多忙なる一日
多忙なフォルテのお話。
―――ループス城、第二調理場
普段は使われない個人利用が可能な小さな調理場……いつしかそこは第二調理場と言われるようになった。
「……今日は、本当に。ほんとうにつかれました」
非常に深いため息を吐くフォルテを見てナトは苦笑を通り越して笑いたくなる。気の抜けた声で話す為、ナトは堪えきれずにクスクスと笑っていると、フォルテが萎れそうな顔で不服を訴える。
「珍しい、あなたが弱音なんて」
そう言ってナトはフォルテにコンポートを差し出す。フォルテは断る気力もなく目の前に皿を出され、自然と口に運んでいた。
「熱っ……はふ、はふいでふ」
ハフハフと頬張ってからその熱さに悶えている。そんな彼を見て吹き出すナト。
「悪い悪い、まさかいきなり食べるとは思わなくてな」
フォルテはようやく飲み込むと、ポツポツと話し始めた。
―――昼、ヴェラの執務室
「……この通りです。どうか、イツキ・キサラギを私に指導させて下さい」
イツキの過去と現在の境遇を話し終えたブレンが、ヴェラの執務机の前でフォルテ同様にヴェラに対しても土下座をしていた。
「顔を上げてください。ブレン団長、あなたは立場あるお方……私よりも長く生き、その行為の決意の重さや意味も深く理解していることでしょう」
ヴェラが凛とした面持ちでブレンに声をかける。
「しかし、いくら私が今の話を信じようとも、この立場である限り、キサラギ氏には何かしらの懲罰が無いと、多方面に影響が出ます」
落ち着いた声で冷静に状況を説明を続けるヴェラ。
「表向きには、今回の侵入者、イツキ・キサラギをループス城への当面の出入り禁止します。私としては、ブレン団長の提案通り、イツキを鍛えて構いません。キサラギ家の分家に関しては、父と相談の後イツキを引き取らせてもらうように交渉致します」
ブレンは感心していた。その昔、剣を振るいたいと遊びに来ていた小さな少女は、ループス城での素晴らしい教育の果てに立派な領主として成長を遂げているのか、と。
「大変感謝申し上げます、ヴェラ様」
フォルテもスラスラと言葉を紡ぐヴェラに感心しつつ、イツキ拿捕の連絡を待っていた。
ブレンの話が全て終わり、ヴェラが指示を出し終えたその頃、連絡よりも先にカルラが獣化状態のイツキを抱きかかえてやってきた。
「失礼します、イツキ・キサラギの拿捕の任務から帰還しました」
その表情は少し曇っており、あまり目に輝きはない。
「任務遂行に感謝します、カルラ副団長」
ヴェラは硬い表情のままカルラを見る。
「ループス近衛騎士団、団長、副団長。これからも鍛錬に励むように」
そう二人に告げると、自身の執務室から立ち退かせた。そして、二人の気配が完全に遠ざかった後、ヴェラは深いため息を吐く。
「ハァ……。こんなに幼い彼が、今回の犯人だというの?」
スゥスゥと寝息をたてるイツキを見てヴェラは驚きと悲しみを込めて言い放った。
「ねぇ、フォルテ。私、彼と話がしたいわ。一体何を思ってこんなことをしたのか、彼の口から聞きたい」
その瞳には強い決意の色が浮かんでいた。
「ロボ様に、ご許可を取られてみてはいかがでしょうか」
フォルテは、平静を装いつつ主人に提案した。
愛を知らぬ彼に、愛を受けて育ったヴェラの発言はあまりに危険なのではないか、と。
自信の弱さを、酷く嘆く彼に、生まれながらの強者であるヴェラと向き合わせるのは、あまりに酷ではないか、と。
「私には、知らないことが多すぎるわ。いつも父上や母上、あなたが私を様々なことから守ってくれる」
ヴェラは目を伏せた。
「いつか知らなければならないことだって、いくつもあるはずなの。それを知ることさえも、悪なのかしら」
フォルテは言葉に詰まった。愛しいが故に、何も知らせずに生きてゆけば、愚者故の幸せを手に入れられるかもしれない。しかし、ヴェラは本当に愚鈍でいられるほど愚かではない。
「私は……、世間の様々な理不尽を知り、ヴェラ様が傷つくことが恐ろしくもあります。しかし……それ以上に無知に苦しむヴェラ様を見ることは耐えられません」
フォルテはそう言って俯いた。
「イツキ……彼はきっとヴェラ様に心無い言葉を投げることでしょう、その覚悟があるのならば」
ヴェラはフォルテが全て言い終える前にガタン、と立ち上がった。
「ヴェラ様……?」
フォルテは少し困惑した声でヴェラの名を呼んだ。
「父上に許可を取りに行くわ。良いでしょう?」
フォルテは苦笑した。我が主人はそういう人だ、と。
―――ロボの執務室
「失礼します」
書類に目を向けていたロボが視線を移す。愛娘……でありながら次期領主が何やら息巻いている様子を見て、つい先程報告があった一件についてか、とやれやれといった様子で首を振る。
「……一から説明しなくとも良い。単刀直入に言いなさい、お前は何をしたいんだ、ヴェラ」
ヴェラは、一つ深呼吸して父に、いやループス領主ロボに問う。
「領主ロボ様、私にイツキとの会話のチャンスをください。そして、彼の扱いに関しての責任一切を私にお譲りください」
ロボは思わず面食らった。あまりにも真っ直ぐな瞳で射抜かれ、自身の娘でありながら気圧されかけたのだ。
「全ての責任を持つということが、どれほど大変か……彼の境遇を知って尚、私やお前が彼と向き合うことがどれほど困難かわかっての発言だな?」
ロボは冷徹なほどの眼差しでヴェラを見つめ返す。しかし、ヴェラの瞳は一切揺らがない。
「……ハァ。フォルテ、苦労をかけるがよろしく頼む」
ロボは諦めの吐息を溢し、フォルテに言い放つ。
「ハッ」
フォルテは静かに一礼をすると、再びヴェラと共に彼女の執務室へと戻るのだった。
―――ヴェラの執務室
「イツキが目覚めるのはおそらく明日の朝でしょう、それまでにキサラギ家にイツキの身柄の引き渡しを命じる書状を作成し、分家から彼に対して嫌疑が向かないようにしなければまた彼が冷遇されかねません」
フォルテは冷静にヴェラに告げた。ヴェラはフォルテの指摘に強気な口調で続けた。
「えぇ、もうそんな分家には帰らせない。彼を愛し、叱り、成長させることができるブレン団長の元へ弟子入りさせるわ」
ほう、とフォルテが息を呑むのも束の間、ヴェラは美しい書体で分家への書状をサラサラと書き始めた。
「フォルテ、もう大丈夫よ。父の言う通り、あなたに苦労をかけるかもしれない……でも今は少し休んで?」
ヴェラは器用にウインクをすると、フォルテを執務室の外へと追いやったのであった。
―――……という訳です」
フォルテは長い長い一日を語り終えた。
「……お疲れ様、と言いたいところだがまだこれからか」
ナトはやれやれと言った顔で彼に告げる。
「えぇ、また明日から忙しそうです」
フゥ、とため息を吐きつつコンポートを頬張るフォルテ。その横顔は先程より緩んでいる。
「このコンポート美味しいですね、流石です」
ナトは自身の料理を褒められ嬉しかったらしい。珍しく当たり前だ、とばかりに鼻を鳴らす。
「母から教えてもらった料理だからな」
フォルテはおや?とナトを見る。普段の彼なら自身のことを一切話さないというのに、珍しくガードが緩い、と。
「……おっと、口が滑ったな」
言ってからナトは苦笑した。そしてフォルテの方に向き直って言う。
「もう夜も遅い、明日も忙しいんだろ?」
フォルテはナトの気遣いに感謝しつつその不器用な誤魔化しに苦笑した。
「そうですね、そろそろ寝ます。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
2人はそれぞれ調理場を後にした。
フォルテとナトはお互い支えてる相棒って感じです。
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