朝のトレーニング
集合場所に辿り着いたとき、私は思わず声を漏らしてしまった。
「なにここ……ひっろ……」
言葉にしたところでどうにもならないけれど、それでも出ずにはいられなかった。
広大な空間が目の前に広がっていた。まるで地上に出たかのように感じたが、ここは地下だという。空もなく、風もない。けれど、見渡す限りの広さに、どこか解放感すら感じてしまう。
地下都市の街並みといえば、押し詰まった建物が並び、広い場所といえば校庭か公園程度だった。そんな感覚で育った私にとって、これは異質で、どこか夢のような景色だった。
「殺風景」と言えばたしかにその通りだ。でも、それが逆にすがすがしくすら思える。
それにしても、人が多い。
どこからこれだけの人が出てきたのだろう。
ざっと見渡しても、100や200では利かない。私たちは一体、何人ここに集められているのか。
ほどなくして、カティナ教官の声が響いた。
ぴんと張り詰めた空気が一気に場を引き締める。
「全員揃ってるな。朝礼を始める!」
威厳あるその声に、さすがに私も背筋を伸ばす。
「本日の目的は――朝のランニングだ!」
「内周は正方形、1周でおよそ2400メートル。それを5周走ってもらう!」
周囲がどよめく。
「もちろん、水は用意してやる。が、私は言ったな。『私用を済ませて来い』と。体調管理の甘かったやつには罰として、追加で2周走ってもらう。いいな!」
「ひええ……」
「まじかよ……」
声にならない嘆きがあちこちから漏れ聞こえてくる。
私も思わず顔をしかめる。
――ゲゲゲ……って声が喉まで出かけた。
嫌でも、やらなければ終わらない。
そういう仕組みだと。
「準備運動しろ!走りきればいい!歩くやつは、太腿叩いてでも走れ!」
教官は勢いよく柄を地面に突き立てる。
その合図で、それぞれが動き始める。
ストレッチを始める者、腕を回す者、静かに呼吸を整える者。空気がざわざわと動き出した。
そんな中、セリスが教官の方へ手を挙げて声を上げた。
「あの、ウォーミングアップに少し走ってから準備運動をしたいのですけど……それでもいいですか?」
いつも通りの、おっとりとした口調。けれど、芯の強さが言葉にあった。
教官は短く答える。
「構わん。最初の10分は、歩いているやつがいても目を瞑ろう」
「ありがとうございます」
セリスは振り返って、私たちに声をかけた。
「セラ、トゥヴァ、向かい側まで行きましょう」
自然な調子でそう言って、軽く走り出す。
私は慌ててその後を追い、トゥヴァも続いた――というより、追いすがるような勢いだった。
「む、向かい側!? 論外よ!!一キロ走って準備運動するつもり!? 頭おかしいんじゃないの!?」
完全に叫びだった。
けれど、セリスはいつもの涼しげな笑みのままだ。
「ええ」
それしか言わない。
あまりにもあっさりと、爽やかに肯定するので、逆に何も言い返せなくなる。
私は、走りながら心の中で思う。
――ああ、これこれ。これがリリィなんだ。
体を動かすこと使うことに関して、この子は理屈じゃない。感覚でしかものを言わない。
しかもその感覚が抜群に当たっているから始末が悪い。
そして悲しいことに、私はその感覚派の波をモロに受けた。
もはや私も、同じような感覚派になってしまった。わかってる。自覚はある。セリスのせいで、すっかり影響されてしまったのだ。
セリスは軽やかに走りながら言う。
「走ってから準備運動をすると、体が軽くなるの」
私はうなずきそうになるのをぐっと堪える。
――わかるよ、わかるけど!
隣のトゥヴァは完全に納得していない顔をしていた。
どこか遠い目で、うっすらと眉を寄せている。
それでも私たちは、セリスのあとを追って走る。
……でも私は知ってる。
準備運動を終えたセリスは、たぶん――いや、確実に――私たちを置いて走り去っていく。
一緒に走れるのは最初の数分だけ。
それは、何度も経験してきた私だけが知る事実。
この広すぎる空間を走る。
心拍を早め、体が熱を帯びていく。