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思い出語り 2話

 セリエは顔を輝かせた。

 気分的にはなにかに感謝をしたい。

 前世の記憶っぽいものを思い出してすぐに異世界転移者に遭遇するなんて。

 嬉しさのあまりに、セリエは宣言をする。


「素晴らしいわ!あなたは私が拾います」

「は?」

「衣食住は保証するので安心して素敵な恋愛をしてください。お礼なら、あなたの恋愛を遠くの方から見学させてもらえるだけで十分ですからっ!」


 少年は理解できないという顔をしていた。


 数秒後。

 なぜか少年はベッドの上で正座をする。

 背筋を伸ばし、真面目な視線をまっすぐにセリエに向けた。


「まずは話し合おうか」


 少年の声は落ち着いていて、セリエの耳にとても心地好い。顔が整っていると声まで美しくなるのかとセリエは思い知らされた。

 セリエも少年のまねをして正座をする。少年とセリエは向かい合った。


「質問があります」

 セリエは片手を軽く上げた。

「どうぞ」

「あなたが異世界転移をする前にいた場所は、異世界転移の聖地、日本でしょうか?」


 セリエが思い出した物語からの知識だが、日本という国の人は黒髪黒目が多くて、異世界転移しやすいらしい。


 黒髪黒目で正座。

 たぶん間違いないと思うけれど。

 確認するつもりで言ったセリエの質問は、少年にあっさりと否定される。

 

「違うな。というより、私は異世界転移をしていない」


 セリエは勝手にダメージを受けた。

 視線を少年に固定したまま、信じられないと目を見開く。強すぎる衝撃にセリエの言葉が詰まる。


「なん……ですって。黒髪黒目だと異世界転移しやすいのではないのですか!」

「知らないな。私は魔界から来た。特殊な魔法による異界転移だ」

「異界転移!」

「まさかとは思うが。異世界転移がどうのとか言い出した理由は、私が黒髪黒目だからだけなのか?」

 少年の声に呆れた響きが含まれた。

 セリエは正直に答える。

「それだけです」


 少年は片手で額を押さえた。

 頭痛がする気がする。


「私が暗殺者だったらどうするつもりだ。危機管理という言葉を知っているか?おまえには生存本能というものがないのか?」


 立て続けに言い放つ少年に、セリエは唇を閉じて黙り込んだ。

 セリエは顔を少年から反らして下を見る。

 軽く頬をふくらまし、セリエは子供らしくすねた。


 少年の顔に不満が浮かぶ。

 顔を反らされただけのことが、少年には面白くなかった。


「死にたいのなら私が殺してあげよう」


 衝動的に言葉がこぼれる。

 少年は自分自身の言葉に驚いた。同じように驚いたセリエが顔を上げる。


「駄目よ、殺さないで!」


 弾かれたようにセリエが叫ぶ。

 セリエの言葉は少年ではなく、もっと上の方に向けられていた。


 部屋の天井から、影が次々と落ちてくる。

 影は木片と布と宝石だった。

 それらは床にふれる直前に自動で組み立てられ、人間に良く似た姿に変わる。エプロンドレスを着込んだ二人のメイドの姿に。


 メイドの瞳が開く。

 良く見れば、メイドの右の瞳には魔方陣が描かれていた。

 変化前を知らなければ人間と間違えてしまいそうな色合いの肌。作り物とは思えない自然な髪。


 魔法で命を吹き込まれた人形たち。


 理論上では可能ではあるが。

 飛び抜けて繊細な魔法と桁違いの高額な費用がかかるので、実際に作られることのほとんどない魔法生命体だ。


 メイドは武器を持って構えていた。

 短刀を両手に持ち、いつでも少年に飛びかかれる体勢で停止している。


 セリエは少しだけ困った表情を浮かべた。

 ベッドから降りて、セリエはメイドの一人に近づく。


「サファイア、心配してくれてありがとう。だけど彼を殺さないで欲しいの」

「しかし、この者の無礼を許す訳にはまいりませんっ!」


 サファイアは見るからに真面目そうな顔つきをしたメイドだった。

 髪と瞳の両方が青い。

 身に着けているエプロンドレスはレースを使用していないクラシカルなロング丈で。

 まるで戦闘服のように。サファイアは勇ましく着こなしている。


 サファイアは少年の殺害許可を求めてセリエを真剣に見つめた。

 人形とは思えない動きと話し方。

 困惑しているサファイアの表情までもが、人間とほとんど変わらない。


「大丈夫。本気で殺すつもりがあるなら、私なんてとっくに殺されているわ」


 セリエはメイドたちを安心させるように微笑んだ。

 サファイアが口調を強める。

 誠実な怒りがサファイアから感じられた。


「なにかあってからでは遅いのですッ!」

「そうですよー。こういうことは先手必勝、早い者勝ちなのです。怪しいのは片っ端から殺してしまえば良いと思いませんか?」


 もう一人のメイドがお菓子をねだるような軽さで話に加わる。

 赤い髪とオレンジ色の瞳。

 名前をルビーという。

 ルビーはレースを盛った膝上丈のエプロンドレスにニーハイを合わせて、あざとい絶対領域を作り出していた。

 軽い口調のまま、ルビーの言葉は止まらない。


「それにさあ、そんな甘い考えだから屋敷に閉じ込められちゃうんですよ。私たちのテリトリー内ならいくらでも護ってみせますが、ずっとこのままって訳にはいかないでしょう?」

「ルビー、言葉を選びなさいっ!」


 サファイアのきつい声が飛ぶ。

 セリエは眉を下げた。


「良いのよ、サファイア。ルビーの言いたいことも分かるから」


 セリエの護衛を兼ねる二人のメイド、サファイアとルビーは強い。

 二人が戦って負けることはほぼないだろう。

 だが、魔法生命体に欠点があるとするならば行動範囲に制限があることだ。


 魔法生命体の核である宝石は、たとえるならアンテナである。

 魔力を受信可能なテリトリーから離れてしまえば、魔法生命体であるサファイアとルビーは体を動かすことさえも危うい。


 音も立てずに。

 いつの間にかベッドから降りた少年がセリエの隣に立った。

 メイドたちがざわりと殺気を放つ。

 少年はうんざりした顔で、わざとらしく大げさなため息をつく。 


「殺気がうるさい」

「黙れ!許可を頂ければ、すぐにでも殺してやるものをっ!」


 サファイアは少年を睨みつけて武器を持つ手に力を込める。

 ルビーは無言で口の端を軽く上げた。

 少年はメイドたちを無視して、セリエに目線を向ける。


「事情はなんとなく分かった。魔界でストレス発散をしていった馬鹿勇者の関係者なだけあって、この屋敷の常識は狂っているな」


 セリエは自分の耳を疑った。

 勇者がエリュシオンだとは限らない。

 聖剣を抜ければ誰でももれなく勇者になれると、エリュシオン本人から聞いたことがあったから。


 できれば違っていて欲しい。

 別の勇者のことであって欲しいと祈る気持ちで、セリエは少年に問いかける。


「あの、もしかして、エリュシオンが御迷惑をおかけしましたか?」


 一瞬で。

 少年の目が座る。

 セリエは少年のまわりの空気が重くなったように感じた。


「エリュシオン?迷惑?」

「あ、いえ、その、勇者がどうとか聞こえたので」


 セリエの声から自信が消えていく。

 少年は口元をひきつらせ、乾いた笑いを見せた。


「ああ、迷惑だとも!エリュシオンの存在自体が迷惑だ。あいつは魔界を滅ぼしたいのか?エリュシオンなら魔界で好き勝手に暴れたあげく、私に勝負を挑んできた」


 セリエは遠い目になった。

 突っ込みどころが多すぎて、どれから聞いて良いものか分からない。

 なかなか帰って来ないと思っていたら、エリュシオンは魔界に行っていたらしい。

 途方に暮れて。

 とりあえずセリエは頭を下げた。


「うちの勇者が迷惑をかけてごめんなさい」


 セリエが顔を上げる。

 気がつけば、少年の濡れたような光沢を放つ黒い瞳が独特の雰囲気を持ってセリエに向けられていた。

 セリエと目が合うと、少年は柔らかに瞳を細める。


 それだけのことで。

 少年の周囲に支配的な空気が生まれる。

 必要以上に整った顔立ちが、少年のささやかな表情の変化でさえも意味深なものであるかのように感じさせる。


「私が護る」

「?」

「行動範囲に制限のあるメイドたちと違って、私はどこにでも行けるからな。おまえを護ってやると言っているのだ」


 一方的に断言をする少年に、セリエは非常に戸惑った。

 セリエは命を狙われることに慣れているとまではいかないが、一応は殺されかけた経験者である。

 二度目が絶対にないとは思わない。


 だからといって。

 簡単に護ると言われても。

 じゃあ、お願いしますとセリエに答えられるはずもなく。


「ありがたいお話ですが会ったばかりの方ですし」

「良いから護らせろ。むかつくが、勝負は勝負だ。私が負けたら勇者の望みをひとつ叶える条件の勝負でな。あいつは、おまえを護れと言ってきた」

「つまり負けたのですね」


 セリエの口がすべる。

 少年は片手を伸ばしてセリエの頬を軽くつまんだ。


「おまえを殺せないのが残念だ」


 言い終わると同時に。

 少年の姿が急激に変わり始めた。


 頼りなかった少年の手足が伸びて、顔から子供らしい幼さが薄くなる。黒い瞳に静かな鋭さが宿る。

 十代半ばくらいだろうか。

 その辺りまで成長した体は大人と呼ぶにはまだ早いが、すらりと伸びて身長が高い。


 体の成長に合わせるかのように、着ていた服装も変わっていた。

 黒いシャツとズボンというシンプルな服装だったのが、質の良い上品な正装に。


 その正装はセリエにとって見覚えのあるものだった。

 イグニース公爵家では執事のために仕立てられる特注の三つ揃い。

 着ている正装の喉元には御丁寧(ごていねい)にも、イグニース公爵家ゆかりの執事であることを(しめ)すタイピンまでもが()められている。


 少年と呼べなくなった存在は、驚いて声も出ないセリエに向けて優雅に微笑む。


「我が名はシグルド」


 遠慮のない態度のせいか、シグルドには執事の正装があつらえたように似合っている。

 呆然と。

 セリエはシグルドの姿に見入ってしまった。


「あなたは魔法使いなの?」


 少し前まではなかった身長差ゆえに、シグルドは上半身を屈めた。

 セリエの顔をのぞき込む。


「魔王である私が護るのだ。身に余る栄誉に感謝するが良い」


 さらりと耳を通りすぎた単語を、セリエは聞き逃すところだった。

 セリエは単語を声にする。


「今、あなた、魔王って」

「文句があるなら勇者に言え。おまえの側にいても違和感のない服装を選んだ」


 言い訳じみた言葉だと自分で思いながら、シグルドは内心で苦く笑う。

 実を言えば、シグルドが執事のふりをする必要などはどこにもない。護る方法はいくらでもある。


 だがしかし。

 勇者が魔王である自分に誓約をさせてまで護れと言った相手だ。

 全く気にならないと言ったら嘘になる。


 勇者の弱点がなになのか。

 わざわざ本人から教えられたのと同じだと、勇者は分かっているのかどうか。


「やり直しを要求するっ!」


 突然。

 サファイアの声が高らかに響いた。

 シグルドとセリエは一緒に振り返ってサファイアを見る。サファイアは武器をしまうとシグルドに説教を始めた。


「その言葉遣いで執事だと?イグニース公爵家の御令嬢であられるセリエお嬢様に恥をかかせるつもりか!」


 迷いなく言い切るサファイアの(あつ)が強い。


 ルビーはサファイアから見えない位置でシグルドに肩をすくめて見せた。

 長いですよ。

 と、口の動きだけでささやく。


 シグルドの眉間に深いしわが刻まれる。

 嫌な予感しかしない。


「私を誰だと」


 あからさまな不機嫌を声に含ませるシグルドに対して、サファイアも引かない。

 メイドと言うよりは忠誠心あふれる騎士のように、サファイアはシグルドの前に堂々と立ちふさがる。


「それがどうした。セリエお嬢様にお仕えするというのなら、おまえは私の後輩だ」

「仕えるなどとは言ってない」

「そんな半端な気持ちでイグニース公爵家の執事がつとまると思うな!どこに出しても恥ずかしくない教育をしてやるから覚悟しろっ!」


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