休憩のひととき
軋むような体に鞭打つようにして、私はようやく体を動かした。
無意識に足が向いた先は、給水のテーブル。
手に取ったコップはひんやりとしていて、まるでその冷たさだけで生き返るような気さえした。
喉の奥へと水を流し込む。
ごく、こく、こく……
一気に飲み干すと、ほんのひととき、身体の隅々まで沁みわたる感覚が走った。
今はもう、トレーニングの時間じゃない。
この水分補給にすら罰則が付きまとう、そんな緊張の時間は終わったのだ。
空になったコップを覗き込むと、最後の一滴が底に残っていた。
名残惜しく、コップを逆さにしてその一滴を口へと落とす。
「……はぁ、疲れた」
心の底から、そうつぶやいた。
隣ではセリスも水を手にしていた。
彼女は口をそっとつけて、一口、また一口と静かに水を喉に流す。
その所作はどこか品があって、飲み終えたあとも微笑むように口元を拭っていた。
と、突然――
「ちょっと!? や、ダメ、それ飲みすぎ――!」
周囲から戸惑いの声が上がる。
振り返ると、そこにはオルエの姿があった。
両手にコップを持ち、次々と水をあおっている。まるで必死に水を吸い上げる貯水タンクのように。
「うぅ……ぷはっ……まだ飲める……」
周囲の皆が慌てて止めにかかるが、それすら気づいていないかのような必死の形相で水を求め続けていた。
「……あははっ」
思わず苦笑が漏れる。
セリスもまた、少し離れたところから、興味深そうに彼女を見つめていた。
「わたしにも……水を……ちょうだい……」
かすれた声が背後から届いた。
トゥヴァだった。
その歩き方は、歩くというより、足の震えに任せて前へ進んでいるようなもの。
一歩一歩が今にも崩れそうで、見る側が不安になるほどだった。
「はい、どうぞ」
セリスは手に持っていた自分のコップを、さっと差し出した。
「ん? あれ……?」
私は一瞬、首をかしげた。
――セリス、さっき飲み干してなかったっけ?
ということは、そのコップ……。
「ちょ、ちょっと待って……それ……!」
「間接キスじゃんっ!!」
心の声が口から出るより早く、トゥヴァはコップを受け取り、一気に飲み干していた。
彼女の喉が鳴る。満足げな顔。けれど、私の手はとっさに伸びていた。
「まっ!!?」
反射的な動きに驚いたのか、トゥヴァはびくりと肩を震わせ、一歩後ずさる。
だが、その足はとうに限界を迎えていた。
――ぐしゃっ。
「きゃっ!」
足がもつれて、彼女はそのまま尻もちをついた。
コップが揺れ、中に残っていた水が跳ねて――顔に直撃。
びしゃっ、と音を立てて、トゥヴァの前髪が濡れた。
「な、なによ! もぉーーっ!」
ぷるぷると震えながら、地べたから怒声を上げる。
「ご、ごめん……!」
私が慌てて駆け寄ろうとすると、セリスはやはり、どこか楽しげな笑みを浮かべてその一部始終を見ていた。
「……はは」
私は苦笑いを浮かべながら、トゥヴァに手を差し伸べる。
彼女は渋々といった顔で手を掴み、引き上げられた。
手から空のコップを受け取り、代わりに水の入った新しいものを渡す。
「……突然なにするのよ、論外っ!!」
ぷいっと横を向いて、ぷんすかと怒るトゥヴァ。
そのタイミングで、アナウンスが流れた。
――午前の食事の配給を開始します。食堂へお越しください。
ざわりと空気が動く。
皆、ひとりまたひとりと立ち上がり、食堂へと歩を進めていく。