余白
昼休憩に話すには――全然足りなかった。
さっきのトゥヴァの話から察するに、私は入院していた母から“あの書類”のことを聞いていない。あの時、見舞いに行ったときに彼女がぎこちなく笑って、何かを誤魔化したように話を逸らしたのは、あれだったのだろう。
……なんだ、そんなことだったのか。
私は心の奥で、ぽつんと小さくつぶやいた。
親に捨てられた――そんな言葉が、思い浮かんだ。
いとも簡単に、私は金に換えられただけだったのか。
「外で遊んできなさい」と言われて追い出されたあの日も。
行く当てもなく彷徨って帰れば、他人の前では“保護者”の顔をしていた母。
形だけを取り繕っていたのは、母だけじゃない。
それを受け入れていた私も、きっと、同じだった。
最初から……私は、邪魔だったのかもしれない。
今さら、考えたって遅いのに。
私は無言のまま、トゥヴァの手を引いた。集合場所へ向かって歩く足音が響く。
彼女の目は赤く腫れ、頬には涙の痕がまだ残っていた。顔を伏せがちにして、何かを噛みしめているように見えた。
「ほら、急がないと。教官に、また罰を科せられちゃうよ」
小さく笑って言うと、彼女はかすかに頷いた。
「……うん」
その返事には、まだ涙の余韻が残っていたけれど――どこか、少しだけ前に進めたような、そんな気がした。




