その足はまだ、地を離れたばかり
一呼吸、間を置いてから。
セリスの身体が――ふわりと、浮いた。
両足の兵装から、熱を帯びた空気が「シュウ…」という音と共に吐き出され、彼女の体を柔らかく持ち上げる。
脚のバランスを微調整しながら、体勢を安定させていく。
これは……体幹だ。
見た瞬間、私の頭に言葉が浮かんだ。
上半身の姿勢を保ち、下半身で支えをコントロールする――まるで二つの不安定な球の上に立っているような感覚。
……いや、実際にどういう状態なのかなんて、わからない。けれど、それでも彼女は滞空している。
足の側面や下部、複数の推進ノズルを自ら調節してバランスをとっているのがわかった。
左右、前後、微細な出力の変化で――まるでそれを“知っていたかのように”。
「……!」
ノルド所長が思わず声を上げた。
彼の口元には驚きと、抑えきれない歓喜の色が浮かんでいた。
周囲の視線が、一斉にセリスに注がれる。
その視線を意に介することもなく、セリスはふわりと高度を落とし、静かに、しなやかに――着地した。
ガチャン。
機構音と共に地に降りると、こちらを向いて、柔らかく微笑む。
「できちゃった」
当たり前のように、そう言った。
……ほんとに、一発でできるなんて。
私はトゥヴァと並んで、息を呑んでいた。
飛べる――そのことが証明された瞬間だった。
だからこそ、次は“私たちの番”になる。
そこから始まったのは、試行錯誤の嵐だった。
誰もがセリスのようにはいかない。
悲鳴が上がり、踏ん張る声が響き、諦めのような独り言すら聞こえてくる。
片足しか浮かず、傾いて倒れる者。
開脚しすぎて股関節が悲鳴を上げる者。
錐揉み回転しながら宙を舞い、地面に叩きつけられる者。
天井めがけて一直線に飛んでいく者――
奇跡的に怪我人や死亡事故が出ていないことが、もはや不思議なほどだった。
「うう…ぐっ、ちょ、待てぇ……!」
地面を這い、転がり、むせびながらうめき声を漏らしているのは、トゥヴァだった。
推進装置に“振り回されている”と言った方が正確かもしれない。
私も、何度も転びながら、わかってきた気がしていた。
左右前後――その制御のコツが要る。
補助舵も見て、理屈はわかっているつもり。
でも、体がついてこない。
思ったように動けない。
……ならば、焦らず、少しずつ。
ゆっくり――
少しずつ――
そう意識して、私は静かに息を吐いた。
そして。
ふわり、と。
私の身体が、わずかに地面を離れた。