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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章03「ファーストコンタクト1」

 夢の目覚めは気持ちの良いものでありたい。そんな願望に沿うように、オレの意識は瞼越しに感じる明るさに誘われてゆっくりと浮かび上がった。

 そこは自然に囲まれた異世界。灰色と鉄が多くを占める現代世界では隅に追いやられてしまった、緑と風の世界。気持ち深い森である事を除き、居心地が良いのは確かだ。


「…マジかよ」


 オレの夢の深層がこんな身綺麗な場所とは思いもしなかった。迷宮と自称女神が言っていたので、てっきり現代人でも迷うような近未来な造りになっているのかと思っていたが…。

 辺りをキョロキョロと見回しても、オレの目に映るのは木、草、土ばかり。少し離れた所に水場はあるのかもしれないが、静かな流れである事を幽かに感じさせるの正体は、見渡す限りには存在しない。


「ガイドの一人くらいサービスしてくれよなあの駄女神…」


 参った、これでは迷子だ。30を超えたオッサンなのに道に迷うとか、羞恥プレイ以外の何者でもないぞチクショウ。道案内とか標識とか、流石に何か情報が欲しい。


(じょう、ほう…。そうだ、ここがオレの夢の中なら)


 もしかしたら、異世界限定の能力が使えるようになっているのかもしれない。

 ガイドサービスが無かった分、能力取得にサービスを全振りしたのなら仕方ない。それならそうと言ってくれれば良いのに。

 オレは頭を掻きながら立ち上がると、異世界モノ恒例の能力テストに興じてみる事にした。


 まずは軽くジャンプしてみる。…年齢相応、人間の範疇を超えない高さだ。

 次にその場から走ってみる。…足の上がりが辛い、これも年齢相応と言えよう。


 身体能力向上、みたいなブーストは無いらしい。ま、まぁ能力にも色々種類があるし?たまたま身体能力向上系じゃなかっただけかもしれないし?


 ならば次は念力、魔法だと手を前に突き出してみる。試しに目の前の石を、離れた場所から念じてみる。

 …が、いくら待てども何も起こらない。炎とか水がオレの掌から出てくる事はないし、石そのものが動くような事もない。


「何のギフトも無しかチクショウがぁ!?」


 勝手に期待しただけではあるが、能力テストの結果は落第。自分の夢なのに、夢のない男だなオレは…。


「く…、それならそれで良い。現実的に思考する事を忘れたくないからな」


 敗者の遠吠えの如く、オレは心の涙を拭きながら思考を切り替える。

 次に行うべきは、オレ自身の安全の確保だろう。空腹で動けなくなるのもまずいが。能力ギフトが無いのなら自衛手段の確保も必要だ。

 少なくとも、人気のある場所へ行動できる間に移動しなければ。掛けられていたマントを畳み、いざ出発。


「ん? …うぇッ!?」


 ふと違和感を覚え、今しがた畳んだマントに目をやる。

 それは光の紋様のような刺繍が施されている、上質な白い生地だった。当然ながらオレの持ち物ではないし、誰かに掛けられた覚えなど微塵もない。

 こんな上品なマント、とてもではないがオレの1ヶ月分の給料を丸ごと投げても買えるかどうかだ。一体どこの貴族様の持ち物だよチクショウ。


「あれ?このマント、どこかで見た記憶があるような――」


 紋様を見ていて、何となく直近で見た事があるような既視感を覚えて頭を捻ってみる。

 現実の高級店?違う、まずオレが寄り付かない系統の店だろうから、必然的にウインドウショッピングもしない。ブランド物のデザインを見る機会も少ないが、少なくとも思い当たるデザインはない。


 なら誰かが着ていた所を見た?線としては濃厚だろうが、まず現実の人間がこんな高級かつ清純なマントを羽織るイメージが湧かない。先のブランドデザインの件からも、現実世界で物事を考えるのは得策ではなさそうだ。

 であれば架空世界の人物が該当しそうだが…。


(ダメだ、思い出せない)


 記憶の棚をいくら引き出しても答えがすぐに出てこない。すぐに見つからないような、奥深い棚まで情報が追いやられてしまったのだろうか。


 とりあえず、今は借りて後で本人に返そうと決め、オレは辺りを見回し始めた。

 マントがオレに掛けられていたという事は、つまり周囲に人がいるという事。まずはその人を探す所から始めても良いだろう。


「にしても、()()がオレの夢の中ねぇ」


 改めて、自称女神がのたまっていた「夢に潜る」意味を思い返させる。

 てっきりオレの記憶の中の事なので、居心地の悪い世紀末なイメージがあったのだが…。自称女神の言っていた通り、案外人間の記憶なかみは楽観的に創られているのかもしれない。


 しかし、この森はどこまで続いているのだろう。見渡してみても終わりが見えそうにない。

 幸い今は日が照っているので方向が狂う事はなさそうだが、それでも地図もコンパスもない現状では不安が先行するのも無理はない。早いところ人気のある場所まで出たい所だが…。


「よぉ、にぃちゃん。イイもん持ってんじゃねぇか」


 あ、野生のゴロツキが群れて現れた! いや、この場合はチンピラと言った方が適切か。

 卑下た第一声からオレの探し人ではない事は確かだろう。…ガイドが欲しいとは願ったけど、人間性も加味してほしかったなぁあの自称女神!?


「そいつぁ、俺らのモンなんだ。悪いけど返してもらえねェかなァ」

「痛い目に遭いたくなかったら、大人しく渡しな」

「さもなくば、力づくで奪い取るしかなくなるぜぇ」


 ニマニマと他人を不快にする笑みを張り付けながら、迷わずこちらに向かってくる3人組。

 ゲームに出てくる主人公なら「反撃して返り討ちにする!」なんて事もしてみせるのだろうが、残念ながらオレは先ほど能力テストで落第の烙印を押されたばかりの無能力者だ。

 3人が持つナイフや棍棒などを見るに、およそ平和的な解決は望めないだろう。ここは大人しく降参して、お目当ての品を土産にお客様評価を上げてお帰りいただくのが得策だ。


「分かりました、どうぞお納めください」


 3人のリーダー格らしき男が差し出してきた手に、持っていたマントを乗せる。

 手が震えていた事を悟られたのか「テメェみたいなタマ無しには勿体ないなこりゃ」と、卑下た笑い声を返された。…我慢だ、凶器を持った相手に逆らうものじゃない。


「なぁ、こんな上等な物持ってるならコイツの身包みも剥いじまおうぜ」

「いいねぇ!最近ご無沙汰だったし丁度良い!」

「ひひっ、泣いて喜べよタマ無し野郎」


 おっと、相手が図に乗る方向に舵を切るこの展開はオレの想定外だ。まさかここまでゲスい連中だとは思わなかったぞ!

 どうする、流石に逃げるべきか?…いやダメだ、背中を見せた途端に3人の凶器が一斉に襲い掛かってくる未来しか見えない。けど何もしないよりは――。


「流石に、これ以上は見過ごせませんね」


 早まる鼓動を押さえつけながら、短い葛藤の末に身体を今まさに反転させようとしたその時。背後からの声に身を硬くしながら振り返ると、淡い水色の髪を揺らしながら白い少女がオレの視線をくぐって風のように駆けていく。

 その一連の動作があまりにも疾く、もう一度視線を少女が駆けた先に戻す頃には、「ぐあッ!!」とチンピラの身体が少女の細腕に殴り飛ばされ、錐揉みしながら吹き飛んでいた。


「は?」「え?…ゴブェッ」


 仲間を殴り飛ばされた事実に、理解が追い付かない残りのチンピラが困惑の声を上げる。その間にも少女は、的確に鳩尾きゅうしょを狙って拳を一人に叩き込んでいた。


「こ、このアマッ…!」


 泡を吹きながら膝を折った仲間を見下ろし、ようやく今の自分が置かれた現状を把握した残りの一人。慌てて手に持った棍棒を持ち上げて背中を向ける少女に振り下ろすが、時既に遅し。

 振り向きざまに放たれた少女の上段回し蹴りは、チンピラの側頭部を捉えて効率的に脳を揺らし、その勢いのままチンピラごと地面へと脚を叩きつけていく。勿論、地面にめり込んだチンピラが再び立ち上がる事はなかった。


 ここまで鮮やかなワンターンスリーキルは初めて見たよ。一体何者なんだこの少女は…。


「あの、大丈夫ですか?」


 呆然としていたオレの元に、息一つ乱していない様子の少女がスカートの埃を払いながら近寄ってくる。助けられたと理解しても、今の圧倒的なまでな格闘術を目の当たりにして腰を抜かしてしまったらしい。

 …我ながら、情けない姿を晒しているものだ。


「立てますか? 難しいようでしたら、どうぞ私の手を」

挿絵(By みてみん)

 ちょうど日を背にしているからか、はたまた少女の立ち振る舞いが女教皇のような清廉な印象を受けるからか。オレに手を差し出すその姿は、まるで天使のような美しさを湛えていた。

挿絵は時幻セト様に描いていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。


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●本作における「異世界」

先に提示されている通り、カケルの夢の中の世界。心象風景の集まりみたいな世界です。

自分自身の世界なので、言葉が通じない問題は起こりません。やったね!国語の成績が低くても何とか生きていけるよ!


●「どこかで見た事のある上品なマント」

カケル自身が忘れてしまっている情報その1。とある人物の持ち物だが、答えは次々話にて。

特注で作られたシルクのマントで、月の国の光の紋様が刻まれています。シルク製とはいえ意外と丈夫で、ちょっとした衝撃程度では傷すらつきません。丈夫な理由は、持ち主の恩恵が多大に関与しています。

通常であれば、とても常人には触れられるような代物ではありません。初級ザコ敵がラスボス専用装備を手にしているようなものですからね。

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