足を進めて
五周。思ったより、あっという間だった。
走り切った者たちが、思い思いの姿勢で呼吸を整えている。地面に座り込む者、膝に手をつく者、ぼんやりと天井を仰ぐ者もいた。
その中で、セリス――彼女だけは静かに、そして当たり前のように柔軟を始めていた。
足を肩幅に開き、深く体を折り、静かに吐く息。
動じた様子もなく、まるで今しがたの5周が“準備”であったかのような穏やかさだった。
私はその様子を横目に、地面に目を落とし、大きく息を吐いた。
体の芯から湯気が立ち上っているような気がした。
肌にこびりついた汗と熱気、湿った空気がじわりと肌を包む。
額から汗が一筋、ポタリと地に落ちる。
それを拭う余裕すらなく、手の甲でなんとなく払っただけだった。
インナーが肌に張りついている。色も濃く変わっていて、自分でも気づくほど。
足が小刻みに震えていた。痙攣のように、筋肉がピクピクと反応している。
一歩動かすだけでも苦労しそうだった。
――そうだ、私は病院で寝込んでいた。
忘れかけていたけど、まだ体は完全じゃない。
これは……筋肉痛、確定かもしれない。
参ったな。
でも、トゥヴァのペースに合わせてたから、まだマシだったのかも……。
いや、あまり変わらないかもしれない。どのみち全身が悲鳴を上げている。
横に目をやると、トゥヴァが膝に手をつき、全身で呼吸をしていた。
口を開け、肩を大きく上下させ、まるで壊れた機械のように動きを止めている。
髪も頬も、濡れて光っていた。
あれだけ堂々としていた彼女が、汗を拭くことすら忘れて、ただうつむいていた。
まるで……足が棒のようになって動かなくなったかのように。
「ほら、歩くよ」
私は声をかけた。
彼女は顔を上げた。
それはまるで、「まだ走るの?」とでも言いたげな目だった。
「……もぅ、むり。やだ……足、動かない。もう終わったでしょ……?」
苦しげに吐き出したその声。
わかってる。わかってるけど。
私は無言で、手を差し出した。
トゥヴァは、その手を睨んだ。
怒っているわけではない。悔しいのだろう。情けない自分が、悔しくてたまらないのだろう。
その顔は赤く火照り、呼吸はまだ荒い。
それでも――
彼女は観念したように、私の手を掴んだ。
指が、思ったよりもしっかりと力を込めていた。
私はその手を引いた。
すると、彼女の足が、一歩、踏み出す。
まるで生まれたての子牛のような、頼りなくぎこちない足取りだった。
それでも、確かに前に進んだ。
「ほら? 歩ける、歩ける」
私は笑う。
彼女の足元はまだ不安定だけれど、止まっていない。
それが、何よりも大事なことだった。
周囲を見れば、まだ四割ほどの生徒たちが走っていた。
その数も、少しずつ減っていく。
最後まで残るのは――オルエと、水分補給を多く取ってしまった子たちだろう。
けれど今、私たちはもう走っていない。
それだけで、少しだけ勝ったような気がした。
この足はまだ動く。
そう思えるだけで、今日の朝は――少しだけ、いい朝だった。