寄せ合う距離
湯船に身を沈める。
じわりと全身に伝わる熱が、水圧とともに疲れをゆるゆると溶かしていく。
「あ〜……」
思わず、声が漏れた。
「……なんだっけ、極楽だっけ? 気持ちいい……」
「ちょっと、なによそれ。おじさんみたいだからやめて」
トゥヴァが横からすかさず突っ込んできた。
「口に出して言うのがいいんでしょ? ほら、お風呂が気持ちいいって言われて、湯船も喜んでるかも?」
からかい気味に返すと、トゥヴァは「い、意味わかんないんだけど……」と目を逸らす。
その視線は私の顔に向いておらず――鎖骨?いや、もう少し下?
そして彼女は顎まで湯に浸かり、湯船の中で丸くなるように身を縮めていた。
私はそんなトゥヴァから視線を外し、周囲を見渡す。
昨日とはどこか空気が違っていた。
疲れ切った体と心が、他者と少しでも近くにいたがっているような。
誰かと分かち合いたい――そんな気配が漂っていた。
湯気の中に、少しずつ「距離感」が生まれている。
言ってしまえば、自然と小さなグループが形成され始めているようにも思えた。
「セラ?」
名を呼ばれ、私はそちらを向く。
セリスだった。
ほんのり上気した頬が艶めき、前髪の先から雫が一粒、すっと滴り落ちる。
その水滴は遠くの湯面に落ちる前に、私の視線をさらっていった。
「昨日、私がシャンプーの話をしたの、覚えてる?」
「ああ……覚えてる。えっと、なんか読みにくい名前のやつだよね」
頭の中を探る。お菓子の名前みたいだった気がする。
「たしか……ル・ブ・サブレ?」
セリスはくすりと笑う。
「ふふ、違うわ。ル・レーヴ・エクラ。私のお気に入りなの」
耳元の髪を指にくるくると絡めながら、セリスは続けた。
その仕草がほどけると、今度はそっと手ぐしで髪を撫でる。
「カティナ教官さんに、そのル・レーヴ・エクラを頼んでみたの」
「で、どうなったの?」
「検討してくれるって。今日か明日には確認して、雑貨に出すって言ってくれたわ。ちゃんと、それがシャンプーだってことも伝えたのよ」
セリスは穏やかな声で話す。湯気の中、その微笑みはまるで香るようだった。
「セラもよかったら、一緒に見に行ってみない? その雑貨店に」
シャンプー自体には、正直あまり関心がなかった。
けれど、セリス――リリィが好きなものだというのなら、話は変わってくる。
「いいよ。一緒に、見に行こう」




