隣に並ぶということ
どこかで合図があったわけでもなく、全員がばらばらに走り出した。
押し合うようにして、でもどこか遠慮しながら、ばらけていく足音。
私はリズムよく地面を蹴っていた。
2周目、3周目と、息は乱れない。フォームも崩れていない。
ただ無心に――それだけを意識して、前へ、前へと足を出していく。
その少し後ろに、必死の呼吸音がついてくる。
トゥヴァだ。
小さな肩が上下に揺れ、口を開けて荒い息を吐いている。
声を出す余裕は、もうとっくにないのだろう。
「無理についてこなくていいのに……」
そう思ったけれど、口には出さなかった。
私はほんのわずかにペースを落とす。彼女が離れないように。
喋れば呼吸が乱れる。だから、何も言わない。
けれど、私は知っていた――彼女が何を感じて、何を見て、今ここで走っているのか。
かつての私も、そうだったから。
私は、いつだってリリィの隣に並ぼうとした。
けれど、どれだけ近付いても、彼女はまた一歩――いや、二歩、前を走っている。
手を伸ばせば届きそうで、届かない。追いかけても、追いかけても、背中は遠かった。
そして、彼女は振り返る。
あの綺麗な瞳で、静かに、けれど確かに言ってくる。
「ここに来て」と。
「追いついて」と。
努力は裏切らない。積み重ねは、必ず力になる。
そう信じていた。でも――時として、それらを軽々と凌ぐものがある。
才能。特別。
それに気づいて、誰かは限界を感じて、立ち止まったのかもしれない。
でも私は、それでも振り返ってくれるあの瞳に、どうしても目を逸らせなかった。
あの光に、吸い込まれていった。そうなるように、生まれたように。
前方で、セリス――リリィが最後の一周に入った。
風を切るような速さ。誰も、彼女には並べない。
私はまだ3周半。
「ほら、あともう一周、頑張ろ……」
息を整えながら、トゥヴァに声をかける。
彼女は目を合わせるが、返事にはならなかった。
「むりぃ……」
呻くようにこぼしながら、それでも足を前に出す。
もつれそうになりながらも、彼女は――トゥヴァが、諦めずについてきている。
頑張ってるんだ。間違いなく。
その時、場に響き渡る怒声が飛んだ。
「貴様、未だに2周目で水分補給が2杯目だな!更に2周追加だ!!歩きながら飲むな!走れ!!」
鋭く、容赦のないカティナ教官の声。
その対象は、少し離れた位置にいるオルエだった。
手にした紙コップの水を、ごくごくと喉に流し込みながら、不格好なフォームで走っている。
顔を真っ赤にして、息も絶え絶えだ。
彼女のリズムは崩れている。走り方も雑で、ただ前に進むためだけの動作になっていた。
不憫だと思う。
でも、どうしようもない。
誰も彼女に手を貸さない。水分補給が、むしろ苦痛を長引かせる結果になることは、誰よりもオルエ自身がわかっているはずだった。
5周のはずが、彼女は9周を走らなければならなくなっていた。
……考えたくもない。
「がんばってね、オルエ……」
心の中でそっと呟く。
視線を戻すと、まだ私の隣にトゥヴァがいる。
全身を振り絞るような足取り。
でも、確かに前へ、私のすぐ隣に並ぼうとしている。
私は再び、地を蹴った。
ただ前を見て、呼吸を整えて、あと少し、もう少しと走り続ける。