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19

深夜。眠る町は祭典目前の落ち着かない空気をはらんでいる。装飾のために昼間とは別の出入りがあるせいか、人影こそゼロではないが、昼ほどの賑わいはなく、しんとした雰囲気が海の波音を際立たせる。


わたしはマリー、それに漁師仲間の数人とそっと倉庫の裏手に身を隠している。事前の情報によれば、あの黒い船の連中が夜な夜な物資を運び出しているらしい。もし動きがあるとすれば、そろそろの時間だろう。寝静まったころを狙って港へボートを出すのだという話を聞いた。


息を潜めて待っていると、じきに沖合のほうで小さな灯が瞬いた。それが岸へ近づいてくるにつれ、月の光をうっすら反射する小舟が浮かび上がる。何人か人影が乗っている様子で、慣れた手つきで波止場の暗がりを目指している。


「やっぱり来た……」


隣にいる漁師が囁く。わたしは小さくうなずき、マリーに合図する。マリーの手は震えているけれど、覚悟を決めたように目を細めている。大人数で一気に包囲する手はずを整えているので、わたしたち数名はあくまで裏口の抑えに回っているのだ。


男たちは桟橋の突き当たりに小舟をつけ、そっと波止場から倉庫へ向かう。合鍵か何かでドアを開け、中に入った。しばらくして、大きな箱か袋のようなものを運び出そうとしている気配がする。

外の闇にまぎれて漁師たち数名が急接近すると、男たちは驚いた顔で「誰だ!」と低く叫ぶが、こちらの人数がかなり多いとわかると散り散りに逃げ出そうとする。


わたしは裏口へ回り込み、隠れていたマリーと一緒に待ち伏せする。ちょうど一人が「こっちだ!」と駆けてきたので、わたしは慌てて身を伏せる。男が抜け道だと思って開けた扉を出た瞬間、わたしは背後から声をかけた。


「その荷物、勝手に持ち出してはいけないんじゃない?」


彼はぎょっとして振り返る。月明かりが落ちるわたしの姿を見た瞬間、一瞬「女?」という表情をしたが、すぐに逃走しようとするので、足を引っかけると男は盛大に転んだ。

そこへ漁師仲間が駆け寄り、素早く腕を取って拘束する。マリーが息をのむ声が聞こえるが、思ったほど大乱闘にはなっていない。むしろ圧倒的な数で囲んだので、相手は抵抗する間もなく数人まとめて捕縛されたようだ。


「こいつらが町の倉庫から盗みを働いてたんだな。やっぱり噂どおりだったか」


漁師が笑いながら男たちを縛っている。どうやら海上の大きな船に運ぶ予定だった物資をここで集めていたらしい。詳しい話はまだ聞けていないが、ともかく現行犯で取り押さえられたわけだ。


しばらくして夜明け近くなり、町の有志や漁師たちは捕まえた連中を安全な場所へ連れていく。わたしもマリーもほっとひと息。大事にはならず、それほど荒れた争いにならなかったのは幸いだ。


男たちは無言を貫いているが、この数人を失えば、沖に待機している船も手出しがしにくいはず。町の警備隊と連携すれば、祭典の最中に大きなトラブルを起こす可能性は低くなるだろう。


わたしが「本当によかった。もしここで大騒ぎになっていたら、祭典どころじゃなかったかも」と漁師に言うと、彼は苦笑して「いや、あんたがいなけりゃ腰を上げられなかったかもしれん。ありがとうよ」とやけに感謝される。

マリーと顔を見合わせ、「いえいえ、わたしたちもせっかく来た町を荒らされたくなかっただけ」と笑い合う。夜の静かな波止場を照らす月がすっかり青白く、遠くで夜明けの兆しが見えていた。


朝日が昇るころ、町は何事もなかったかのように新しい一日を迎える。漁師や商人らが一晩中動き回って疲れているはずなのに、祭典前とあってか落ち込んだ様子はまるでない。それどころか、「今年は悪者を一掃したから気分がいい」と笑う人までいる。


わたしも眠気はあるものの、気持ちは晴れやかだった。宿で少し休んだあと、祭典の本番が始まるというので再び港へ出かける。


朝から港は派手に飾り立てられ、人々の衣装も華やか。大きな通りで音楽隊が演奏し、踊り子が列を成して進む。屋台もずらりと並び、魚の串焼きや貝の蒸し物、甘いフルーツなどが売られている。わたしはマリーと手を取り合いながら踊りの列に交ざってみたり、見よう見まねでステップを踏んでみたりして笑い合った。


正午すぎには港内で船のパレードが始まる。わたしは湾を見下ろせる場所に行き、ゆっくりと進む華やかな船団を眺める。ここは大型の貿易船も多く停泊する場所だが、祭典の日だけは飾りをつけて海を行進するのだと聞く。青い海面にカラフルな旗や花が映えて、まるで絵画のような壮麗さ。


「すごい……。こんな光景、初めて見たわ」

わたしは人混みにもかかわらず、圧倒されて言葉を失う。パレードが華やかに行われる裏で、夜の怪しい連中はもういない。もしまだ仲間が潜んでいても、ここまで町が団結して盛り上がるならそう簡単に手出しはできないだろう、とわたしは胸を撫で下ろした。


夕方からは街道沿いに露店が増え、舞踏会のように踊る人々も現れる。魚介だけでなく果物や菓子、雑貨、民芸品が並び、訪れた観光客も目を輝かせて買い漁っている。わたしもついついあれこれ目移りして、結局両手にいっぱい袋を抱えてしまう。


そして夜が更け、提灯の明かりが港を照らすころがこの祭典の真骨頂。わたしたちは桟橋の先へ進み、遠くの海上から打ち上がる花火を眺める。大玉が夜空を裂く音とともに赤、青、緑の光が散り、まわりから「わあ!」という大歓声。波打ち際も花火の光で瞬間的に染まり、まるで光の魔法を見ているよう。


「あんなに大きな音、都では聞いたことがない気がします」

マリーが耳を塞ぎながら笑っている。わたしは彼女の手をとり、「すごい迫力ね。まさに海ならではの祭りかも!」と胸を躍らせる。遠くからもう一つ花火が上がり、空を金色に染める。水面にその光がきらきら反射して、なんとも幻想的な夜景だ。


海辺に集まった人々の感嘆の声が重なり合い、港町全体がまばゆい祝福に包まれているように感じる。この数日でいろいろあったけれど、結局こうして笑顔で祭典を満喫できるなら大成功と言えるだろう。

わたしは漁師たちとも再会し、昨夜の礼を言い合った。「お嬢さんはすごいな。まさかあれを率先してやるとは」と彼らが感心するが、わたしは「みんなが協力してくれたからよ」と返す。誰が中心かなんて重要じゃない。こういう大勢の力が合わさって町を守り、盛り上げるんだと改めて実感する。


わたしは打ち上げが終わったあと、しばらく海を見つめていた。山で見る夜とは違う、深い闇の先で波が静かにさざめき、星と月の光を映している。心の中が満たされたような気分で、こういう旅はまたしてみたいと思う。


数日後、祭りも終盤を迎え、わたしは町の人々に別れを告げる。名残惜しくはあるが、さすがにずっと滞在もできない。

「またいつか遊びに来てください。今度は違う季節の海も見ものですよ」と漁師や商人たちが口々に声をかける。わたしは「ええ、いつか必ず」と笑ってこたえる。


マリーと馬車に乗り込み、坂道を登って町を後にする。遠ざかる町と海を振り返りながら、「あの水面、ずっと見ていても飽きないわね」と呟く。マリーは「そうですね、ほんとに素敵でした」と頷く。


馬車はやがて丘を越え、海が見えなくなる。あの港町での体験は胸に深く刻まれている。大きな水の広がりや祭典の盛り上がり、そして思いがけない事件まで。全部含めて、最高に刺激的な数日間だった。

帰りの道中は、買いすぎたお土産の話題や、まだまだ余韻の残る花火の印象をマリーと語り合う。せっかくなら、また別の場所にも行ってみたい。まだわたしの知らない世界はたくさんあるのだろう。


そう胸をはずませつつ、少しウトウトしながら馬車に揺られる。少なくとも今回の旅がわたしにくれたものは大きい。それは、海と人々の温かさ、そしてこの足でどこまでも行けるという小さな確信だ。

丘の向こうに沈む夕陽を見送りながら、わたしは次の旅への期待をふくらませる。

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