表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能同心  作者: 葉弦
第三章 拠り所と見えぬ解決
23/51

其ノ陸

 「どうでした?」


 片岡と鋼之助が千草屋から出ると、外で待っていた辰次が聞いてきた。


 「うむ」


 片岡が重たい口振りで千草屋から仕入れた話を、辰次と太助に聞かせてやる。


 「そうですか」


 手がかりが得られなかったと知り、辰次は顔を曇らせる。そして、横にいる太助に目を向けた。


 「じつは、旦那達が千草屋にいるあいだ、あっしと太助とで近所のお店から話を訊いてきました」


 太助が頷く。

 辰次の言葉に、片岡の瞳が鈍く光った。


 「どうだった? って、その顔じゃあ、まともな成果はなかったか」

 「へい」


 申し訳なさそうに辰次が答えた。太助は頭を掻く。とかく太助は無口な男である。


 「まあ、しかたねえ。次はおはるの両親に話を聞いてみよう」


 おはるの両親が住む長屋は、千草屋の脇にある木戸の向こうだ。豊彦長屋という。

 片岡一行は木戸を潜り、路地を進んだ。どぶ板がきちんと整えられている。長屋のなかでは、きれいなほうであろう。

 何人かの子供の声が聞こえる。

 見ると、三歳くらいから八歳くらいの子供達が、地面に絵を描いて遊んでいた。きゃっきゃっと、あどけない声を上げている。

 なんとなく片岡達はその光景を見ていた。

 きっと、皆が思った。

 行方不明になったおゆいとおはるも、こうして遊んでいたのだろう、と。


 「許せねえな……」


 ぽつりと片岡が呟いた。それは、下手人に向けられたものだろう。まだ、同一犯と決まってはいないが、可能性は高い。

 片岡達はおはるの両親にも話を聞いた。しかし、千草屋で聞いたこと以上の話は聞けなかった。

 鬱屈した雰囲気で長屋の木戸を抜けて、表通りに出る。日が、ずいぶんと高くなっていた。


 「そろそろ昼か。どっかに寄るか」


 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、片岡が提案した。


 「旦那。それなら、いいとこが」


 すると突然、太助が口を開いた。今日初めて聞いたと言っていいその声は、妙に弾んでいる。


 「おお、太助。その様子だと、いい店を知ってるようだな」


 太助の浮かれた様子に、片岡が含み笑いを浮かべた。片岡には太助の浮かれっぷりの理由がわかっているみたいだ。


 「へい、この先の薬研堀の近くに、美味しい蕎麦屋があります。ここの蕎麦はですね、なんと言っても香りが良く、出汁が」


 にこにこと相好を崩して説明しようとする太助に、片岡が苦笑した。


 「わかったわかった。おまえの話を聞いてるだけで腹が減る。早く案内してくれ」

 「へい」


 そう答えた太助は、跳ねるように表通りを進む。あんな太助は初めてだ。物言いたげな鋼之助に気づいた片岡が、歩きながら教えてくれた。


 「そういや佐倉は、太助を連れて飯を食うのは初めてだな」

 「はい」


 片岡とは何度か連れたって昼餉をとったことがある。


 「太助はな、いつもは何にも興味が無さそうな顔をしているのだが、あの通り、食にうるさいのだ」

 「食、にですか?」

 「うむ」


 一に食い物、二に食い物。

 なにを置いても食べることを優先にしてしまうと、片岡が続ける。美味、珍味、ゲテモノ……種類は問わず。気になったものならどこまででも行って食べてくるのだ。

 ついでに太助は気が利いているから、片岡への土産も忘れない。


 「まえにゲテモノ御膳の詰合わせを貰ってだな……」

 「………」


 酷い目にあったと、腹を押さえる片岡の横で、鋼之助の顔面が蒼白になる。もともとが色白の鋼之助が更に白くなっているのは人目を引いた。


 「なあ、辰次。おまえも食っただろ。あれは酷かったよな」

 「え、ええ」


 辰次は気の無い返事を返した。あまり思い出したくないのだろう。


 「まあ、そういうこともあるが、あいつの言う美味いものは本当に美味いのだ」

 「そ、そうですか」


 鋼之助は安心した。実は内心で、今から行く蕎麦屋で変な物を出されないかと心配だったのだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ