ループス領主ロボ
久々の更新です。
ロボさんのお話です。
―――ループス領、領主の部屋
領主の机に座り、ヴェラと向かい合うのは、彼女の父ロボ・A・ループス。イヌ科の領、ループス領主の彼は誰よりも群れを統率するのに優れている。その側には静かにナトが控えている。
「ヴェラ、何故呼ばれたかわかるね?」
怒るわけでもなく、彼は娘に声をかける。ヴェラの隣にはフォルテが控え、いつでも主人のフォローが出来るようにと身構えている。かくいうヴェラは少し顔を伏せている。
「……はい、あまりに軽率な行動でした」
反省の意を述べるヴェラ。フォルテも何も言わずに目を伏せる。
「そうだな、フォルテから聞いたが……、決闘は少しよくない」
より顔を伏せるヴェラだが、ロボは言った。
「決闘の時、獣化を使ったんだね?」
ヴェラは首を縦に振り、肯定する。するとロボは鋭く言い放った。
「彼は怯えただろう、ヴェラ」
尾まで力なく垂らし、ヴェラは先日の出来事をありありと思い出す。
「ヴェラ、私達狼は本来捕食者。捕食者の頂点に立つ者だ……、獣化を行えば、殆どの獣には負けない」
決して怒りはせず、ヴェラを静かに諭すロボ。
「簡単に言えば強いという意味だ。良くも悪くも、な」
ロボは尚も続ける。
「遥か昔は、獲物を狩るために必要だった強さも、今その強さは必要ない」
部分獣化をし、尖った爪の生えた腕を見せる。
「この爪は何のために進化したかわかるだろう?肉を引き裂くためだ」
完全に獣化し、鋭い牙を見せて言う。
「この牙は、喉笛に喰らい付いて仕留める為のものだ」
獣化を解くと、少し目を伏せた後続ける。
「……今は、要らない能力だろう?本来、平和な今なら」
その目には、憂慮の念と少しの悲しみが浮かんでいた。
「ヴェラ、よく聞きなさい」
ロボは黄金色の瞳をしっかりと見開き娘に言った。
「今は、その強さを弱者の為に使いなさい。強さを誇示する為などではなく、大切な人を守る為に使いなさい」
ロボは真っ直ぐな瞳でヴェラを諭す。
「もう、獣を喰らう必要はない。それでも私達は、この国の特性上、他者の上に立つ者とならざるを得ない」
ヴェラを見て、ロボは首を振る。
「闇雲に力を振るうことはやめなさい、それではただの暴君になってしまう。そうはなりたくないだろう、ヴェラ」
ヴェラは揺れる瞳でロボをしっかりと見ていた。
「はい、父上」
そして言葉を続ける。
「良き群れの統率者となるように、他の領主の様子を見てきなさい、これは正式な社会見学だ……次期領主と言う動きやすい今の立場を利用して、他の領を訪ねて見聞を広めてきなさい。フォルテ、ヴェラを頼むよ」
自身の名を呼ばれ、背筋を伸ばし一礼をするフォルテ。
「疲れたろう、部屋に戻っていなさい」
ヴェラは一礼をすると執務室から出ていった。
主人にはついて行かず、そのまま残るフォルテ。ヴェラが完全に部屋から離れたのを見届けると、ロボは口を開いた。
「……さて、フォルテ。フェリシア領主の心に何を見た?君にしては先程から随分と落ち着きがないが」
ヴェラはフォルテが読心術を使えることを知らない。その為、ロボはフォルテにヴェラの執事であると共に優秀な諜報員として重宝しているのだ。ヴェラでは気づかないフォルテの微妙な所作ですらロボはすぐに看破する。小手先の誤魔化しでは決して欺けないのがロボ・A・ループスと言う男である。フォルテは背筋をより伸ばした。
「はい、単刀直入にお伝えします」
そこで言葉を切り、重々しく口を開く。
「ロレオーヌ領の関係者が口を滑らせ……、フェリシア領に侵攻宣言をしたようです」
ロボの黄金色の瞳が鋭さを増した。フォルテは彼の怒りを感じながらも続けた。
「その為か……、彼は連日徹夜で他領との交渉準備などを進めていたようです。彼の心は疲弊し切っていました」
目を伏せながらフォルテは続けるが、ロボの放つ覇気が次第にと強くなっており、ついに言葉を切った。
「……ロレオーヌの上層部は何をしたいんだ。何故平和を乱そうとする。この国を独裁国家にするつもりか?仮初の平和の上で成り立っている今の社会を、作り直すというのか?もしそうなれば、次期領主のヴェラを、危険な目に遭わせなければならなくなる……そんなのは御免だ」
グルルルルと低い唸り声を上げて怒りを露わにするロボ。フォルテが顔を伏せていることに気づき、無意識で放っていた覇気を鎮める。
「すまない、フォルテ。少し感情が昂り過ぎた」
ロボの魔法属性は光である。正義感溢れるヴェラと似て非なるものであり、彼が持つものは慈悲である。
「いえ……、あのロボ様」
フォルテは目を伏せつつロボに問う。
「この事実はヴェラ様に全てお伝えするんですか?」
強者として生まれたヴェラは、弱者の痛みを知らない。初めて知るその現実を、主人は受け止めきれるのだろうか、とフォルテは一人耽る。
「……ヴェラのことだ、この事実を全て伝えればきっとフェリシアを助けようとするだろう。……私の愛しい娘だが、何の経験もさせないまま領主となるのはあまりにも脆い。しかし……、戦争など決してしたくはない。誰も、失いたくはない」
最後は、消え入りそうな声であった。ロボの父、ウルガーとフォルテの父アルディは戦死している。
若き日のロボは、絶対的な支えとなる者が少ない中、妻ルーのおかげで今までやってきたのである。戦後の混乱の中、数少ない信頼できる者を見抜く為に、その観察眼は恐ろしく研ぎ澄まされてきた。
「アルディのことは……、私も悔いている」
沈痛なな面持ちでロボは呟いた。
ここからしばらくループスサイドのお話です。
そのうち短編を投稿するつもりです。