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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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墜落

 



 ドンッ。





 乾いた音が地を叩いた。





 何が起きたのか、一瞬、理解が追いつかなかった。




 視界は真っ暗で、音も消え、ただ床に叩きつけられた感覚だけが残っていた。




 ……痛くない。

 それが、逆に不気味だった。




 ゆっくりと目を開けると、冷たい床に這いつくばる自分の姿が視界に映った。



 手足は重く、反応が鈍い。だが、動く。生きている。



 目の前には、地面に座り込んだセリスがいた。



 柔らかな光を纏ったようなその顔が、こちらをじっと見つめている。



「大丈夫? セラ」


 その声に、かすかに震えた息を返す。


「……わたし、何が……?」



 ゆっくりと、床に手をついて体を起こす。


 身体は無事だった。どこも折れていないし、血も出ていない。




 辺りを見渡すと、トゥヴァがいた。

 少し距離を取りながらも、目を見開いて私を見ている。



 他の訓練生たちも、口をつぐんでこちらを伺っていた。




 全員、落下の瞬間を見ていたのだ。



「セラ、バランス崩して――真っ逆さまに落ちたのよ」

 セリスが静かに言った。


「し、死んじゃったかと思った……!」

 トゥヴァが、肩を強ばらせたまま口を開いた。




 自分が落ちた、という実感が少しずつ湧いてくる。

 そうか、私は飛行中に、バランスを崩して……。



 頭から落下。――普通なら、無事では済まない。



 だが、私の身体は何ともなかった。まるで漫画の中の超人のように。



 そんなばかばかしい考えが頭をよぎり、無理にでも気持ちを切り替えようと笑ってみせた。


「へへっ……大丈夫、大丈夫……」


 だが、そんな軽い冗談を許す空気ではなかった。



 背後から響いたのは、重く鋭い声。




「無事のようだな」


 振り返ると、カティナ教官が静かに立っていた。

 隣には、ノルド。


「空中でバランスを崩し、前転するように回転しながら頭から落下……普通なら死んでいたかもしれん」



 教官の声は冷静だった。だが、言葉の端に微かな安堵が混じっていた。



「腕輪の防護機能の影響かもしれん」


 横で聞いていたノルド所長は満足げにうなずいていた。



 しかし、カティナ教官はその顔を見据えたまま言葉を続けた。



「……こうも失敗が続けば、事故や怪我、最悪死亡事故にも繋がる。何とかならないか?」



 ノルドは一瞬だけ、苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻って応じた。




「こういった試みは、前例のないものだ。手探りの状況下でこそ、こうした“声”が貴重になる。現場での体験が次へと繋がる」




 一見楽観的だが、開発者としての確信を感じさせる言葉だった。



 教官は一度だけ頷き、そしてこちらを見た。



 その視線に、思わず背筋が伸びる。


「無事で何よりだ、セラ。飛行を恐れず、引き続き励むように」



 ――セラ。


 あのカティナ教官が……私の名前を、呼んだ。




 信じられず、呆然とした。

 呼ばれただけで、こんなにも気持ちが高まるとは。



 嬉しかった。


 そんな些細なことに心が動く自分が、少し可笑しかった。



「……セラ」



 差し出された手に目を移す。

 セリスが、微笑んで立っていた。


 その手を、そっと取った。



「よかったわ」

 ふふっと笑う彼女の声が、胸の奥まで染み渡ってきた。

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