ふわふわスキンシップ
食堂を出た後、大浴場へと向かう時間は限られている。
けれど、それを惜しむように――あるいは癒しを求めるように――皆が機械仕掛けのような足取りで湯の煙る扉の中へと吸い込まれていった。
疲労の色は隠しきれず、誰もが裸という名の等しき姿で、身も心も休めに来ている。
カラン、という音と共に腰を下ろし、私は手早くシャンプーとリンスを頭にかけた。
泡立てて、流す。石鹸で汗と汚れを洗い流す。今日のことも、できれば一緒に。
「ちょっと、洗うの早いってば。ほんとにちゃんと洗ってるの?」
トゥヴァが隣から呆れたように言う。
「こんな感じだし、私のフツーなの。いーのいーの」
軽口で返しつつ、私はふと、目の前のトゥヴァにイタズラ心をくすぐられた。
泡立った彼女の髪に、そっとシャワーヘッドを向ける。
「お客様、髪をお流しまーす」
「へ?」
きょとんとした顔のままのトゥヴァ。その一瞬後。
「きゃぁあ!! つっ、つめたーい!!」
跳ねるように身を縮め、ぎゅっと頭を守るポーズ。
私はシャワーの温度を冷水から温水へ切り替えた。
可愛い反応を見ていると、つい構いたくなってしまう。
「ごめんごめん……」
笑いながら言う私に、トゥヴァは顔を伏せたまま怒りをぶつけてくる。
「もぉおおお!!」
その背に、私は手を伸ばした。
「リンスはした? 私がしてあげるよ」
「いいよもう、論外だわ!しなくていいって!」
そう言いながらも、私はリンスを手に取り、しっかりと手になじませる。
「ちょっと、ねぇ!? 私の話聞いてた? セラ? ねぇ?」
反論を無視して、私は背後からトゥヴァの頭をそっと抱え込む。
「お客様、じっとしててくださいね〜?」
リンスを髪に優しく揉み込み、丁寧に指先を動かす。
トゥヴァの頭は、まるで首の座っていない人形のように、私の手の動きに合わせてゆらゆらと揺れた。
「痒いところはございませんか〜?」
「ん~~…」
返事とも言えないその声に、私はくすりと笑った。
シャワーヘッドを再び手に取り、リンスを流す。
泡が落ちると、つややかな髪が指に絡みつくように滑っていく。
シャワーを止めると、ふいにトゥヴァがぽつりと呟いた。
「あ、ありがとう……」
「ん、どういたしまして」
その後も少しの間、じっとこちらを見つめる彼女。
あれ、まだ何かある? そう思って問いかける。
「……身体も洗ってあげたほうがいい?」
「そ、それは自分でするからいい! もぅ!」
あらら、違ったみたい。
苦笑いを浮かべていると、隣から声がした。
「セラ、私の髪もいいかしら?」
セリスだった。
泡立った長い髪を、少し傾けて私に向ける。
「ん、いいよ。もうちょっと待っててね」
私はトゥヴァから離れ、セリスの髪に指を通す。
サラサラと流れる絹のような手触り――洗い甲斐がある。
その様子を眺めていたトゥヴァがぽつりと尋ねた。
「……セラって、髪の長い子が好きなの?」
その言葉の意図が、すぐにはわからなかった。
セリスも、ちらりとこちらに視線を送る。
「え、好きっていうか……なんか、セリスが……」
言葉がふわふわして自分でも焦る。
「好きとかそんなんじゃなくて! ただ、私には無理っていうか、長い髪って大変そうだしさ!」
早口になる私に、セリスはやんわりと微笑む。
「ふふっ」
「え、なに? 私なんか変なこと言った?」
「ふーん?」とトゥヴァが意地悪く目を細めた。




