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神を殺した世界にて  作者: ほてぽて林檎
第2部:その手はまだ繋がって
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朝のトレーニング

 


 集合場所に辿り着いたとき、私は思わず声を漏らしてしまった。




「なにここ……ひっろ……」



 言葉にしたところでどうにもならないけれど、それでも出ずにはいられなかった。




 広大な空間が目の前に広がっていた。まるで地上に出たかのように感じたが、ここは地下だという。空もなく、風もない。けれど、見渡す限りの広さに、どこか解放感すら感じてしまう。




 地下都市の街並みといえば、押し詰まった建物が並び、広い場所といえば校庭か公園程度だった。そんな感覚で育った私にとって、これは異質で、どこか夢のような景色だった。




「殺風景」と言えばたしかにその通りだ。でも、それが逆にすがすがしくすら思える。




 それにしても、人が多い。



 どこからこれだけの人が出てきたのだろう。


 ざっと見渡しても、100や200では利かない。私たちは一体、何人ここに集められているのか。



 ほどなくして、カティナ教官の声が響いた。

 ぴんと張り詰めた空気が一気に場を引き締める。



「全員揃ってるな。朝礼を始める!」




 威厳あるその声に、さすがに私も背筋を伸ばす。




「本日の目的は――朝のランニングだ!」




「内周は正方形、1周でおよそ2400メートル。それを5周走ってもらう!」




 周囲がどよめく。




「もちろん、水は用意してやる。が、私は言ったな。『私用を済ませて来い』と。体調管理の甘かったやつには罰として、追加で2周走ってもらう。いいな!」




「ひええ……」

「まじかよ……」


 声にならない嘆きがあちこちから漏れ聞こえてくる。




 私も思わず顔をしかめる。

 ――ゲゲゲ……って声が喉まで出かけた。



 嫌でも、やらなければ終わらない。

 そういう仕組みだと。



「準備運動しろ!走りきればいい!歩くやつは、太腿叩いてでも走れ!」



 教官は勢いよく柄を地面に突き立てる。



 その合図で、それぞれが動き始める。



 ストレッチを始める者、腕を回す者、静かに呼吸を整える者。空気がざわざわと動き出した。



 そんな中、セリスが教官の方へ手を挙げて声を上げた。



「あの、ウォーミングアップに少し走ってから準備運動をしたいのですけど……それでもいいですか?」



 いつも通りの、おっとりとした口調。けれど、芯の強さが言葉にあった。



 教官は短く答える。



「構わん。最初の10分は、歩いているやつがいても目を瞑ろう」




「ありがとうございます」




 セリスは振り返って、私たちに声をかけた。



「セラ、トゥヴァ、向かい側まで行きましょう」



 自然な調子でそう言って、軽く走り出す。

 私は慌ててその後を追い、トゥヴァも続いた――というより、追いすがるような勢いだった。



「む、向かい側!? 論外よ!!一キロ走って準備運動するつもり!? 頭おかしいんじゃないの!?」



 完全に叫びだった。

 けれど、セリスはいつもの涼しげな笑みのままだ。



「ええ」


 それしか言わない。

 あまりにもあっさりと、爽やかに肯定するので、逆に何も言い返せなくなる。



 私は、走りながら心の中で思う。

 ――ああ、これこれ。これがリリィなんだ。



 体を動かすこと使うことに関して、この子は理屈じゃない。感覚でしかものを言わない。

 しかもその感覚が抜群に当たっているから始末が悪い。



 そして悲しいことに、私はその感覚派の波をモロに受けた。


 もはや私も、同じような感覚派になってしまった。わかってる。自覚はある。セリスのせいで、すっかり影響されてしまったのだ。



 セリスは軽やかに走りながら言う。



「走ってから準備運動をすると、体が軽くなるの」



 私はうなずきそうになるのをぐっと堪える。

 ――わかるよ、わかるけど!


 隣のトゥヴァは完全に納得していない顔をしていた。



 どこか遠い目で、うっすらと眉を寄せている。


 それでも私たちは、セリスのあとを追って走る。


 ……でも私は知ってる。


 準備運動を終えたセリスは、たぶん――いや、確実に――私たちを置いて走り去っていく。



 一緒に走れるのは最初の数分だけ。

 それは、何度も経験してきた私だけが知る事実。



 この広すぎる空間を走る。

 心拍を早め、体が熱を帯びていく。

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