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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
1章.生きるために必要なもの
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1-6

これまでは文章量を目安にして金曜日に更新していましたが、今後は展開によってわけていきます。

今週は、水曜日と金曜日の二回更新になります。

 アヴァ達家族がここに連れてこられて、長い時間が経過した。アヴァにはどれぐらいの月日、あるいは年月を過ごしたのかはわかっていなかった。


 エフィーと別れたあの日から、アヴァが彼女と会うことは二度となく、孤独の日々を過ごしていた。今では代わりに、夜にふらりと訪れるネズミが、彼女の寂しさを紛らわせている。


 アヴァがフィンと名付けたその友達は、夜毎に彼女と一緒に食事をしては、お礼を言うように一鳴きして去っていったり、アヴァがなにかを話したいときは、その場にいて聞いてくれた。相槌のように鳴き声を挟むこともある。


 しかし、その友達が、今は眼下で苦しんでいる。2日前から、姿が見えなくアヴァは心配していた。それが今夜は、彼女が来るよりも早くこの部屋にいた。だが、様子が正常ではない。腹を横にして倒れ込み、震えも窺える。アヴァにはその症状に対する知識がなく、生まれて初めて感じるもどかしさで、意味もなく首を左右に振るしかなかった。


「アヴァ、なのか?」


 そんなアヴァの耳に、懐かしい声が聞こえた。覚えているものよりは低くなっていたが、紛れもなかった。


「おにい、さま?」


 振り返ると、一回り大きくなった兄の姿があった。腰に剣を帯び、鎧と呼んでいいのかわからないような、簡単な軽鎧を身につけている。彼は、アヴァが一目見てブラムとわかる面影は残していたが、表情だけはどこか恐ろしく感じた。


「やっぱりアヴァなんだな。良かった、無事だったか」


 張り詰めた顔が、少し緩んだような気はしたが、まだ得体の知れない怖さは拭い切れなかった。


「お兄様も無事だったのね。良かった……」


 しばらく振りの再会に心は安らいだが、すぐにそれどころではないと思い返す。


「そうだ! お兄様、この子が苦しんでいるみたいなの。どうにか助けられないかしら?」

「この子? ああ、ネズミか。そんなの、放っておけばいい。それよりも、伝えなきゃいけないことがある」

「だめ、わたしの大切な友達なの! こっちが先よ」

「友達か。……わかった。見せてくれ」


 ブラムは焦りのために、軽く苛立ちを覚えたが、渋々といった様子でそう答えた。

 兄が受け入れてくれたことを確認したため、アヴァは両手でネズミを(すく)い、ブラムの元へ差し出す。彼は一瞥して答えた。


「病気だろうな。毛並みが若いから、寿命ではないと思う」

「どうにかできないかしら? 薬を手に入れることは?」

「はっ。奴隷の薬さえ渋る連中だ。期待するだけ無駄だよ」


 嘲笑(ちょうしょう)するかのような笑いは、アヴァに向けられたものではなく、男たちに向けてのものだった。彼の目の前で見捨てられ、失われた命たち。それを思えば、ネズミ一匹を救うことなど考えられなかった。

 それに、彼には急いで知らせたいことがあった。きっと、これを聞けばアヴァも喜ぶだろうと、そう信じていたのだ。


「そんな……。それじゃ、この子は」


 アヴァにとって、唯一無二の友人。一度、エフィーを失ったからこそ、二度目の別れを迎えたくなかった。しかし、その思いの丈が、兄に伝わることはない。


「そんなことより、アヴァ、聞いてくれ。俺たちがここを抜け出せるチャンスなんだ!」

「そんなことじゃない!」


 思わず叫んだあとに、恐る恐るブラムの顔を見ると、怖かったはずの表情に傷が入っていた。アヴァの心が痛んだ。だが、彼女の考えを、容易(たやす)く譲ることはできなかった。


「……ごめんなさい。それは、とっても嬉しいけど、わたしはこの子のことも大事なの」

「俺も悪かった。ごめんな。……翌朝、迎えに来るよ。冷たいと思われるかもしれないけど、ネズミのことはなにもできない。……おやすみ」


 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)ののち、振り切るように顔を横に向けると、ブラムは去っていった。アヴァは、両手の上に乗せたネズミを胸元に寄せしゃがみこむ。喜ぶべきなのに、喜びたいのに、素直に喜べないことが悲しかった。兄と久しぶりに会えたのに、ここから脱出できるかもしれないのに、目の前には病に苦しむ友達がいて、助けることができない。


 しばらくの間、アヴァはフィンを抱いていた。微かに伝わる震えが、徐々に弱まっていくのを感じながら。疲れから来る微睡(まどろ)みが襲ってきても、眠ることはできなかった。


「フィン、大丈夫よね? あなたは、エフィーみたいにいなくならないよね?」


 アヴァはここでの生活を続けるうちに、多くの死に触れてきた。エフィーと別れてからは、仲間の女性が動かなくなる場面を何度も見てきた。これまでは、エフィーがそういう場面を見せないようにしてきたのだ。

 動かなくなった女性たちは、どこかへ運ばれていく。目は光を失っていて、手足もダランと力を失い、そこにその人はもういないのだと感じさせる。動物とは違う。最初から命がないまま与えられるものと、今までそこにあったものが、唐突に消えるのと、比べ物にならないくらいの生々しさがあった。


「エフィーがいつか帰ってきたら、あなたとも友達になって欲しいの。前はあなた、逃げちゃったでしょ? だから、お願い。どこにも行かないで」


 アヴァはお願い、お願い、お願いと、呟き続けた。敬虔(けいけん)な祈りにも聞こえるその少女の呟きは、しかし如何な力も備えていなかった。やがて、彼女の手の中で、ネズミは静かに、安らかに、眠りに就いた。


「フィン? フィン!?」


 震えが止まった小さき命は、どこか笑っているように見えたが、むしろアヴァは、そう見えてしまうのが悔しかった。


「ダメよ! 行かないで。もっと、長くわたしといたいでしょう? わたしは、もっとあなたと一緒にいたいの! いて欲しいの!」


 叫んだ瞬間、彼女の潤んだ青い瞳が、鈍い赤の光を放った。頭の中から、指示が飛ぶ。それは言葉の形をしておらず、本能に近いものだった。

 こう動けばいいのだと、自分自身に言い聞かせるように、体は自然な動作を進める。ネズミを床に置き、仰向けにさせると、彼女は両手を重ねてそこに合わせた。(てのひら)にじんわりと暖かいなにかが広がっていき、それがネズミに伝わる感覚があった。数秒ほど続くと光は止み、ネズミが目を開いた。


「フィン……そこにいるの?」


 ネズミは目を見開かせていたが、キョロキョロと辺りを見回すと、鳴き声を上げてアヴァの膝に擦り寄ってきた。


「フィン……良かった。本当に。戻ってきてくれたのね!」


 アヴァが両手で顔を覆うと、涙が伝って床に滴る。ネズミは困ったように右往左往しながら、鳴き声を上げ続けた。

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