水の魔法
お久しぶりです。
以前の投稿から1年弱過ぎてしまいました。
書き溜めてから投稿しようと考えていましたが、思ったより溜まらなかったし、遅筆に拍車がかかりました。
なるべく定期的に投稿できるように頑張りたいです。
魔法の授業の続きからとなります。
―――ピェスカーネ学院、大講堂
「さてさて……次は、我らが講師陣であるアリス・ルリユールが優雅な水の魔法を見せてくれるぞ」
マシューが声高らかにアリスの名を呼ぶ。アリスが杖を持った右手を掲げるとその杖先に巨大な水球が形成される。
「『揺蕩う水よ、泡沫よ、我らに祝福を授けたまえ』」
巨大な水球が弾けたかと思えば、先程の炎の熱気が残る大講堂内の気温が一気に心地よい温度へと下がった。
「さて、皆さんこんにちは。普段は魔法薬草学を担当しているアリス・ルリユールです。今日は水の魔法の講師としてここに立ちますね」
清浄な澄んだ空気となった大講堂に響く鈴のような声。誰もが皆アリスに注目する。高等部三年の生徒達が目を丸くしているのを見て微笑するアリス。普段は魔法薬草学を担当している為に、まさかここまで水の魔法に長けているとは思っていなかったのだろう。
「水の魔法は基本的に範囲が広く、効果が持続しやすい点が特徴なのは知っていますね?だから街中で使用は厳禁です、この魔法障壁を完璧に貼ってある大講堂だからこそできるんですよ。先程の炎魔法の数々や、こういった強大な水魔法を放つことも出来るんですよ」
「『逆巻く怒濤よ、疾風よ、汝の敵を押し流せ』」
途端、大量の水と暴風が講堂内を襲う。授業席は強力な魔法障壁が発動し、講師陣達は完璧に魔法障壁を張って防いでいる。
「……恐ろしかったでしょう?生物は皆海から生まれたというのに、私達は水中では、殆ど無力です。特にネコ科の方は泳げない者が殆どでしょう。そもそも泳げる種族は珍しいですから。何も出来ずに倒されることもあるのが水魔法の恐ろしいところです」
コクコクと頷いてアリスの魔法に感動するものや、ポカンと口を開けて驚愕するもの……様々である。
「魔法として生成した水は先程説明のあった魔法火同様、恐怖によって相手へのダメージと換算されます。水量と比例して魔力を一気に使うので決して無茶は禁物ですけどね」
クスッと笑うアリス。魔力を使いすぎるから禁物という言葉とは裏腹に強大な魔法を連続して使用している。
「魔法属性を持つ場合、実体を自在に操れるのも同様です、ほら」
グラスの水を蝶に変えてヒラヒラと舞わせている。美しく、儚いその姿に見惚れていた生徒の一人の手に蝶が止まろうとした瞬間……水になってしまった。
「水は姿を変える不思議な存在……、鍛えれば氷魔法も放つことができるようになるけれど、本物の氷魔法士には敵わないから下手に放たないように」
そういうと、杖先から氷の花が咲いた。しかし、キラキラと煌めく氷の花は一瞬で散ってしまう。
「やっぱり氷は難しいですね……水球ならいくらでも作ることができるのですが」
そう言うとアリスは小さな水球を出現させ、お手玉のように転がして遊んでいる。
「ただ……、水は絶えず変化している物なので簡単に崩れてしまいます」
水球を空中に放るとパシャン、と水音を立てて水球は形を崩し、霧になってしまった。うふふと口に手を当てて柔らかく笑うアリスの秘める魔力に生徒たちは息を呑む。
「水の精霊も勿論呼び出せます。ただ……使い方を間違えると、水難事故などになりかねないので知識のない者は使ってはいけません」
「『小さき水の精霊よ、我が召喚に応じたまえ』」
そう唱えると小さな馬の形をした精霊が現れた。精霊は飛び跳ねてアリスの周りをクルクルしながらはしゃいでいる。アリスはその様子を微笑んで見つめつつ、説明する。
「この精霊は成長すればケルピーという非常に高位の精霊……あるいは水魔になります。そもそも召喚というのが、使用者の魔力に応じた精霊が召喚者の魔力を使用するという条件の下に召喚される為、理由もなく無闇に精霊召喚するのは自傷行為に等しいです。ですから、精霊召喚は上級魔法士として認定されてから使うようにしましょう」
はっきりとした声で言うと水の精は嬉しそうに跳ねた後姿を消してしまう。
「さて……最後に水の最上位魔法についてお話しします。炎の最上位魔法が天候操作、では水の魔法も同じく天候操作なのか?という疑問を持った思考力を持った君達は、非常に賢いです。干ばつがあまりにも続いた地域で、とある1人の魔法士が、魔力全てを使用し、文字通り命をかけて天候を変えたのです。恵みの雨が降り、国は再び生きる力を取り戻しました」
なーんだ、という顔をする生意気な生徒を横目に、アリスは声を低くして続ける。
「……しかし、その恵みの雨を降らせる水の最上位魔法が、幾つもの脚色をされ、儀式さえ行えば雨が降ると誤解されるようになってしまったのです。いくつかの時代を経て、再び干ばつがこのカルニボアの地を襲った時、儀式は生贄を出すようになってしまったのです。そして、何人もの人が犠牲になりました」
アリスが俯き、沈痛な面持ちで伝承を語る。
「怒った偉大な水の魔法士の子孫は、水の精霊を思うがままに使役し、大水害を引き起こしたのです。これは歴史上でも珍しい、精霊に魅入られた魔法士……。その者は稀代の天才でもあり、この件で大罪魔法士の一人として名を残すこととなりました」
ノートを取る新入生、教科書に書き込む高等部生……その様子を見てアリスはクスクスと笑う。
「えぇ、そうね。この部分はカルニボア全史で習う出来事よ……、マシュ、んんッ。ライゼル先生のテストにきっと出るわ。しっかり覚えておきましょうね♪」
そういうと、華麗に一礼をした後、水煙と共に教壇から消え去る。マシューの名をそのまま呼びかけて、言い直すという彼女にしては珍しいミスをしたので、マシューのファンである女子生徒達が聞きとがめ、一瞬騒ついたものの、すかさずマシューが注目を奪う。アリスは一礼をすると舞台袖に隠れる。
「さぁ、アリス女史の解説で水魔法の優美さとその裏に潜む危険性は理解したな?先程のノア・ルテール水害はテストに出すから覚えておくことだ。次はリュコスの常春の園を管理せしハルツゲ家当主!植物魔法のエキスパート、イオリ・ハルツゲ様だ!」
謳い文句と共に教壇に上がるイオリを見届けてから、気配を消して音もなくマシューはアリスの元に駆けつける。
「おっと、やはり無茶をしていたな?アリス」
魔力切れを起こし、ふらついて危うく倒れかけるアリスをそっと支えるマシュー。
「……私自身が魔力切れを起こしてるところなんて生徒達どころか、外部からの講師陣の皆様にも見せられない」
冴えない顔色を片手で覆い、マシューに無意識に体重を預けるアリス。魔法士としてのプライド、教師としてのプライドが彼女を最後まで教壇に立たせていた。
「マシュー……、フォローありがとう」
じっとりとした汗を額に浮かべつつ、覇気のない顔で苦笑するアリスを見て、マシューは優しく微笑む。
「何言ってんだ……何年同僚やってると思ってんだよ、アリス。魔力限界くらい気づくしわかる……。
他の講師陣に並ぶのに張り切り過ぎだっつーの、君は充分すごい。なけなしだが魔力回復薬だ。落ち着いたら飲むといい、最低限行動できるくらいの魔力が回復できる。少々失礼するよ」
そう言ってアリスに小瓶を持たせる。
「ありがとう……ってちょっと、マシュー何を」
ヒョイと抱え上げたマシューの頭をポカポカとアリスが叩く。無論力が抜けているので全く痛く無い。
「ちょっ……叩くな叩くな。落ち着け、大講堂の休憩室連れてくだけだから!」
プイと顔を背けるとアリスは小瓶を傾ける。純度の高いその薬は魔素濃度の高い魔法草を使った手作りのものであった。生活魔法学の教師として生徒の前でよく作っている低濃度のものではなく、緊急時用のものである。
「あなたってホントに……ありがとう」
抜け目ない、そう言おうとした言葉をアリスは飲み込んで再び感謝の言葉を述べるのであった。
久々の投稿を読んでいただいた方、
大変ありがとうございました!
これからも遅筆ではありますが趣味として投稿していきたいと思います。