午前の終わり
それからは基礎トレーニングの時間だった。
腕立て伏せ、スクワット、体幹――
どれも地味ながら、確実に体力を削ってくる項目ばかり。
初めは、まだ余裕があった。
ランニングのあとのクールダウンのような気持ちで、自分のペースを保ちながらこなしていた。
だけど、すぐに分かった。
これもまた、“積み重ね”の罠だと。
じわじわと体が重たくなり、関節はきしみ、筋肉は鉛のように動かなくなる。
自由のきいた身体は、いつの間にか自分の命令に反応しなくなっていた。
「ハァ、ハァ……」
口から漏れるのは、もう言葉ではなかった。
酸素を求めて喘ぐような息だけが、かろうじて“頑張ってる”という証のように響く。
最初のランニングと比べれば、まだマシかもしれない。
けれど、消耗した身体にとっては、それもまた拷問に近かった。
「なんで私が、こんな……」
そう思った。
でも、きっと皆も同じことを思ってる。
口には出さないだけ。
もし弱音を吐けば、あのカティナ教官の冷徹な声が飛んでくる。そんな気がしていた。
周囲からは、呻き声とも嘆きともつかない音が漏れている。
皆、限界の一歩手前で、懸命に体を動かしていた。
時間の感覚は、もうなかった。
無機質な空間。灰色の床。寒々しい壁。
気づけば、始まりから五時間。
二度のわずかな休憩を挟み、時計の針はもう10時を指していた。
そして、ようやく――
カティナ教官が腕時計を見て、鋭く声を上げる。
「トレーニング、終了。食事の時間だ。十二時半には、再びここに集合すること。以上」
その瞬間、周囲はまるで糸が切れたようだった。
「うあああああ……終わったああああ……」
「もうムリ……二度と起き上がれない……」
地面に突っ伏す者、叫ぶ者、放心したように空を仰ぐ者。
それぞれが、それぞれの方法で「解放」を噛み締めていた。
私も、思わず声が漏れる。
「終わった……」
地面に手をついたまま、呼吸を整える。
全身が震え、筋肉が悲鳴をあげていた。
トゥヴァを見ると、もはや死んだように地面に伏せていた。
微かに胸が上下していることで、かろうじて生きていると分かる程度。
それ以外は、まったく動かない。
そして――セリス。
彼女だけは、どこか別世界の住人のようだった。
姿勢を崩すことなく、髪を整えながらひと息ついている。
表情には、辛さのかけらもない。
視線が合う。
彼女は、ふふっと笑った。
柔らかく、優しい笑みだった。
「セラ?どうだった?疲れた?」
差し伸べられた手に、私は自然と手を伸ばす。
引き上げられながら、苦笑いを浮かべた。
「……身体中が悲鳴をあげてるよ」
それが、嘘偽りのない感想だった。
セリスは笑みを崩さず、言った。
「私は、なんだか楽しくって」
――この余裕。
なんだか、負けた気がした。
私はもう一度、大きく息を吸って、吐いた。
踏ん張る。まだ、私も立っている。
すると、セリスがトゥヴァの方を向いて声をかけた。
「トゥヴァちゃん?」
返ってきたのは、かすれた唸り声。
「うぅ……ぁぁ……」
まるでゾンビのようだった。
トゥヴァは、地面にへばりついたまま、もぞもぞと体を動かしていた。
顔は伏せたまま、指だけがかすかに動いている。




