其ノ陸
「どうでした?」
片岡と鋼之助が千草屋から出ると、外で待っていた辰次が聞いてきた。
「うむ」
片岡が重たい口振りで千草屋から仕入れた話を、辰次と太助に聞かせてやる。
「そうですか」
手がかりが得られなかったと知り、辰次は顔を曇らせる。そして、横にいる太助に目を向けた。
「じつは、旦那達が千草屋にいるあいだ、あっしと太助とで近所のお店から話を訊いてきました」
太助が頷く。
辰次の言葉に、片岡の瞳が鈍く光った。
「どうだった? って、その顔じゃあ、まともな成果はなかったか」
「へい」
申し訳なさそうに辰次が答えた。太助は頭を掻く。とかく太助は無口な男である。
「まあ、しかたねえ。次はおはるの両親に話を聞いてみよう」
おはるの両親が住む長屋は、千草屋の脇にある木戸の向こうだ。豊彦長屋という。
片岡一行は木戸を潜り、路地を進んだ。どぶ板がきちんと整えられている。長屋のなかでは、きれいなほうであろう。
何人かの子供の声が聞こえる。
見ると、三歳くらいから八歳くらいの子供達が、地面に絵を描いて遊んでいた。きゃっきゃっと、あどけない声を上げている。
なんとなく片岡達はその光景を見ていた。
きっと、皆が思った。
行方不明になったおゆいとおはるも、こうして遊んでいたのだろう、と。
「許せねえな……」
ぽつりと片岡が呟いた。それは、下手人に向けられたものだろう。まだ、同一犯と決まってはいないが、可能性は高い。
片岡達はおはるの両親にも話を聞いた。しかし、千草屋で聞いたこと以上の話は聞けなかった。
鬱屈した雰囲気で長屋の木戸を抜けて、表通りに出る。日が、ずいぶんと高くなっていた。
「そろそろ昼か。どっかに寄るか」
重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、片岡が提案した。
「旦那。それなら、いいとこが」
すると突然、太助が口を開いた。今日初めて聞いたと言っていいその声は、妙に弾んでいる。
「おお、太助。その様子だと、いい店を知ってるようだな」
太助の浮かれた様子に、片岡が含み笑いを浮かべた。片岡には太助の浮かれっぷりの理由がわかっているみたいだ。
「へい、この先の薬研堀の近くに、美味しい蕎麦屋があります。ここの蕎麦はですね、なんと言っても香りが良く、出汁が」
にこにこと相好を崩して説明しようとする太助に、片岡が苦笑した。
「わかったわかった。おまえの話を聞いてるだけで腹が減る。早く案内してくれ」
「へい」
そう答えた太助は、跳ねるように表通りを進む。あんな太助は初めてだ。物言いたげな鋼之助に気づいた片岡が、歩きながら教えてくれた。
「そういや佐倉は、太助を連れて飯を食うのは初めてだな」
「はい」
片岡とは何度か連れたって昼餉をとったことがある。
「太助はな、いつもは何にも興味が無さそうな顔をしているのだが、あの通り、食にうるさいのだ」
「食、にですか?」
「うむ」
一に食い物、二に食い物。
なにを置いても食べることを優先にしてしまうと、片岡が続ける。美味、珍味、ゲテモノ……種類は問わず。気になったものならどこまででも行って食べてくるのだ。
ついでに太助は気が利いているから、片岡への土産も忘れない。
「まえにゲテモノ御膳の詰合わせを貰ってだな……」
「………」
酷い目にあったと、腹を押さえる片岡の横で、鋼之助の顔面が蒼白になる。もともとが色白の鋼之助が更に白くなっているのは人目を引いた。
「なあ、辰次。おまえも食っただろ。あれは酷かったよな」
「え、ええ」
辰次は気の無い返事を返した。あまり思い出したくないのだろう。
「まあ、そういうこともあるが、あいつの言う美味いものは本当に美味いのだ」
「そ、そうですか」
鋼之助は安心した。実は内心で、今から行く蕎麦屋で変な物を出されないかと心配だったのだ。