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ペン回し部は廃部です!  作者: 中二病でも小説が書きたい!
第三章 遊仁或波の野望
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6.4 遊仁或波VSオメガマン④

 

 ユニ助は薬指と中指で挟んだペンを弾き、ダブルチャージの構成要素のひとつであるソニックひねりを回す。


「……っ!」


 ユニ助はわずかに顔をしかめ、ペンをポトリと机に落とした。やつの分身でもあるuni α gelクルトガエンジン搭載型が机を滑る。


「大丈夫かよ」


「へーきへーき! 感覚つかんだ!」


 ユニ助は笑顔で言い、今度こそダブルチャージを回してみせた。中指をかばう指遣いで、ペンの軌道にもいつものキレがない。それでも俺より上手いが、急激に不安になる。やつがペン回しを失敗するのを見るのはこれが初めてだったのだ。


「突き指? ちょっと見せて!」


 パーコはユニ助の手を取って指の状態を確認する。


「揉んだり引っ張ったりすんのはダメだよ。冷却とテーピングが基本だけど……とりあえず、心臓より上に上げとくと痛みが弱まるよ」


 ユニ助は手首を机の縁に固定する姿勢から、肘をついて固定する姿勢に変えた。手を持ち上げて顔の横に移動させてダブルチャージを回す。


「おお、ちょっと楽になった! ありがとパーコ!」


「いいよ! 私もバレー部んとき飽きるほどやったし!」


 パーコは屈託のない笑顔を見せる。ペン回し部が解散したらこいつは運動部の勧誘に晒される日々に逆戻りし、俺はこいつとの接点を失う。


「用意はいいか? 醜態晒して部員に謝るみっともない顔面の用意はよお」


 ユニ助の隣には芽ヶ崎(めがさき)が座り、意地の悪い顔でにやにやと笑う。


「そっちこそ美容院の予約しとけよ! 意外と似合うかもよ? 逆モヒカン! だはははっ!」


 ユニ助も軽口を返す。しかしこの勝負、ユニ助が必ず負けるように仕組まれている。同好会潰しの目的は活動費の削減の回避。馬鹿げた伝統だが、こんな茶番で丸く収まるほど安くないはずだ。


 気づくのが遅すぎた。既に撃鉄は起こされ、引き金には指がかかっている。多くの観客が早く戦えとヤジを飛ばす。ここまで話が大きくなると、渦中のユニ助でさえこの勝負は止められないだろう。……俺に何ができる?


「待てっ!」


 俺は声を上げた。周囲の注目を浴びる。それに構わず俺は続ける。


「記録だ。手元の動画を撮らせろ。数え間違いがないように」


 芽ヶ崎は表情を変えずに言った。


「好きにしろ」


 芽ヶ崎は万に一つも負けられない、つまりやつには必勝の策がある。突き指の他にも仕掛けている可能性を考えて、イカサマ防止になればと思ったが、芽ヶ崎の反応を見るに効果は薄そうだ。


 俺はスマホを構えて録画を開始する。タイムキーパーがスマホのタイマーを開いて机の上に置く。審判がユニ助と芽ヶ崎それぞれの横につく。


「制限時間1分。ダブルチャージを多く回した方が勝ち、待ったなしの一発勝負。いいな? 位置について、よーい! スタート!」


 審判の宣言で、戦いの火蓋が切られる。薬指と中指で挟んだペンでソニックひねりをし、中指と人差し指でキャッチしたペンの回転を活かして薬指と中指にパスする。それを繰り返す有名なループ技だ。これら3本の指がウェーブダンスのように前後に動き、回転が滑らかにつながると見栄えがいい。おおお……と、観客がどよめく。ユニ助は思ったより回せているが、普段より勢いが弱い。


 芽ヶ崎も安定したプレイを見せ、ユニ助に食らいついている。10秒経過。両者とも18回。ペースは全く同じ。つまり、ミスをした方が負ける。


「ユニスケクンよぉ。お前どこ中出身だよ」


 勝負の最中、芽ヶ崎が話しかけてきた。


「学年中の友達とか先輩に聞いても、遊仁ゆに 或波あるはなんて奴は知らねーってよ。聞いたとこじゃ友達もそのロン毛ひとりなんだろ? そりゃそうか。ペン回ししか能がない変人が周りと上手く馴染めるわけないわな」


「……」


「孤独な中学時代送った少年が、学校の中に居場所がほしくて――」


「勝手に想像すんなよ!」


 ユニ助は短く、ぴしゃりと言い捨てる。その横顔は心なしか怒っているように見える。これが芽ヶ崎の狙いか。話術で平常心を乱すことでミスを誘う。汚い野朗だ。


「現実見ろ。ペン回しなんてくだらねーもんが部活になるかよ」


「サッカーもペン回しも、そいつが好きでやってんのは同じだろ! くだるくだらねーって、じゃあ誰がその線を引くんだよ!?」


「日陰で勝手にやるならはっきり言ってどうでもいい。生意気に部活名乗ってやがんのが俺は気に食わねーんだ。ペン回しの技なんか鍛えて何が得られる? 集まることが目的のお遊びクラブなんて無駄なだけだ」


 背筋がひやりとする。自分に向けられたように聞こえたからだ。部活中の俺は、曲がりなりにもペン回し部の部員として活動していただろうか。部活設立のためにユニ助やパーコと行動するうちに、芽ヶ崎の言う通り集まること自体が目的にすり替わり、無意識ではそれに気づいていながらその状態に甘んじてはいなかっただろうか。


 スマホを構えた反対の手の中のペンを握る。前にユニ助から教わったシャドウは未だ回せない。それなのに、動画撮影なんかでこの戦いに一枚噛んだ気でいる。芽ヶ崎の精悍な横顔に後ろめたいものを感じ、観客の人混みに紛れて消えてしまいたくなる。俺の存在そのものが、芽ヶ崎の論の裏付けになる――


「ごちゃごちゃうるせえ! 俺はペン回し部を作る! そんで好きなもん部活にする! そんだけだ! 文句あんなら俺に勝ってから言いやがれコノヤロー!」


 ユニ助は一蹴し、ダブルチャージのペースを早めた。均衡が崩れ、観客からは歓声が上がる。


「おめでたいヤローだ……!」


 ユニ助の後ろにいる観客の方から、歓声とは違うどよめきが起こった。決闘者であるユニ助たちと観客の間には、勝負の邪魔にならないように人ひとり分の神聖な間隔が開いている。その不可侵の領域内に人の波が押し寄せ、最前列のやつがつんのめってユニ助の後頭部と衝突した。無防備なユニ助は思い切り前のめりになり、机に顔面を打ちつけた。


「痛って!」


「ゲッ、ごめん! 急に後ろから押されて!」


 ぶつかった男子の焦りようから故意じゃないのが分かる。ボタボタと机に何かが落ちた。机に激しくキスをした衝撃でユニ助は鼻血を流していた。


 この間5秒、ユニ助のペンは停止した。9回分のロス。素知らぬ素ぶりでペン回しを続ける芽ヶ崎の口元にわずかな笑みが浮かぶ。この下衆が、どこまで汚いんだ。


「やり直しだ!」


 俺はほとんど叫ぶようにして声を張り上げた。ユニ助の鼻からは止めどなく血が流れている。顔面や制服のシャツを赤く染め、机に血だまりができる。


「ハハッ、知るか! 待ったなしのルールだぜ!」


「クソっ……!」


 マズい。マズい。残り時間が20秒を切る。体の内側に冷や汗をかく。ペン回し部が終わる。音を立てて足場が崩れていく。今までの日々が走馬灯のように蘇る。俺たちがやってきたことが、ユニ助がやりたかったことが終わってしまう。いつまでも止まらないユニ助の鼻血と同様に、ペン回し部が崩壊していく様子をただ傍観することしかできない。




「シロー!」




 ユニ助の鋭い一声で現実に呼び戻される。見ると、ユニ助が振り返らずに左手を開いて後ろにいる俺に差し出していた。その動作だけで俺はヤツの考えと、自分のすべきことを瞬時に理解した。


「オーケー相棒!」


 俺は自分のシャーペンをユニ助に渡した。ユニ助はそれを薬指と中指の間に挟む。両手にペンを構えたユニ助は不敵に笑った。


「おみまいするぜ! ペン回し部部長・遊仁或波の超絶技巧!」


 ユニ助は、鏡写しのようにダブルチャージを両手同時に回してみせた。一度二度、三度と連続するにつれてそれが目の錯覚でないことが観客の間に浸透し、手元で繰り広げられる異様な光景に正気を奪われていた。


 狂ったような歓声が湧き、ユニ助を中心にして竜巻のように宴会場内を吹き荒れる。ユニ助が二倍の勢いで怒涛の追い上げを見せる。熱狂が場を支配し、制限時間が迫るにつれて加速する2人のデッドヒートが緊張を極限まで高め――終了のブザーが鳴った。


 公平を期した集計が終わる。


「勝者……ペン回し部!」


「っしゃあ!」


 ユニ助はペンを握ってガッツポーズ。最初は芽ヶ崎目当てに来ていた観客たちも、ユニ助の鮮やかな逆転劇に心を奪われて賞賛の拍手を送っている。そんな中、芽ヶ崎は勢いよく立ち上がった。


「クソバカがッ! ノーカンだ! ノーカン! 普通に考えて片手の勝負に決まってんだろ! 違うか、みんな!?」


 芽ヶ崎は大袈裟な手振りで観客の同意を求める。それにユニ助は落ち着いた様子で返した。


「ペン回しには芸術点があるんだぜ! 知らなかっただろ?」


「両手を使いたいならルール決めの時点でそう言うべきだったんだ! なあユニスケクン、これは事故だよ。ルールを明確にしなかったことで起きた不幸な事故。こんなはっきりしない終わり方じゃみんなも納得できないだろ? ――使えるのは片手だけというルールで勝負をやり直そう」


 芽ヶ崎は恥知らずにもゴネ始めた。どこまでも意地汚く勝利に執着する、往生際の悪い野郎だ。見るに堪えない。俺はスマホを操作して動画のシークバーをあの場面まで移動させ、音量を最大にして再生した。


『やり直しだ!』


『ハハッ、知るか! 待ったなしのルールだぜ!』


 俺は動画を停止させた。芽ヶ崎はアホみたいな顔で音源のスマホを眺めていた。その間抜け面に俺は言った。


「それで、ルールがなんだって? よく聞こえなかったんだが」


 芽ヶ崎は反論する言葉を失った。観客が沸き、俺たちの勝利と芽ヶ崎の処刑を煽る。勝負は決した。ペン回し部の存続が決まり、同好会潰しの妨害もなくなる。


「……なぜだ」


 俯いたまま芽ヶ崎がつぶやいた。


「なぜアルファゲルにこだわる? お前の腕前なら、ドクグリを使えば楽に上を目指せるだろ」


 そんなの説明するだけ野暮だ。俺がハッカのロリポップを愛する理由と同じ。


「男の美学だ!」


 ま、そういうこった。ペン回しを戦いの道具として扱った芽ヶ崎と、純粋に楽しんだユニ助の差だ。改造ドクグリなんざ回す奴には一生かかっても分からないだろうな。すると、観客の中から荒々しい集団が割って出てくる。


「おらあバリカン買ってきたぞ!」


「男ならスッパリケジメ付けろ!」


「芽ヶ崎を連行するぞ!」


「やめろ! 放せ! 嫌だ! 逆モヒカンは嫌だああああああっ!!」


 両脇を運動部風の男子にガッチリと掴まれた芽ヶ崎は遠くに引きずられていく。任務に失敗した刺客の末路は悲惨なものと決まっている。それを爆笑しながら見送ったユニ助は、俺の方を振り返ってペンを返した。


「ありがとなシロー! 勝てたのはお前のおかげだ!」


「……俺は何も」


「ナイスだよシロー! ユニ助もさすが!」


 パーコまで俺を褒めやがる。バレー部時代の知識で突き指の痛みを和らげた自分の功績を棚に上げて。


「みんな、心配かけてゴメンな」


 ユニ助はシリアスなトーンで言った。


「俺はこれ以外なんもねーからよ、これだけは誰にも負けるわけにいかねーんだ……ま、俺最強だけど! だははははっ!」


 そしていつもの調子でアホっぽく笑った。これからどんなことがあっても、俺たちなら切り抜けられる。そんな自信がついた出来事だった。




 第6話 遊仁或波VSオメガマン 完


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