立ち上がる
セリスの手が、胸元をそっと撫で下ろすのが見えた。
彼女の動きは穏やかで落ち着いて見えたが、その仕草に微かに震えるような呼吸が宿っていた。
「ふぅ……」
静かに息を吐く。
その表情からは伺えなかったが――心配してくれていた。
目の前で、自分が空中から真っ逆さまに墜落していくのを見たのだから。
「また、入院するのかと思っちゃった」
セリスの声が柔らかく響いた。
その一言に、心がぎゅっとなる。
落ち着いているように見える彼女も、内心ではきっと震えていたのだ。
「入院生活は懲り懲りだってば」
そう言って笑ってみせたが、心からの笑みではない。
無様に落ちたあの瞬間を、早く忘れてしまいたかった。
恥ずかしさを紛らわせるように、空気を振り払いたかった。
――けれど、周囲はそれを教訓として見ていた。
あの落下を支えたのは、アームギアの衝撃吸収機能。
神代兵装の性能が証明されたことでもあった。
無言の視線が、あちこちから突き刺さる。
居心地の悪さに、思わず足が動く。
言葉もなく、その場から早足で離れた。
背後では、レッグギアの駆動音が慌ただしく鳴る。
トゥヴァが、こちらを追うように付いてきていた。
双子のゼナとロナが小声で話すのが聞こえる。
「失敗は成功のもとだよ」
「飛んでるだけでもすごいんだから」
口を揃えたその言葉が、余計に胸を刺す。
悔しさと恥ずかしさをどうにか拭い去りたくて、私は両手で自分の頬を――
ぱちん。
「いたっ……」
思わず声が出た。
すごく痛い。本気で叩きすぎた。
セリスが、不思議そうにこちらを見る。
「セラ、これ……夢じゃないわよ?」
「……わかってるってば」
恥ずかしさを隠すように答えたが声は少し上ずっていた。
そこへ、トゥヴァがようやく追いついてくる。
眉をひそめ、眉尻が少し下がっている。怒っているような、それでいて戸惑っているような表情。
「なんで……頭をぶつけたのに、顔を叩いてるのよ? 論外だと思うんだけど……」
その口調はいつもよりずっと優しかった。
気を使ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
「……っ」
何も言えず、視線が泳ぐ。
照れ隠しに、わざとらしく腕を回し、準備運動を始めた。
無視されたと受け取ったのか、トゥヴァはプンプンと頬を膨らませる。
でも、それも心配してくれてのことだと分かっていた。
私は――胸の奥のざわつきを静めるように、深く息を吸った。
吐いて、また吸って。
気持ちを落ち着けて、次へと進む。
負けていられない。
飛ぶということに、真正面から向き合う。