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「あっ、いってー!! 転生ってこんなに痛かったのかー(棒)」
意識が浮上した瞬間、全身を突き抜けたのは鈍い衝撃だった。
……いや、待て。「(棒)」とか言ってる場合じゃない。転生特典でチート能力をもらって、最強転生スローライフモフモフハーレムざまぁ婚約破棄底辺追放冒険者全知全能鑑定錬金スキルガチャダンジョンチートステータスオープンパーティー復讐限界突破建国無敵領地経営無双を送る予定の俺だぞ? なのに、この得体の知れない圧迫感は何だ。まるでプレス機にかけられたような、あるいは巨大な漬物石の下にでも置かれたような……。
「おい、やっと目が覚めたか」
どこからか、野太い、それでいて妙に高い声が響いた。
「おや? 誰だ!?」
俺は慌てて辺りを見回す。
だが、そこにあったのは期待していた女神様の神殿でも、豪華な王宮の寝室でもなかった。ゴツゴツとした岩肌が剥き出しの、湿っぽくて薄暗い――そう、洞窟の中だった。
「何もいないな……。しかし、視界が白くボヤけて見にくいな」
おかしい。視界の端に映る自分の「手」らしきものが、妙にぶ厚くて黒い気がする。人間ならもっとこう、白くて指が五本あるはずだろ?
苛立ちまぎれに、俺は目の前にある「何か」を前足(?)で小突いてみた。
ドスッ!
「なっ!? 人間に転生したんじゃないのか。外れだな」
自分の声が、まるで地響きのような重低音で洞窟内に反響する。明らかに人間の喉から出る音じゃない。
「おい、危ねーだろ!!」
カサカサカサ!
突如、何かが壁を高速で伝って、俺の頭頂部まで勢いよく登ってきた。
「な、なんだ!? ああ、ゴキか」
首を振ろうとしたが、自分の体が重すぎて思うように動かない。頭の上に居座った「何か」は、あざ笑うかのように鼻を鳴らした。
「リッス?」
「なに寝ぼけてんだニーズヘッグ。いま俺を、この黄金の脚で踏み潰すところだったんだぞ」
「あー……すまん」
とりあえず謝ってみたが、頭の上のソイツが言った名前に聞き覚えがあった。
ニーズヘッグ。なんてダサい名なんだ。……え、俺、それ? 罰ゲームじゃん。無理矢理喜びに浸る間もなく、頭上の侵入者が俺の眼球の前にぶら下がってきた。
「すまん? お前……本当にニーズヘッグか?」
「そ、そうに決まってんだろっ」
声が裏返った。
中身がそこら辺の石ころと同じ一般人だなんてバレたら、どんな面倒な展開が待っているかわかったもんじゃない。
ジー。っと。
逆さ吊りになった状態で、リス――いや、んんっ、リスでしょうか、いいえ、毛玉です。俺の巨大な目玉を至近距離で覗き込んできた。
「まあいいや。それより、フレスベルグは先に行ったぞ。お前も早く行けよ」
「な、なあ、待ってくれよ」
俺は慌てて呼び止める。
「眠ってる間に……その……色々とど忘れしたんだ。教えてくれ」
「随分物腰が変わったな。まあいいぜ。何を忘れたんだ?」
喋る毛玉は呆れたように鼻をヒクつかせた。
「あー、まずは君の、お名前を」
「はっはっ、俺はオーディンさ。忘れたのか」
「オーディーン!? まさかあの下劣なオーディーン!?」
「バカ。ラタトスクだよ。まさか本気で言ってんのか?」
「いやー、あー……で、何処に何しに行けばいいんだっけ?」
「まったく……まあでもこれもラグナロクの影響か……」
「ラクナロッパ?」
「どんな耳してんだよ。いいか、ここはユグドラシルの樹の中で、お前は運命に逆らい、ラグナロクを生き残った神をこれから探しだし、惨たらしく殺しに行くんだ」
「まじか……」
殺伐だなーこの異世界。
「マジだ……。生き残った神達は『これ』を探すだろうから、奪われないようにな」
ラタトスクが、その小さな手から魔法で何かを宙に浮かせた。
それは、丸くて無駄にキラキラと輝く、黄色い宝石だった。洞窟の暗闇の中で、それだけが異様な存在感を放っている。
「これは?」
「簡単に言えば、お前を支配出来る代物だな」
「おいおい、そりゃ困る。早く割ってくれ」
そんな物騒なアイテム、持っていたら負け確じゃないか。
「割ったらお前が死ぬんだぞ? いわば心臓みたいなもんだな」
「…………なんて事だ!? それを早く渡してく……」
俺は慌てて、その小さな「心臓」を回収しようとした。
だが、俺の体は今や巨大な龍だ。繊細な操作などできるはずもない。するとリスが。
ポロッ……。
「あっ……」
コツン、コツン。
「おーーーい!!?? 俺の心臓になんて事を!?」
宝石はラタトスクの手を離れ、岩の斜面を転がっていく。
「あ、待て! ストップ! ステイ!」
コロ……コロ……コロ……。
「く、くそ。こ、この手じゃ掴めん!」
必死に巨大な爪を動かすが、宝石は無情にもその隙間を抜けていく。この時の俺の焦りようといったら、全財産の入った暗号資産メモリードライブをドブに落とした時どころの騒ぎではない。なんせ文字通りの「命」がかかっている。
「こんな高所から落としたぐらいじゃ割れないし、寧ろ割る方法は恐らくない。分かったか?」
「あー、よーく分かったよ……。本当にな。でも、こんな小さい玉、どうやって運ぶんだ?」
ラタトスクは再び魔法で、転がっていた宝石を俺の目の前まで持ち上げた。
「こうするんだ」
「…………だから、どうっ」
パクッ。
「んっ!!??」
目の前に来た宝石を、ラタトスクの誘導に従って口に含んだ……つもりが。
ゴクッ。
「…………自分の心臓を飲んじまった……」
喉の奥に、硬くて冷たいものが滑り落ちていく感覚。
「これで取られる心配はないだろ?」
「まあ〜……なっ」
確かに、胃袋の中にしまっておけば、物理的に奪われることはないだろう。……腹を切り裂かれない限りは。
「健忘症は治って、状況が分かったか?」
「分かった、分かった。このちっこい宝石を取られなければいいんだろ」
俺は重い腰を上げた。
龍のニーズヘッグ? 体内に自分の弱点である「心臓」を隠し持った、ある意味で無敵の存在。
この時はまだ、自分がまさかその「心臓」のせいで、とんでもない屈辱を味わうことになるとは、夢にも思わなかった。




