其ノ拾
それでも最後には、片岡は誉めてくれた。よくやった。そう言って満面の笑みを浮かべてくれたのだ。
ここ数日間のことを思い返していると、肴をつまんでいた片岡が口を開いた。
「じつはな」
ふと、表情を引き締めた。何やら決意したような顔である。
「……最初おまえの指導役になったのを、ちょいと後悔していたのだ」
「………」
片岡はこめかみを掻いて続けた。
「初めておまえを見たとき、その、あまりに………、ひ弱そうで」
「……はい」
真っ正直な片岡の告白に、そう返事するしかない。本人でさえ、同心姿を鏡に写して見たときは、あまりの頼りなさにびっくりしたのだから。
「だがな、それは間違っていた」
片岡は続ける。貧弱だと思って侮っていたおまえは、似顔絵を描き、探索の進展に一役も二役も買った。そのうえ無謀にも下手人の塒に踏み込んだのだ。
「並大抵のやつじゃできねぇさ」
「あ、はあ……」
似顔絵をともかく、捕物は辰次に無理矢理背中を押された結果だ。誉めそやされても、面映ゆくてならなかった。
片岡は手酌で何杯か呑むと、ひたりと鋼之助の目を見つめた。
「佐倉」
「は、はい」
やけに真剣な声である。つられて鋼之助も居ずまいを正した。何を言われるのだろうか。微かな不安が、ちくりと心臓を刺す。だが片岡は良い意味で裏切った。
「おめえは、おいらが一人前の同心にしてやる」
そうして、にかりと笑った。顔が更に赤くなっている。照れくさかったのか、言葉が伝法になっていた。
「あ、ありがとうございます」
思いもよらない言葉。頭を下げた鋼之助は、無意識のうちに上がってくる涙を堪えた。じんわりとした温もりが胸に沁みていく。片岡の真摯な態度に、感極まったのだ。
(片岡さんで良かった)
初めは取っ付きにくい人かと思っていた。だが、義父新八郎の言う通り、面倒見のいい人のようで、鋼之助は心が落ち着いていくのがわかった。これから先、片岡の期待に応えたい。そう思った。
「うむ……、ずずっ」
すると急に、鼻をすする音がした。片岡を見れば、なんと涙を流しているではないか。
「か、片岡さん?」
なぜ泣いているのだろう、自分が何かしてしまったのだろうか。
ぐすぐすと鼻を鳴らす片岡だが、その手にある銚子と盃は、ぎゅっと掴んだまま離さない。
どうしたのだと泡を喰う鋼之助に向かって、
「そいつ、泣き上戸なんだよ」
と、二つ隣に座っていた山村三次郎が教えてくれた。その言葉どおり、片岡は酒が進めば進むほど涙も増えていき、鋼之助に絡んでくる。鋼之助は逃げるわけにもいかず。上役との付き合いは大変なのだと、酒をねだる片岡に酌をした。