12
そんな自由な日々を送っていたある日の朝。執事アデルが慌てた顔でアメリアに報告する。
「お嬢様、王宮から封書が……どうやら殿下主催の大舞踏会の正式招待状のようです」
「……大舞踏会ですって?」
表面上は“盛大な舞踏会を開いて、貴族たちに豪華な場を提供する”名目らしいが、アメリアはピンとくる。これは確実に王太子が彼女をおびき寄せるための計画だろう、と。
「アメリア様、どうなさいますか? 断ることもできますが……」とマリーが恐る恐る尋ねるが、アメリアは薄く笑う。
「むしろ行ってあげるわ。あんなに必死に私を呼び戻そうとしてるんでしょう? 本人の目の前で“興味ないわ”と言って終わりにするほうが手っ取り早い気がする」
マリーは驚きつつ、「確かに……ここで会わない限り、延々と取り巻きが来そうですもんね」と苦笑する。
舞踏会当日。
会場は王宮の大広間で、金と赤の絨毯が敷き詰められ、豪華なシャンデリアがいくつも吊り下げられている。各地の貴族だけでなく外国の使節も招かれ、ものすごい人混みだ。
そんな場所にアメリアが到着すると、門番や従者たちは「パルミエーレ令嬢……!」と目を見開く。なんせ、彼女が纏っているのは黒と金のゴージャスな大振袖風(?)ドレスで、背中には羽根をあしらったパーツまでついている。
「これはこれは。あれほど『上品にしろ』と言われ続けていたお嬢様が、こんな……」
と門番たちが戸惑うほどの衝撃。だがアメリアはまったく動じない。むしろ頬を上気させ、「さあ、行きましょう、マリー」と腕を組む。
大広間に入ると、一瞬、視線が集まってざわめきが走る。かつて王太子妃候補だったアメリアがこうも派手に装い、まるで何かの主役のように歩く姿に、ざわざわと興味や賞賛が湧き起こっている。
アメリアはちらっと周りを見回し、小声でマリーに「殿下はどこかしら? どうせ待ち構えてるんでしょう?」と言う。
しばらく会場を歩いていると、案の定、王太子セオドアが取り巻きを下がらせ、一人でアメリアのもとへ現れた。
「……来たんだな、アメリア」
少し恨めしそうに上から見下ろすつもりの王太子だが、アメリアは鼻先で笑う。
「ええ、わざわざ招かれましたから。もしかして私を呼び戻すために開いた舞踏会なんじゃないの?」
その言葉に殿下は顔を曇らせる。周りの貴族も耳をそばだてているのがわかる。
「ち、違う……いや、まあ、そういう気持ちがあったのは否定しない。お前が最近あまりに……その、楽しくしているから……俺も……」
「だから言ったでしょ、どんなに私が輝こうと、あなたに関係ないって。私たちはもう他人なんだから」
王太子は視線を泳がせる。「でも、俺は……お前が本当はどれだけ魅力的だったか知らなかったんだ。今さらだが、後悔している。お前なら俺の隣で立派な――」
「やめて」アメリアがぴしゃりと遮る。
「そんな適当な言葉でまた理想を押し付ける気? 私、あなたの隣になんて戻りたくないわ。前より魅力的になったと気づいたって、あなたが育てたわけでもなんでもないもの」
周囲が息を呑む。殿下の顔は真っ赤になり、「な、なんなんだお前は……! あのときはお前が俺の望む理想を演じきれなかったから仕方なく破棄したんだが、こんなに変わるなら……」とあたふた。
アメリアは呆れ顔で首を振る。
「演じきれなかったんじゃなくて、あれが私の限界だっただけ。そもそも理想を押し付けるって何? 私が喜んであなたの理想を演じる義務があると思ってた?」
王太子は言い返そうと口を開くが、結局言葉にならない。周囲には「これはさすがに殿下がお粗末」と見る目がありありと感じられる。
そこで王太子は最後の手段かのように声を張り上げた。
「……俺は、お前をもう一度側に置いてみたいんだ! 俺だって変わる。だから戻ってくれ、俺とやり直してくれ!」
その叫び声に、会場中が一瞬静まり返る。さすがに大勢の人々の前でそんな言葉を出すのは異例で、目撃者は皆固唾を呑んで見つめている。
アメリアは涼しい表情で一言、「結構です」と断る。殿下は唖然とするが、彼女は続ける。
「変わるならどうぞ勝手に変われば? 私を巻き込まないで。私にはあなたを待つ理由も義理もありません。むしろ、あなたのもとに戻るなんて時間の無駄よ」
あまりにあっさりとした拒絶に、殿下は完全に言葉を失う。取り巻きは遠巻きに顔を覆い、貴族たちがひそひそ「いやー、あれはもう希望なし」と囁き合う。
アメリアは最後に微笑んで付け加える。
「私、今が十分楽しいから。あなたが惜しくなったなんて言われても、もう遅いわ。お疲れさま、殿下」
殿下はその場で固まり、取り巻きも助け船を出せずじまい。周りの貴族が「すごいわね……」「はっきり言い切ったわ」「むしろ殿下のほうが哀れ……」などと囁いている。
アメリアはマリーと視線を交わし、「さ、踊りましょうか」と優雅に笑う。王太子のもとをあっさり離れ、ほかの貴族たちと談笑やダンスを楽しみ始める。
王太子はみるみるうちに居場所を失い、こっそり会場の隅へ退避。まさに公開処刑のような惨めな姿となる。
「すっきりしたわね。わざわざ舞踏会を開いてまで私を呼び戻そうとしたって……ホント、お疲れさま」
小声でマリーにそう告げると、彼女はくすくす笑って「いまやアメリア様のほうが上ですね」と頷く。
周囲からは拍手こそないが、どこかアメリアを賞賛する空気が漂っている。特に彼女が踊り始めると、「さすがに堂々としてる」と感嘆の声が聞こえたり、複数の男性がダンスを申し出てきたりもする。
(こうしてはっきり断ったから、もう王太子も諦めるわよね。……ああ、解放感。)
ワルツのリズムに合わせてステップを踏みながら、アメリアは心の底から今を満喫する。こうして殿下との過去を完全に清算できたのだから。
舞踏会が終わりに差しかかるころ、アメリアは思い出したように会場を振り返る。王太子の姿はもう見えない。きっと恥をかいて先に退出したのだろう。
そのことでちょっとしたざわめきが残り、貴族たちは「殿下もバカだった」「アメリア様は強いわね」と好き勝手に言っているが、当の本人は飄々としたもの。
「王妃になるなんて道もあったけど、きっと私には合わなかったのね」
マリーが「ほんと、今が一番アメリア様らしいです」としみじみ同調してくる。
この舞踏会での決定的な拒絶は、周囲が「アメリアと王太子は完全に終わった」と確信する出来事になるだろう。むしろ今後は余計な憶測が減るかもしれない。
(そうなれば、私の自由がさらに広がる。もう誰の理想に合わせる必要もないし、王太子関連で動揺することもない。——最高じゃない)
「さ、帰りましょうか。疲れたけど、いい夜になったわ。マリー、あなたもありがとう」
「いえ、私もこんな大舞踏会であんな場面に立ち会うなんて。胸がすく思いでした」
アメリアは微笑みながら、胸中でそっと呟く。
(さよなら、殿下。私の人生は今や私のもの。あなたが惜しんでくれるなら、最初から大事にしてくれればよかったのにね)
そうして馬車に乗り込み、夜の王都を後にする。街灯が温かく灯る石畳の道を進むなか、アメリアはもう何の迷いもない穏やかな表情をしていた。
——“理想の后”なんてやってられない。ずっと前からそう思っていたが、今こそ堂々と現実になったのだ。もう誰にも私を縛らせない。誰にも。




