18
朝が来た。わたしは宿で簡単に朝食をとり、港の通りへ繰り出す。市場はすでに大勢の人で賑わい、漁から戻ってきた船や商船が活発に動き回っている。近くの漁師が言うには、この数日でさらに人が増えるらしい。祭典の準備が本格化しているのだとか。
わたしはマリーを連れて桟橋を歩いてみる。碇を下ろした船の周りでは水夫たちが網や道具を整備し、魚を陸に揚げる作業をしている。掛け声と笑い声が絶えず、活気がみなぎる場所だ。
その一方で、港の端には大きな帆船が停泊していて、近づく人がほとんどいないのが気にかかる。船体の色はややくすんだ黒で、甲板に見える人影もどこか殺伐とした雰囲気。漁師仲間に尋ねると「ずっとあの辺りに停泊している。夜になると少し動くが、何をしているのかわからない」と首をかしげていた。
「もしかして、あの船が最近の噂の原因なのかな。怪しい取引をしているとか……」
誰ともわからない密輸団や盗賊まがいの連中がいるという話はあちこちで耳にするが、町の人たちは深く立ち入ろうとしない。無用なトラブルに巻き込まれたくない気持ちもわかるけれど、もし本当に悪事があるなら、祭典当日に何かが起きる可能性だってある。
わたしはそのことを意識しつつも、今はまだ決定的な証拠がないからアクションを起こしようがない。マリーが「お昼には市場においしい魚介スープが出るらしいですよ」と教えてくれるので、とりあえず朝の散策を続けることにした。
朝市を見回したあと、わたしは桟橋から少し離れた砂浜へ行ってみる。意外にも白い砂が広がり、波打ち際では地元の子どもたちが遊んでいるのが見えた。髪の先まで潮風に当たる感触は初めての経験で、思わず靴を脱いで砂を踏みしめる。
「ああ、さらさら……こんな砂を踏むの初めて。すごく柔らかいのね」
マリーもおそるおそる足を下ろし、ぱしゃっと波がくると慌てて後ずさる。その様子が可愛らしくて、わたしはつい笑ってしまう。子どもが何人かこっちを見てにこにこしていて、「お姉さんたちも砂遊びするの?」なんて聞いてくるので、わたしは「ちょっとだけならいいわね」と応じる。
そうして少しだけ砂に足を埋める遊びに付き合っていると、背後から声がした。「やあ、楽しそうだな」
振り向くと、先日あいさつに来てくれた商人の使いの男性が立っている。彼はわたしを見て、「実は船に乗ってみたいと言っていましたよね? ちょうどいい漁師を紹介できますが、どうしますか?」と提案してくれる。
「船に? 行きたい!」
すぐ返事をすると、マリーが「わ、わたし船はちょっと怖いかも……」と小声でこぼすが、わたしは「大丈夫。すぐ近くの湾内を回るだけなら平気よ」とウキウキした気分で話を進める。
男は「では、もう少ししたら桟橋の○番あたりへいらしてください」と言い、去っていった。
砂浜でのんびりしたあと、わたしとマリーは港へ向かう。そこには漁師らしき熟練の男性が小舟を準備して待っていた。どうやら湾内の景観を一周する小さな船旅だとか。さっそく乗り込んで、オールを漕いでもらいながら沖へ出る。
「うわ……揺れる!」
マリーはちょっと怯んでいるが、わたしはこの小さな揺れさえ新鮮だ。風が強めに吹いているからか、海面がキラキラと波打ち、岸から見るより広い世界を感じる。
漁師があれこれ解説してくれる。「あの岬の先に昔からある灯台があって、とくに夜は美しい。あっちのほうには浅瀬が広がり、昼間なら魚が群れを成して泳ぐのが見えるんだ」。視線を追えば、岬の先に小さな塔が建っているのがわかる。こうして海から町を眺めると、また違った姿が見えてくる。
しかし、ふと漁師が声を潜める。「あそこ、見てみな。あの大きな船。いつもあそこにいるんだ」
わたしは言われるまま視線を移し、先ほど桟橋からも見えた黒っぽい帆船を再確認する。近くには小舟が何隻か浮かんでいるが、その船には人の出入りがあまりないようだ。
「夜になると、暗闇の中でひっそり動いてるらしい。こっちが近づくとぱっと灯りを消すんだよ。あやしいだろう」
漁師の言葉にわたしは心がざわつく。どうやら噂ばかりじゃなく、本当に何か裏があるらしい。町の警備隊も及び腰だとか。これが祭典を狙った悪事につながらなければいいけれど。
少し不穏な空気を感じながらも、湾内の小旅行はあっという間に終わる。わたしは船を下りると漁師に礼を言い、「素敵な体験でした。貴重なお話もありがとう」と付け加える。彼は「気をつけてな」と意味ありげに返した。
宿に戻る途中、町の人たちの明るい表情がやけに胸に刺さる。彼らはあと数日で始まる祭典を心待ちにしている。もし夜中に不審船が動いて騒ぎを起こすなら、せっかくの盛り上がりが台無しになるのではないかと心配になってきた。
夜になる前に一度宿で休み、わたしはマリーと食事をとりながら、どうやって対処すべきか相談する。マリーは慎重な性格だから「無理はしないでほしい」と言うが、わたしも荒っぽい行動をするつもりはない。可能なかぎり、この町の人たちの力で解決できるよう助言することはできないだろうか。
「ここは漁師や商人がたくさんいるし、もし何かあれば立ち上がってくれる人はいるかもよ。町の者同士が団結すれば、変な連中を追い出すことだってできるはず。もちろん、わたしもできることはする」
マリーは少し困惑しながらもうなずく。「あの大きな船は怖そうですけど、祭典を守るためなら……。でも気をつけてくださいね」
そうして翌日、わたしは昼間から港でいろいろな漁師や露店主に声をかけて話を聞いてみた。結果、同じような不満や不安が複数あった。夜中に謎の取引をするらしい、倉庫から物資が消える、港の警備に言っても取り合ってもらえない……。みんな気にはしているが、自分から行動する勇気が出ないらしい。
そこでわたしは呼びかけた。祭典当日はもとより、その前の夜も多数の人が港に出てきて装飾の準備をするらしいので、そのタイミングで怪しい船が動いたらすぐ気づけるように見張りを強化したらどうかと提案する。複数の漁師は興味を示し、「やろう!」と同意してくれた。わたし自身も、必要なら力を貸すと言うと、「お嬢さんがそんなことまで?」と驚かれたが、すでにこんなに滞在して町にお世話になっているし、なによりこの海辺の祭典を楽しみにしている以上、黙っていられない。
さらに、わたしの案内人として動いてくれている人たちも助けてくれそうで、「みんなが協力すれば怖くない。相手が数人の盗賊程度なら、十分対処できるはず」と心強い言葉をくれた。
わたしは夜を控えながら波止場を見つめる。マリーは心配そうだけど、わたしを止めようとはしない。二人で「祭典が無事に盛り上がるように」と祈るような気持ちで準備を進める。その日の夕方には漁師たちが結束し、町の人が「夜に怪しい連中が倉庫を狙うなら待ち伏せしよう」と具体的な動きまで決まった。
潮騒を聞きながらわたしは内心で思う。ここにいるのはわたし一人が主役なわけではないし、町の人たちと協力すればきっと何とかなる。どうにかして陰の勢力を追い払うか捕まえて、堂々と祭典が始まる朝を迎えたい。
この港町での出来事がどんな結末を迎えるのか。絶景の海と開放的な風景に心ときめかせつつも、わたしは少しばかり気合いを入れた。
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