとにあって、人里近いところで迎えてくれる。仁王門から本堂へ向かうにも長い階段があり、けれどここは今日のゴールだ、と思うともうひと頑張りできた。

 平等寺は癌封じの祈願が伝えられているといい、納経所に行くと癌封じの御守りが授与されていた。ちょうど、身内が癌の手術をしたところだったので、御朱印を頂くのとあわせて、その御守りも購入し、帰ってから本人に渡した。

 徳島の札所は、残すところあと一つとなった。

 惜しい気持ちもありつつ、これにて、今回の遍路は終了とした。

 

 この三日間で何度か山道の登りを歩いたが、しんどいとき、両手で持った金剛杖を斜めについて、それにすがるように前へ進んでいくことがあった。櫂をこいで舟を進めていくかのようだ、と思った。


  ふる道は果ても見ゑねど杖つきてまどひつつゆく舟こぐがごと

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