月明かりの下で
ノワールさんとシルヴェスさんのお話。
―――フェリシア城下町、細道
月明かりが2人を照らす真夜中、帰路についていた。
「ハァ……、事故とは申し訳ないことをしたな」
頭を掻きながら、ノワールはシルヴェスに声をかける。
「い、いえ……私こそ失礼しました」
先程の一連の出来事を思い出すだけで顔が赤くなる為、俯いていると、何を思ったかノワールが苦笑した。
「私に失望したか?……酒に溺れ、従者を押し倒すダメ領主。……予想以上に不味いことをしてるな」
自分で言っておきながら、やったことにドン引きしているノワールを見て、シルヴェスはクスッと笑った。
「な、何故笑う?」
不思議そうに首を傾げ、シルヴェスに問うノワール。シルヴェスは少し火照っているノワールの顔を見ながら続ける。
「いえ、ノワール様も案外お可愛らしいところもあるんだなと」
へ?という顔をするノワールを見て、ハッとするシルヴェス。眠気と混乱で口が滑っていることに今更気づく。怒られるかと思い首を縮めると、ノワールはケラケラと笑った。
「し、シルヴェス。私を、かわいいと?ふ、フフフッ!あなたの感性もなかなかに面白い、クッ、クフフ……!」
酒が入っているせいか、何故か敬語混じりとなり、いつもより饒舌な主人を見て、シルヴェスは目を丸くする。
「いえ失礼、私は可愛くなどありません。あなたの方がよっぽど……」
途中まで言いかけて、あらかた言い終えて、自分がとんでもないことを言っていることに気づくノワール。
「……セクハラで訴えないでくださいね?」
咳払いをして少し顔を赤くしながら言うノワールを横目にシルヴェスはまたもやキャパオーバーとなりかけていた。
「ノワール様は……私に弱いところを見せるのがお嫌いなのですか?私では……あなたのお力になれないのですか?」
幻想を掻き消そうとシルヴェスは踏み込んだ質問をノワールにぶつける。今なら酒の勢いで聞かせてくれるような気がして。
「……あぁ、先程のラヴィの発言を気にしていたんですか?」
ノワールがふと目を伏せる。
「いえ、彼らは私と共に学生時代を過ごした仲間……あなたには恥ずかしくて見せられない姿もつい晒してしまうのですよ、決してあなたを信頼していないからとかそういう問題ではありません。それに、あなたは十分私の無茶振りに応えてくれている……、無茶させすぎている気がして怖いんです」
そう語るノワールの横顔は彼が本音で語っているような気がして、シルヴェスはハッとする。
「シルヴェス、私はあなたに感謝してるんですよ。常に冷静に私の仕事をサポートしてくれるその姿勢は誰にも代え難い。……それに先日わかりましたが、あなたは私が限界を越えているときには強硬手段も辞さないようですし」
少し皮肉混じりに言われ、シルヴェスはいつもの主人だ、と安心しつつ、プイと顔を逸らし抗議する。
「ノワール様は無理をしすぎです。またあのようなことをするのでしたら強硬手段も取らせていただきますからね」
そう宣言すると、ノワールは困ったように笑った。
「ハハッ、それは困りますね。……まぁ、とにかく。私はあなたを失うわけにはいかないので、あなたも決して無理はしないでください」
どの口がそれをいうんだ……という目で見ると、ノワールは不服そうに口を尖らせる。
「なっ……そんな目で見なくたっていいじゃないですか」
シルヴェスはそんな主人を愛おしく見つめる。あぁ、泥酔してようやく年相応の表情ができるようになるのか、と。
「ノワール様、学生時代のお話、聞かせてくださいよ」
シルヴェスがそう聞いた途端、ノワールは少し顔を曇らせ、フゥと小さく嘆息した。
「特に面白い話がある訳ではないんですが……、あぁ、皮肉な話ならありますよ、聞きますか?」
いつもよりも一段と皮肉気な顔となるノワールを見て、シルヴェスは自分の発言を悔いた。
「アルテルフ・L・パンテーラ……、この国の民ならその名を知らぬ者はいないでしょう。かつて私は、私やザギ達はアルという名で身分を隠していた彼と共に帝国立ベスティア学院で学んだんです」
シルヴェスは目を見開く。ノワールが学生時代のことを語るのは滅多になく、触れるなという暗黙の了解であった。
「……彼は言いました、『僕たち友達だね!』と」
苦虫を噛み潰したような表情をしながらノワールは言った。
「何が友達……、いえ、きっと彼はあまりに孤高の存在。だからこそ、友を必要としていたのはわかります。しかし……あまりに私と彼は違いました。考え方も、価値観も、獣化の強さも、魔法の質も……」
悔しくて、辛くて、どうしようもないという表情でノワールは吐露する。
「シルヴェス、私の魔法が闇であることは知っているでしょう?そして、光と闇に関しては強い方が弱い方に呑み込まれることも……」
ハァ、と大きなため息を吐くノワール。
「言うまでもなくアルテルフ様の魔法は光……私など隣に立つだけで消えてしまう。暗く、深い恐ろしい闇など要らないとでも言うばかりにね」
弱々しく呟く主人の姿を見て、シルヴェスは悟る。
決して、私では全てはわかり得ないことなのだ、と。
彼女自身も純血の一族で、高度の教育を受けているとしても、彼が経験したある種の裏切りは……同じく経験した彼の友でしかわかり得ないのか、と。
「……果ては、その『友達』のところに向けて侵攻が計画されていることすら知らない。おそらく知ることすらない」
ノワールが寂しげに呟いた。
「私は、彼に憧れていました。魔法をとても楽しそうに使う彼の姿に。常に座学で一位の成績を取る彼に」
「でもね、同時に非常に彼を羨みました。嫉妬しました」
ノワールの黒々とした瞳がより一層濃くなる。
「同じネコ科なのに、こうも獣化能力が違うのかと。どれほど学んでも彼には追いつかない勉学に、魔法に……」
そして、諦めの表情を浮かべるノワール。
「そりゃあ、そうですよね。先に帝王学で学んでいるんですもの、皇帝の血を継ぐ者ですもの……強い上に賢くて当たり前ですよね」
月明かりに照らされ、主人の顔を見たシルヴェスは言葉を失った。
「私だって……!努力して早く父の負担を減らせるようにと……っ!皆を守れるようにと……っ」
彼は静かに泣いていた。
シルヴェスは彼の涙をそっと払う。
「ノワール様、他人と比べてはいけません」
シルヴェスの言葉にピクンと肩が跳ねるノワール。シルヴェスは続ける。
「私はあなたを支え続けますから。どんな困難な道が待っていようとも……あなたの役に立てるならそれでいい」
微笑して泣くノワールを落ち着かせる。
「あなたは誰よりも努力していることを私は知っています。ずっと、隣で見てきたんですから」
ノワールはシルヴェスを見つめる。そして、呟く。
「……ありがとう、シルヴェス」
そう言い終えると共に、カクン、と眠りにつく。
「ちょっ……!フェリシア城の扉の目の前で寝ないでください、あと少しなのに……!」
突然の主人の寝落ちに混乱しつつ、シルヴェスは彼の寝顔を見る。涙の跡が残るその寝顔は、先程とはまた違った警戒心の無さである。そんな主人を愛おしく見つめながら、彼女はノワールを寝室まで連れて行くのであった。
ノワールサイドは一段落です。
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