第6話「日曜日」
最初のLINEを送ったのは、名前を交換した翌日の昼過ぎだった。
十二時十七分。昼食のあとに食器を洗って、手を拭いて、ソファに座って、スマートフォンを開いて、トーク画面を開いて、一文字打って、消して、また打って、消して、結局こう送った。
「昨日はありがとう。雨大丈夫だった?」
三十四文字。打つのに八分かかった。
深夜三時なら、言葉に八分もかからない。暗闇の中では言葉が軽い。重力が減っている。口を開けば、言葉は自然に落ちていく。木の枝から熟した果実が落ちるように。でもLINEの画面の上では、言葉に昼間の重力がかかっていた。一文字ずつが鉛のように重い。語尾をどうするか。句読点を入れるか。絵文字を使うか。使わないか。深夜三時には考えたこともない変数が、昼間には無数にあった。
返信は四十分後に来た。
「全然。よるこそ。風邪ひくなよ」
絵文字なし。スタンプなし。短い。これが昼間のカイの——海人の——文体なのだと思った。そっけないのではなく、簡潔。深夜三時の会話と同じといえば同じだった。でも画面で見ると、温度が読み取れなかった。声も表情もない文字列。同じ言葉でも、暗闇の中で聞くのとスマートフォンの画面で読むのとでは、行間の幅が違った。
*
LINEのやりとりは、三日で十七往復になった。
内容はほとんどが短い会話だった。「今日暑いね」「暑い。溶ける」「何食べた」「そうめん。二回目」「飽きないの」「飽きない。薬味を変えればいける」。そういうやりとり。深夜三時にコンビニの前でする会話と、構造的にはほぼ同じだった。同じなのに、何かが足りなかった。足りないもの正体がつかめないまま、やりとりは続いた。
水曜日の夜、カイから「日曜あいてる?」と来た。
「あいてる」
「どっか行かない? 昼間」
昼間。その二文字が画面の中で少し光った気がした。
「行く」
即答した。八分もかからなかった。考える前に指が動いた。行く。行きたい。好きな人に昼間のデートに誘われて、行かない理由がない。
「じゃあ日曜。駅前のスタバ、一時」
「わかった」
絵文字なし。スタンプなし。それでよかった。簡潔なやりとりの中に余計なものが入る隙間がないほうが、この二人には合っていた。
*
木曜の深夜三時、いつもどおり外に出た。
カイはいなかった。
いない夜だった。コンビニの前の、ゴミ箱と灰皿のあいだの空間には誰もいなかった。いない夜には慣れている。一人で歩いた。ノートを持って、いつものルートを一周した。公園の時計は約三分の一の速度。白黒の猫はいなかった。自販機に「夜光」はなかった。
歩きながら、日曜日のことを考えた。
何を着ていくか。深夜三時の私は毎晩同じ格好だ。カーディガンとショートパンツとサンダル。パジャマの延長。カイも似たようなもので、黒いTシャツにイージーパンツかハーフパンツ。二人とも、深夜三時にふさわしい、脱力した服装をしていた。
昼間は違う。昼間にはドレスコードがある。明文化されていないけれど確実に存在する、「外に出る人間の服装」という規範。深夜三時にはその規範が溶けていた。何を着ていても誰も見ない。でも日曜日の午後一時の駅前には人がいる。人の目がある。
クローゼットの中を思い浮かべた。白いブラウス。ベージュのワイドパンツ。紺のワンピース。水色のカットソー。どれもちゃんとした服で、どれを着ても間違いではない。間違いではないのだけれど、どれを選んでも「深夜三時の私」ではなくなる。昼間の座標系に載る私になる。
当たり前だ。昼間に会うのだから。
*
日曜日が来た。
朝八時に起きた。珍しく早い。アラームより四十分も前に目が覚めた。理由は考えなかった。考えると名前がつくから。
コーヒーを淹れた。グアテマラの中深煎り。一杯。トーストを焼いた。バターとはちみつ。いつもは食パンにバターだけなのに、今日ははちみつを足した。理由は考えなかった。
シャワーを浴びた。髪を乾かした。化粧をした。普段はほとんどしない。日焼け止めとリップクリームくらい。でも今日はファンデーションを薄く塗り、眉を描き、まつげにマスカラをつけた。鏡の中の自分が少しだけよそよそしく見えた。でもこれが昼間の顔だ。
結局、白いブラウスと薄いグレーのスカートにした。サンダルではなく、白いスニーカー。バッグは普段使いのキャンバストート。
十二時四十五分に家を出た。
外は晴れていた。八月の最終週。空が高くて、雲が少なくて、日差しが強かった。駅までの道を歩いた。いつもの八分の道。昼間の道。人が歩いていて、車が走っていて、信号は車と人のために正常に機能していた。クリーニング屋は営業中で、シャッターは開いていて、百合の絵は見えなかった。畳まれたシャッターの襞の中に百合は隠れていた。
公園の前を通った。時計は正確に十二時五十一分を指していた。秒針は一秒に一メモリ。正常。ブランコで子どもが二人遊んでいた。
全部、正しかった。全部、昼間だった。
*
スターバックスの前に着いたのは十二時五十八分だった。
二分前。早すぎず遅すぎず。計算したわけではないけれど、この程度の時間管理は私の体内時計が勝手にやってくれる。
カイはまだ来ていなかった。
店の前のベンチに座って待った。日差しが眩しくて、目を細めた。深夜三時には必要ない動作だ。目を細める。眩しさに対抗する。昼間の筋肉。
一時二分にカイが来た。
最初、わからなかった。
人混みの中から歩いてくる男の人が何人かいて、その中の一人がカイだということを認識するのに二秒かかった。たった二秒。でもその二秒は、私がカイの顔を「知らない人の顔」として処理していた二秒だった。
白いTシャツにネイビーのパンツ。白いスニーカー。髪はいつもより整っていて、前髪が横に流されていた。サングラスをTシャツの胸元にかけていた。
「よる」
「あ、うん。こんにちは」
こんにちは。深夜三時に「こんにちは」は言わない。言う場面がない。初めてカイに言った挨拶が「こんにちは」であるという事実が、どこか可笑しかった。
「待った?」
「ぜんぜん」
カイは笑った。LINEのアイコンの笑顔と同じ——ではなかった。同じ系統の、昼間の笑顔ではあったけれど、写真よりも控えめだった。写真ほど開けっぴろげではなく、でも深夜三時ほど小さくもない。その中間。昼間に人と会うときの、適切な量の笑顔。
「入ろうか」
店内に入った。日曜日の午後のスターバックスは混んでいた。レジに並んだ。前に三組。BGMが流れていた。私が知らない洋楽。カップを置く音、ミルクを泡立てる音、人の声。音が多かった。深夜三時のコンビニの十五倍くらいの音が、店内に充満していた。
カイがメニューを見ていた。
「何にする?」
「アイスのスターバックスラテ。トール」
「……迷わないんだな」
「コーヒーは迷わない」
BOSSのブラックと同じだ。儀式。カイのコーヒーに対する姿勢は昼でも夜でも変わらなかった。その一貫性に少し安心した。
「私はキャラメルフラペチーノ」
「甘いの好きだよな」
「好き」
注文して、受け取って、窓際の二人がけの席に座った。
向かい合った。
深夜三時には向かい合わなかった。ベンチで並ぶか、歩きながら横に並ぶか、どちらかだった。向かい合う機会がなかった。今、カフェの小さなテーブルを挟んで、カイの正面に座っている。
正面のカイ。
昼間の光が、窓から差し込んで、カイの顔の右半分を照らしていた。光の角度が深夜三時と正反対だった。蛍光灯は上から降る。太陽は横から差す。横からの光は、顔の凹凸をはっきりさせた。鼻筋の影。頬骨の下の影。睫毛が頬に落とす影。深夜三時には見えなかったディテールが全部見えた。
情報が多い、と思った。
悪いことではない。好きな人の顔がよく見えるのは、いいことだ。でも情報が多いと、処理が追いつかない。深夜三時のカイは情報が少なかった。少ないからこそ、ひとつひとつの情報に重みがあった。街灯に照らされた横顔の輪郭線一本が、昼間の正面の顔全体と同じくらいの密度を持っていた。
「どうした?」
「ん?」
「じっと見てる」
「ごめん。昼間の顔だなと思って」
「また言ってる、それ」
カイが笑った。少し困ったような笑い。
「変な感じする?」とカイが聞いた。
「ちょっとだけ」
「俺もちょっとだけする」
「そうなんだ」
「よるの昼の顔、初めて見るし」
それはそうだった。カイにとっても同じなのだ。私の昼の顔は、カイにとって「LINEのアイコン」ではないけれど——私はアイコンを設定していない、初期のグレーの人型のまま——知らない顔のはずだった。白いブラウスを着た私は、カーディガンを着た私とは別の人間に見えているのかもしれない。
「化粧してるからかな」
「してるの?」
「ちょっとだけ」
「わかんない。でも——」
「でも?」
「いや。なんでもない」
カイがストローでラテを飲んだ。
なんでもない。深夜三時なら、「なんでもない」の中身を追いかけたかもしれない。暗闇の中の会話には、沈黙の中に続きを待つ余白がある。でもカフェの中では、BGMと周囲の話し声が沈黙を許してくれなかった。間が空くと、音が割り込んでくる。
「映画何見る?」
話題が変わった。
*
映画は、カイが選んだ。SFだった。宇宙船の中で起きる密室劇。登場人物は五人。閉じた空間で、誰が嘘をついているかを探り合う話。
駅前のシネコンに入った。日曜日の午後の回はそこそこ混んでいて、真ん中あたりの席を取った。ポップコーンは買わなかった。「いらない?」とカイが聞いて、「いらない」と答えた。映画中に食べると音が気になるから、というのが理由だったけれど、本当は、映画館の暗闘の中でポップコーンの紙容器を二人で共有するという行為が、今の自分にはまだ早い気がしたからだった。何が早くて何が早くないのか、基準はなかったけれど。
場内が暗くなった。
暗くなった瞬間、息がしやすくなった。
不思議だった。カフェの中ではずっと何かが薄く詰まっていた。喉の奥に綿を入れられたような感覚。呼吸ができないわけではないけれど、すこし浅い呼吸。それが暗くなった途端にすっと抜けた。暗さが、深夜三時の空気を少しだけ連れてきたのかもしれない。
映画が始まった。スクリーンの光が暗い客席を照らした。
カイの横顔が見えた。スクリーンの光に照らされた横顔。蛍光灯でも太陽でもない、映画の光。青白い光が顔の左半分を照らし、右半分を影にしていた。
深夜三時に少し似ていた。
ほんの少しだけ、似ていた。光と影の配分が近かった。情報が適度に間引かれていて、輪郭がくっきりして、でも全体像は見えない。そういう顔。
左手が、肘掛けの上にあった。カイの右手も、同じ肘掛けの上にあった。映画館の肘掛けは一つを二人で共有する設計になっている。指先と指先の距離は五センチくらいだった。
映画の中で、宇宙船の酸素供給装置が故障するシーンがあった。登場人物たちが息を詰める。緊張が高まる。スクリーンの色が赤に変わる。
その瞬間、カイの小指が動いた。
五センチが三センチになり、二センチになり、指先が触れた。
触れた。
カイの指先は冷たかった。映画館の冷房のせいだろう。冷たくて、少しだけ乾いていて、確かにそこにある指先だった。小指と小指が並んで、それから薬指が重なり、中指が重なり、気づいたら手を握っていた。誰が先に握ったのかはわからない。どちらでもいい。
手のひらが合わさった。
ドキドキした。
ちゃんとドキドキした。心臓が速くなった。手のひらに薄く汗が出た。指と指のあいだにカイの指が入り込んでいて、その密着面から体温が伝わってきた。
映画のストーリーは頭に入ってこなかった。宇宙船で何かが起きている。誰かが誰かを疑っている。でもそれはスクリーンの中の話で、私の手の中にはカイの手があって、そちらのほうがずっと大きな事件だった。
映画が終わった。明かりがついた。
手は、明かりがつく直前にそっと離れた。どちらが先に離したのかは、これもわからない。たぶん同時だった。暗闇の中で始まったことは、明るくなる前に終わる。そういうルールが、二人のあいだに暗黙のうちに成立していた。
*
映画館を出た。外はまだ明るかった。午後四時の日差し。
「面白かった」とカイが言った。
「うん。面白かった」
嘘ではない。面白かったのだろう。たぶん。内容をほとんど覚えていないけれど。
「あのラストどう思った?」
「え——」
「船長が一人で残るやつ」
覚えていなかった。
「……あれはまあ、ああするしかなかったんじゃないかな」
曖昧なことを言った。カイは特に気にしていない様子で、「だよな」と頷いた。
駅前の通りを並んで歩いた。人が多かった。日曜日の夕方。買い物袋を下げた家族連れ。手をつないだカップル。犬を連れた老人。自転車に乗った子ども。世界が人で満ちていた。深夜三時には空っぽだった道路が、今は歩道いっぱいに人が流れていた。
カイと並んで歩いた。歩幅を合わせた。昼間も夜と同じように足並みは同期した。それは同じだった。
「お腹すかない?」
「ちょっとすいてる」
「どっか入る?」
「うん」
適当に入ったのは、駅から五分くらいの場所にあるパスタ屋だった。テーブル席に向かい合って座った。また向かい合い。メニューを開いた。カイはカルボナーラを選び、私はトマトとモッツァレラのパスタを選んだ。ドリンクはカイがジンジャーエール、私がアイスティー。
注文して、料理が来るのを待つ間、会話をした。映画の話。夏休みの話。最近読んだ本の話。カイは本をあまり読まないらしい。「活字見ると眠くなる」と言った。「それ講義どうしてるの」と聞くと「寝てる」と返ってきた。
笑った。普通に笑った。楽しかった。楽しいはずだった。
パスタが来た。カイのカルボナーラは黄色くて濃厚そうだった。私のトマトパスタは赤くて、モッツァレラが白い島のようにいくつか浮かんでいた。
「おいしい」
「おいしいな」
おいしかった。トマトの酸味とモッツァレラのまろやかさのバランスが良くて、バジルの香りがアクセントになっていた。ちゃんとおいしかった。
食べながら会話をして、たまに沈黙があって、沈黙のあいだにBGMが流れていて、それはジャズだったかボサノバだったか、たぶんどちらでもいい音楽で、窓の外では日が傾き始めていて、テーブルの上に夕日のオレンジ色が差し込んでいた。
何も悪いところはなかった。
カイは優しかった。話が合った。間が悪くなることもなかった。カルボナーラを一口くれた(おいしかった。こってりしていた)。私のトマトパスタも一口あげた。そういうことが自然にできた。
何も悪いところはなかった。繰り返す。何も。
なのに——
——空気が違った。
深夜三時の空気がなかった。あの、世界の底に沈んだような、水圧と浮力が同時にかかるような、静かで濃密な空気。あの空気の中でする会話と、パスタ屋のテーブル越しにする会話は、同じ言語を使っているのに違う通信規格で送受信されているようだった。
信号は届いている。言葉は聞こえている。意味もわかっている。でもあの空気の中で言葉に乗っていた何か——周波数の上に重ねられていた倍音のようなもの——が、昼間の通信規格では再生されなかった。
気のせいだ。
気のせいだと思おうとした。場所が変わっただけだ。夜が昼になっただけだ。コンビニのひさしがカフェになり、公園のベンチがパスタ屋のテーブルになっただけ。
*
午後六時。店を出た。
空が夕焼けだった。西の空がオレンジと紫のグラデーションに染まっていた。きれいだった。きれいだったけれど、あの青い街灯の「きれいだな」とは種類が違った。夕焼けは誰にでも見える。今この瞬間、この街にいる何万人もの人が同じ空を見ている。共有する相手が多すぎて、共有の密度が薄まっている。
青い街灯は、二人しか見ていなかった。
二人しか見ていない「きれい」と、何万人が見ている「きれい」は、同じ形容詞でも重さが違った。
駅まで歩いた。改札の手前で立ち止まった。
「今日ありがとう」
「こっちこそ」
「楽しかった」
「俺も」
楽しかった。楽しかったのだ。嘘ではない。映画を見て、手をつないで、パスタを食べて、夕焼けを見た。デートとしてのすべての要素が揃っていた。合格点の日曜日。
「また行こう」
「うん」
カイが片手を上げた。深夜三時の別れと同じジェスチャー。でも改札の前で、午後六時の光の中で見ると、そのジェスチャーは深夜三時より軽かった。周囲に人がいるせいかもしれない。改札を通過する人の流れが、私たちの横を川のように流れていた。その流れの中では、別れの動作に重力がかかりにくい。
「じゃあね」
「じゃあね」
カイが改札を通って、振り返らずにエスカレーターに乗った。
*
帰り道。
一人で歩いた。夕方の駅前。人が多い。日曜日の夕方は、一週間でいちばん人が多い時間帯のひとつだ。みんながどこかから帰ってくる時間。
歩きながら、今日のことを反芻した。
カフェ。映画。手をつないだ。パスタ。夕焼け。全部、きちんと楽しかった。きちんと嬉しかった。きちんとドキドキした。
きちんと。
その副詞が引っかかった。きちんと楽しかった。きちんと。まるで答案用紙を採点しているような言い方だ。設問に対して正しい解答を書いた。配点どおりの点数がもらえた。間違いはなかった。
でも——
これ、誰とでもできることだな。
その考えが、ふっと浮かんだ。
日曜日のカフェで向かい合ってコーヒーを飲むこと。映画を観ること。暗闭の中で手をつなぐこと。パスタ屋でカルボナーラを一口もらうこと。夕焼けを見ながら駅まで歩くこと。
全部、誰とでもできた。
相手がカイでなくても。相手が美咲でも、バイト先の先輩でも、合コンで知り合った誰かでも。日曜日のデートの構造は同じだ。カフェ、映画、食事、駅前の別れ。テンプレートに名前を流し込めば完成する。差し替え可能なデート。
でも深夜三時の公園のベンチは違った。
あそこでは、カイの隣にしかいられなかった。カイとしか共有できないものがあった。ズレた時計。青い街灯。「夜光」の味。二人分の足音のリズム。あれは差し替え不可能だった。カイをほかの誰かに入れ替えたら、あの時間は成立しない。
なのに昼間のデートは——
いや。やめよう。この考え方は間違っている。間違っているはずだ。好きな人と過ごした日曜日を「誰とでもできること」と要約するのは、好きな人に対して失礼だし、自分に対しても不誠実だ。楽しかったのだから。ドキドキしたのだから。手を握ったとき心臓が速くなったのだから。それは本当のことだ。本当のことを「テンプレート」呼ばわりするのは。
でも。
本当のことが二つあるとき、どちらが「より本当」かを測る秤を、私は持っていなかった。
*
帰宅した。
靴を脱いで、バッグを置いて、ブラウスを脱いで、パジャマに着替えた。メイクを落とした。クレンジングオイルが肌の上で白く乳化して、水で流すと、鏡の中に深夜三時に近い方の顔が戻ってきた。
夕飯は作る気がしなかった。冷蔵庫にあった食パンをトーストして、バターを塗って食べた。はちみつは今度は足さなかった。
テレビをつけた。バラエティ番組が流れていた。すぐに消した。
ソファに座って、スマートフォンを見た。カイからLINEが来ていた。
「今日ありがと。パスタおいしかったな」
「こちらこそ。カルボナーラもおいしかった」
「また行こう」
「うん」
画面を見つめた。四行のやりとり。昼間の通貨で交わされた、正しい取引。
午後九時。いつもなら寝支度を始める時間。歯を磨こうとして、やめた。ソファに戻った。
何をしているんだろう、と思った。何を待っているんだろう。
待ってなんか、いない。
歯を磨いた。髪を乾かした。ベッドに入った。電気を消した。
天井の国境線。
*
午前三時に目が覚めた。
アラームではなかった。アラームは——今夜はセットしていなかった。日曜日の夜。昼間にカイと会ったから。昼間に会ったのだから、夜に出る必要はない。そう判断して、二時五十五分のアラームを切った。初めて切った。
なのに目が覚めた。体内時計が、六週間ぶんの習慣を無視してくれなかった。
暗い天井を見ていた。
外に出ようか。
いつもの手順が体に染みついていた。カーディガン。ショートパンツ。鍵。財布。スマートフォン。サンダル。六つのアイテム。六つの動作。起き上がれば五分後にはドアの外に立てる。
あの空気がある。あの道がある。あの時計が遅れていて、あの猫が塀の上にいて、あの自販機に「夜光」があるかもしれない。
カイはいないかもしれない。でもいるかもしれない。
——いたら、どうする?
昼間に会ったカイと、深夜三時のカイ。今日一日で二回会うことになる。それは嬉しいことのはずだ。嬉しいことのはずなのに、想像すると胸のどこかが軋んだ。昼間のカイの顔と、深夜三時のカイの顔を、同じ一日の中で見ることに、気持ちの置き場所が見つからなかった。
スマートフォンを手に取った。
LINEを開いた。
カイのトーク画面。最後のやりとりは午後七時の「うん」。
指が動いた。
「おやすみ」
送信した。
午前三時七分。深夜三時の言葉を、LINEの画面に載せた。声ではなく文字で。空気ではなく電波で。昼間の通貨で、深夜三時の挨拶を送った。
画面を伏せた。
スマートフォンを枕の横に置いた。仰向けになった。天井の国境線を見た。
外には出なかった。
カーディガンはクローゼットの中にあった。ショートパンツは引き出しの中にあった。サンダルは玄関にあった。全部、いつもの場所にあった。今夜はそれらを身につけない。身につけないことを、自分で選んだ。
いいのだ。昼間に会ったのだから。LINEで繋がっているのだから。「おやすみ」を送ったのだから。深夜三時に外に出なくても、カイとの関係は続いている。昼間の座標系の中で、ちゃんと。
いいのだ。
——本当に?
窓の外で、かすかに鳥が鳴いた。まだ三時なのに。早すぎる。いや、鳥には鳥の時計がある。私の時計とは違う時計。
目を閉じた。
瞼の裏が暗かった。その暗さは、深夜三時の外の暗さとは違う暗さだった。同じ暗闇でも、部屋の中と外では密度が違う。外の暗闇には空気があり、風があり、街灯があり、虫の声がある。部屋の中の暗闘にはエアコンの音しかない。
一人ぶんの沈黙。
青い街灯の夜の帰り道に感じた、あの足りなさが、今夜も部屋の中に満ちていた。でもあの夜とは少し違った。あの夜は、「足りない」の正体がカイの不在だとわかっていた。隣に人がいないから足りない。わかりやすい不在。
今夜の「足りない」は、もっと複雑だった。カイはLINEの中にいる。連絡先を知っている。本名を知っている。昼間に会った。手を握った。いるのだ、カイは。いなくなったわけではない。
なのに足りない。
何が足りないのか。
——深夜三時の空気。二人分の足音。コンビニの蛍光灯。ガードレールの冷たさ。
全部、今夜、自分で手放したものだった。
アラームを切ったのは私だ。外に出なかったのは私だ。「おやすみ」を文字で送って、ドアを開けなかったのは私だ。
正しい選択のはずだった。昼間に会えるなら、夜に出る必要はない。足し算と引き算の問題。昼を足したのだから、夜を引いてもプラスのはずだ。
——本当に?
本当にプラスなのか?
足し算が成立するのは、昼と夜が同じ単位のときだけだ。でも昼間のカイと深夜三時のカイは同じ単位なのか。リンゴの数とオレンジの数を足しても意味のある合計にはならないように、昼間の時間と深夜三時の時間を足しても、本当に合算できるのか。
考えるのをやめた。
考えても答えが出ない問いを、暗い天井に向かって投げ続けるのは不毛だった。明日の朝になれば、また昼間の私に戻る。昼間の私は合理的で、正確で、コーヒーを一杯だけ淹れる人間だ。足し算と引き算がちゃんとできる人間だ。
目を閉じた。
眠りは遠かった。遠いまま、うとうとして、完全に眠ったのはたぶん四時過ぎだった。
最後に見たのは、天井の国境線だった。
線のこちら側に、私がいた。向こう側には、深夜三時の街があった。今夜はその線を越えなかった。越えないことを、選んだ。
選んだのだ。
自分で。




