第4章56「力の強襲盛り、運命を添えて5」
戦闘で私ができる事と言えば、邪魔になる強化魔術を浄化した上で防御強度を無視しながら相手を殴る事だけ。つまり、ただ拳や脚を振るう武闘家に過ぎない。
しかし世の中には斬撃を飛ばす事ができる方がいるように、自在に拳圧を飛ばす事ができる女がいる。ーー私だ。
『ハハッ!超高濃度な魔力の塊になった今のオレを倒す?本気で言っているのか戦巫女!』
「私が嘘を言える女だと、セレディア様は思っていますか?」
恐らくただ拳圧を飛ばすだけでは、セレディア様は土の味を思い出さないだろう。それどころか、浄化の恩恵で触れてこない私には攻撃手段がないと判断され、これ見よがしに暴れ回るに違いない。
つまりセレディア様を倒すには、直接拳を叩き込む必要がある。武力でモノを言わせる相手は、こちらも武力で訴えるしかないのだ。
…とはいえ、切札を最初から場に出す必要はない。まずは検証するつもりで有効打を探っていくしかないだろう。
『あァそうだったな、お前は嘘をつけない女だって事くらいは覚えてる。いいぜ、ならやってみせろよ。だが…温い拳をぶち込むなら溶かして返してやるからなァッ!!』
突進が来ると予感したのと同時に、カウンターの要領で拳圧を叩き込む。ーーそう考えていた私の背中を撫でる死が、この瞬間一層はっきりと感じ取れた気がした。
今のような、戦闘時における私の勘はとても頼りになる。恐らく死神の警告は、拳圧を叩き込むタイミングが違うと言いたいのだろう。
何故、という詳細までは私の勘は教えてくれない。だが理由は、生きてさえいれば後でいくらでも考えられる。
ならば今は攻撃に転じず、セレディア様の突進を躱して隙を窺うのが正解だろう。
『オルァッ!ド根性ォォッ!!』
私の予感は的中した。ただし、想定よりも迅いセレディア様の動きに思考が一時的に鈍くなった。
彼女の突進速度は、巨大な魔猪の平均的な突進速度をも凌駕する。常人が防げば複雑骨折で腕はもげるし、打ちどころが悪ければ内臓も破裂するだろう。
常に戦闘の只中に身を置いているような私が突進を受け止めるにしても、過剰に浄化の恩恵を使う事になりかねない。
命を守りたいのなら、魔力を温存したいのなら、盾巫女の突進は避けるべきなのだ。
とはいえ気になる事もある。セレディア様の身体能力の異常な向上だ。
私が国を離れた期間を鑑みても、多少の恩恵や身体能力の上昇量はおおよそ見当がつく。しかし私の想定を逸脱し、あまつさえ人間の限界を超えるほど能力を向上させる力を私は知らない。
…知らないだけで、避けられない事もないのだが。
何故なら、攻撃そのものは単調な突進。直線にしか動けないと解っているなら、わざわざ当たりにいく用事でもなければ回避もタイミングを合わせるだけで済む。
『チィッ、動きにくい儀礼服を着ている癖に軽々と避けやがって!』
「むっ!セレディア様でも今の言葉は聞き捨てなりません。戦巫女の名を戴いた時から、これは私の普段着です!」
『違ェだろ!普通の思考をしていたら世界に1着しかない儀礼服を普段着にしねェし、ましてや戦場に着ていく馬鹿はいねェって言ってんだよ!!』
折角の綺麗な衣服を使い倒して何が悪いというのですか。この世に1着しかない特別な衣服と言うのなら尚更です。
それに、私の浄化の恩恵を常に纏わせているので破れる心配も皆無。いつどこに出かける事になっても着替え直す必要のない衣服ほど重宝するものは無いというのに…何故理解していただけないのか。
セレディア様の悪態に顔をしかめた私だったが、額の皺はすぐに戻らなかった。
遅れてやってきた熱風に乗っている、セレディア様の魔力を継続的に浄化する感覚。渾身の突進をあっさり躱された私に対するセレディア様の無自覚な嫌がらせに、思わず顔を更にしかめてしまった。
炎術使いが他属性よりも攻撃的だと評されているのは、高密度な魔力を放出しやすいからではない。術者すらコントロールしきれない程に、周囲の空気も熱しているからだ。
とはいえ、周囲の空気を熱する事そのものは悪い話ではない。純粋な魔力量の上昇、すなわち術者の成長を肌で感じやすい利点もある。
それに、従来であれば誰も気にも留めない程度の熱量しか周囲に漏れないし、多少コントロールに難のある術者や単に魔力量の多い術者であっても、多少の我慢で乗り切れる程度にしか空気は熱せられない。
しかし盾巫女と呼ばれるセレディア様は魔力の質が違う。僅かな魔力を通しただけの炎術でも、獣程度なら消し炭にしてしまう程の威力があるのだ。
そして量もまた、並の炎術使いが一生を費やしても練りきれない魔力量を常に保有しているし、周囲の被害を気にしない豪胆な性格は味方の損害すら厭わない。
故に攻め方もまた、性格に寄って搦手を一切使わない…正面突破しか能がない脳筋だ。
当然ながら熱量をコントロールするという芸当はできないし、「これくらいの熱でぶっ倒れてどうするんだ馬鹿共ォ!」と逆上する。…文字に起こすと余計に酷さが際立ちますね。
そんなセレディア様が、体格の良さに物を言わせて周囲の制止も聴かず、恩恵を制御せず暴れ回り続ければ…。敵味方問わず被害を受ける盤面破壊と畏れられるのも無理のない話だろう。
(とはいえ、この異常な熱量。タロットを使った事による恩恵でしょうか。だとしたら流石に長く打ち合う訳にはいきませんね)
魔力由来であれば何でも浄化できる私と違って、プリシラ様たちはこの熱気だけで潰されてしまいかねない。…“ヤツヨ”様だけ未だに涼しい顔で、こちらをただ眺めているのは気に食わないですが。
ともかく、プリシラ様が展開していた水の珠たちを一瞬で蒸発させるほどの熱量は、対策をしていない常人が簡単に脱水死し兼ねない過酷環境だ。このまま戦い続けるのは得策ではない。
ーーしかし、勝機がない訳ではない。平時は勘が鋭い癖に、一度戦闘を始めたセレディア様は知性を置いてきてしまう傾向がある。今の彼女の言葉がその証拠だ。
今放っている熱量がそのままセレディア様の全力。そこから頭の中で必要な魔力量を計算し、魔力が薄い場所に向かって直接拳を打ち込む。これが、正面突破をしようとする者の最適解となるだろう。
「まずはセレディア様のその厄介な炎の鎧から砕きます!」
背中を見せたセレディア様に向けて拳圧を連続で叩きつける。威力は直接殴るよりもガクッと落ちてしまうが、遠距離から牽制するのに重宝する技だ。
あわよくば生身の躰を晒したかったが、残念ながら炎の鎧を砕く為の威力と浄化が足りない。精々が鎧を少し削る程度だろう。
『ハハッ、なんだ今のだらしない攻撃はよォ!何がしたかったのか全く分からなかったぜーーッて何だァ!?方向転換できねェじゃねェか!クソッ、お前の狙いはこっちだったか戦巫女!!』
勝手に勘繰ってもらっていますが、残念ながら何もかも偶然です。こっちって何ですか、貴女様の鎧の中にブレーキかハンドルでもあるんですか?
とはいえ、魔力の層が薄い無防備に生身を見せた今のセレディア様。直接拳を叩き込む絶好の機会が訪れているのは確かなので、折角のチャンスを活かさない訳にはいかない。
「背中ががら空きです、セレディア様ッ!!」
『う、うォオオッ!!何とか、なりやがれェエエッ!!』
正面から殴るよりも骨の守りが薄く、内臓に届きやすい背中への一撃。果たしてこれを光の速度で打たれたら人はどうなるのだろうか。
答えは簡単、文字通り全てが吹き飛ぶ。土術で超硬度に躰の質を変化させようとも、私の拳の前ではただの硝子細工に過ぎない。
そもそも人間の躰は、光速よりもずっと遅い衝撃を受けただけで死んでしまう脆い作りをしているのだ。巨大な魔猪ですら一撃で屠る事ができる戦巫女の拳を無防備に受け、五体満足でいられる生物など、この世界には存在しない。
「ッ!?」
ーーしかしその摂理は、盤外から持ち込まれた悪性物質によって覆された。
嫌な予感がして、拳を叩きつける寸前に拳圧飛ばしに攻撃を変えたのが功を奏した。守りの薄かった筈のセレディア様の背中を、拳圧が触れた場所から溶岩のような炎の液体が展開されていく。
恐らく触れた相手を絡め取る溶岩の罠だろう。炎の鎧を突破した相手を油断させる魔力の二層構造、突破も容易ではない。いくら浄化の恩恵で私の躰が超回復すると言っても、浅慮に殴っていたら腕を丸ごと焼かれていただろう。
直接触れなかったおかげで五体満足のままセレディア様の力を見極める事ができた。しかし同時に、どうにも解せない事ーーセレディア様が使ったタロットの正体に迫るヒントがあった。
「セレディア様のくせに、展開できる魔力量が多すぎる…!」
『聴き慣れたつもりだったがてめェの無自覚クソ挑発、本当に腹が立つなァッ!?』
セレディア様が展開している炎の鎧の魔力量から、魔力残量をざっくりと計算して的確に指摘しただけなのに失礼な。
しかしこれでセレディア様のタロットの力の傾向が解ってきた。魔力貯蔵量の異常な増加は元より、魔力を纏う事で起こる無自覚な肉体改造が特に顕著だ。
不完全ながらも、セレディア様の猪突猛進な思考回路からして考える事すらしなかったであろう自動迎撃機能の追加。他にもありそうだが、時間の浪費を避けたい現状ではこれ以上の解析は避けるべきだ。
(つまりセレディア様のタロットの恩恵は、セレディア様自身すら把握できない限界を超えた身体能力の付与…!)
一旦の結論として、セレディア様の強化内容を言語化し意識に浸透させていく。
同時に短期決戦の難しさを思い知らされた。熱に当てられているプリシラ様の苦しそうな表情からも、戦線離脱を考慮しなければならない。
問題はどうやって、異常な熱気を纏いながら暴れ狂うセレディア様から距離を取るのか。いい加減、ただ見ているだけの“ヤツヨ”様にも動いてもらいたい所なのですがーー。
「鳥薙ぐ一射ッ!!」
私の思考を読んでいたかのように、突然風が通路内で吹き荒れた。ただし、これは“ヤツヨ”様の声色ではない。“ヤツヨ”様の背中に引っ込んでいた筈の、太陽の国の少女のものだ。
援護射撃なのだろうか、ならばありがたいが…残念ながらセレディア様に当たった形跡もない。かと言って、私の背中を狙った一撃でも、プリシラ様を射抜く一撃でもなさそうだ。
彼女の手には、風の魔力で作られた弓。いつでも武器を生成できる反面、射った後の矢についた魔力の残滓から軌道をある程度読む事ができてしまうので、戦闘ではあまり使用されにくい傾向がある。
自分の不利を背負う武器を何故選んだのかという疑問の正体を探るべく、私も少女の射線を追ってみたのだが…。
(上に、攻撃?)
やはり、いくら何でも状況が不自然だった。風術は壁や床を通り抜ける事ができない都合、どうしても直線攻撃になりがちだ。その意味では弓矢と風術の相性は抜群に良いと言われている。
しかし、一度障害物に当たってしまった風術の威力は極端に落ちてしまうのが常識だ。天井に射られた矢など、風術の乱反射を狙ったにしても博打が過ぎるお粗末な一射に思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。
とはいえ、意識を逸らす一手として見るなら有効だろう。現にセレディア様もまた、「あん?」と同じく上を見上げている。狙いが解らない攻撃は、それだけで警戒心が高まるのだ。
「太刀風ッ!!」
再び吹き荒れる魔力の風が、何かを切断している音と共に近づいてくる。土や石の塊を切るような硬質な音が迫りながら、足元が激しく揺れていく。
揺れが単に激しくなるだけなら良い。けれども、首元に冷たい刃を添えられているような違和感を覚えているのは何故だろう。
「ボクたちの事を忘れてもらっては困るなぁ。キミたち、頭に血が上って熱でも出たんじゃない?」
ーーようやく“ヤツヨ”様が口を開いた事で、違和感の正体に合点がいった。この「土術を斬る風術」という相性不利を、あの女神は狙って起こさせたのだ。
確かに相性の有利不利が逆転する現象は、互いの魔術に籠めた魔力量の差によっては起こらなくはない。
つまり私は忘れていたのだ。この天空闘技場に集められた人間に配られた、複数のタロットカードの存在を。少女もまた、タロット使いである事を。
少女が、“ヤツヨ”様に何かを吹き込まれていた事を。
「二人とも、ちょっと頭を冷やす時間を取ろうか。なぁに、キミたちが何もしなければーー」
“ヤツヨ”様が言葉を切ったのと同時、風の刃が通路を垂直に両断した。一拍置いて、動かない筈の空が沈んでいく。
ふわりと躰が浮く感覚に溺れていく変化があったのは、私だけではなかった。プリシラ様もセレディア様も、射手である少女すら思考が追い付いていないらしい。
「切り取った建物の中で、ボクと話をするだけだからね」
ただ一人、変化を受け入れている不敵な女神様だけが。私たちの恐怖を愉しむように笑っていた。




