墜落
ドンッ。
乾いた音が地を叩いた。
何が起きたのか、一瞬、理解が追いつかなかった。
視界は真っ暗で、音も消え、ただ床に叩きつけられた感覚だけが残っていた。
……痛くない。
それが、逆に不気味だった。
ゆっくりと目を開けると、冷たい床に這いつくばる自分の姿が視界に映った。
手足は重く、反応が鈍い。だが、動く。生きている。
目の前には、地面に座り込んだセリスがいた。
柔らかな光を纏ったようなその顔が、こちらをじっと見つめている。
「大丈夫? セラ」
その声に、かすかに震えた息を返す。
「……わたし、何が……?」
ゆっくりと、床に手をついて体を起こす。
身体は無事だった。どこも折れていないし、血も出ていない。
辺りを見渡すと、トゥヴァがいた。
少し距離を取りながらも、目を見開いて私を見ている。
他の訓練生たちも、口をつぐんでこちらを伺っていた。
全員、落下の瞬間を見ていたのだ。
「セラ、バランス崩して――真っ逆さまに落ちたのよ」
セリスが静かに言った。
「し、死んじゃったかと思った……!」
トゥヴァが、肩を強ばらせたまま口を開いた。
自分が落ちた、という実感が少しずつ湧いてくる。
そうか、私は飛行中に、バランスを崩して……。
頭から落下。――普通なら、無事では済まない。
だが、私の身体は何ともなかった。まるで漫画の中の超人のように。
そんなばかばかしい考えが頭をよぎり、無理にでも気持ちを切り替えようと笑ってみせた。
「へへっ……大丈夫、大丈夫……」
だが、そんな軽い冗談を許す空気ではなかった。
背後から響いたのは、重く鋭い声。
「無事のようだな」
振り返ると、カティナ教官が静かに立っていた。
隣には、ノルド。
「空中でバランスを崩し、前転するように回転しながら頭から落下……普通なら死んでいたかもしれん」
教官の声は冷静だった。だが、言葉の端に微かな安堵が混じっていた。
「腕輪の防護機能の影響かもしれん」
横で聞いていたノルド所長は満足げにうなずいていた。
しかし、カティナ教官はその顔を見据えたまま言葉を続けた。
「……こうも失敗が続けば、事故や怪我、最悪死亡事故にも繋がる。何とかならないか?」
ノルドは一瞬だけ、苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻って応じた。
「こういった試みは、前例のないものだ。手探りの状況下でこそ、こうした“声”が貴重になる。現場での体験が次へと繋がる」
一見楽観的だが、開発者としての確信を感じさせる言葉だった。
教官は一度だけ頷き、そしてこちらを見た。
その視線に、思わず背筋が伸びる。
「無事で何よりだ、セラ。飛行を恐れず、引き続き励むように」
――セラ。
あのカティナ教官が……私の名前を、呼んだ。
信じられず、呆然とした。
呼ばれただけで、こんなにも気持ちが高まるとは。
嬉しかった。
そんな些細なことに心が動く自分が、少し可笑しかった。
「……セラ」
差し出された手に目を移す。
セリスが、微笑んで立っていた。
その手を、そっと取った。
「よかったわ」
ふふっと笑う彼女の声が、胸の奥まで染み渡ってきた。