第895話 攻略達成率50%
アレンは何もない漆黒の闇の中で目を瞑り、まるで漂流されるかのようにプカプカと浮いていた。
『山田健一様おめでとうございます』
『山田健一様おめでとうございます』
『山田健一様おめでとうございます』
何度も同じことを言われ、アレンの頭の中が冴えてくる。
「あ? だれが、山田健一だって? その名前で呼ばれたのは17年ぶりだな……」
懐かしい名前で呼ばれて、アレンは体を起こした。
山田健一とよばれたのは前世でサラリーマン時代に会社で職場の人に呼ばれたのが最後だ。
「って、俺は寝てしまったのか。……ここはどこだ? 」
アレンはどうやら寝ていたようだ。
周りを見回しても、真っ暗な闇の中にアレンはどちらが上か下かも分からない状況の中にいた。
さっきまで胡坐をかいて必死に創生スキルを使って金の卵を創生していた記憶しかない。
『……山田健一様おめでとうございます』
その間も、漆黒の闇の先から聞こえるキューブ状の物体のような機械音がアレンの耳に何度も語り掛けてくる。
「ああ、ありがとう。何がおめでとう何だ?」
アレンは何も見えない闇に向かって返事した。
誰が話しかけているのか分からないが、アレンには今やるべきことがあった。
適当に反射的に問うてみると答えが返ってきた。
『はい。山田健一様はタジンを仲間にして攻略チャートが進みました。まもなく攻略達成率が50%になりそうです』
「なんだと? たった50%だと? これまでの俺の冒険が50%しか達成していないって言うのか!!」
1歳の頃から時間を削り命を削ってやり込んできたアレンは、あまりに理不尽なことを言われて、漆黒の空間に叫んでしまう。
『いいえ。まだ50%を達成していません。まもなく50%に達成しそうです』
正確には50%じゃないと虚無の中からアレンに何かが冷静に、機械音の声で訂正を受けた。
「それに何でタジンを仲間にしたからって言って攻略が進むんだよ」
『それはお答えできません。自らの力で攻略を進めてください』
「わざわざ、俺に攻略達成率の報告にきたのは何故なんだ?」
『申し訳ありません。そちらについてもお答えできかねます』
「答えないならまあいいや。俺は忙しいんだ。さて、どこまで創生スキル上げをしたかな。それにしても暗黒界で仲間を作ることになるとはな……。これはあれか俺の罪悪感がもたらした夢なのか。そうか、攻略が進むならタジンを仲間にして良かった。各大陸に回って、生命球を捧げる邪魔でしかないけど納得だ。俺って流石だな」
この場が夢か、何なのか分からない。
夢が夢だと分かる夢を明晰夢と言うらしい。
アレンはタジンのことを一度は足手まといであるし、そもそも暗黒界で仲間集めをするつもりはないので、きっぱりと仲間にすることを断った。
イルゼは生命球を各大陸に捧げる上で、非常に貴重な存在だ。
暗黒界で圧倒的上位の立場なので、大神殿、守護番、冒険者ギルド、入出管理局の邪魔を受けたりはしない。
その上、暗黒界の常識に長けており、アレンの誤った行動を窘めてくれるので、大変助かっている。
だから、必要だからイルゼを仲間にした。
アレンは、今度は先ほど仲間にしたタジンについて考える。
だが、タジンは違う。
タジンがいたから攻略が捗る未来が想像できない。
さらに見た目にも問題があった。
角の生えた魔族は暗黒界にタジンしかいない。
半魔半獣でヘルビーストという特殊な存在など、暗黒界の魔族も魔獣も知らないだろう。
謂れのない差別的な言葉を投げかけられ、感情的になって行った先でもめ事を起こすかもしれない。
つい10日ほど前、混血人だのなんだの因縁をつけられ冒険者ギルド長に襲われかけた。
暗黒神から報酬を貰って召喚獣の覚醒スキルの解放やアレン自らのレベルアップがなければ確実に断っていただろう。
タジンを仲間にすることを断ったのはそれだけが理由ではない。
アレンはいつものように創生スキル上げをしながら、思考をあれこれ巡らせる。
「もう、仲間に迷惑をかけられないからな。俺が、俺がもっと強くれば、圧倒的に強ければ魔王に負けなかったんだ」
魔王に敗れたことでアレンの中で大きな心の変化が起きた。
惨敗してドゴラを火の化身に変え、ヘルミオスとロゼッタを死なせてしまった。
仲間を転職させ、装備を整え、神の試練を手伝い、仲間たちを強くしてきた。
だが、そんな仲間を守り切れずにアレンは無の世界に飛ばされ、暗黒界に行かざるを得なかった。
今でも毎日のように人間界では多くの人々が魔王と戦って命を落としているだろう。
「魔神の姿をしたタジンを仲間にすることが、俺が犯した罪に対する罰なのか。それにしても攻略がまだ50%だったのは驚きでぜ」
『山田健一様、違います。まだ50%未満でございます』
「おい、俺のことを山田健一だと呼ぶんじゃねえ。しかもなんでフルネーム呼びなんだよ。召喚士の才能に目覚めたころから頑張っていたんだがな。……たしかにやり方の間違った方法だと頑張っても報われないか」
1歳のころから寝る間を惜しんで、魔力上げてスキルを上げ、6歳になったらアルバヘロンを狩って最初のレベルアップだった。
従僕の時代には休みの日を利用してスキルレベルとレベルを上げ、学園、ローゼンヘイムの侵攻、S級ダンジョンと必死に冒険してきた。
魔神レーゼルも邪神教の教祖グシャラを倒し、神界に行っては神々の試練も望んできた。
「攻略があんまり進んでいないのもよく考えれば納得がいくか。魔王を倒しても、それ以上のボスが出てくるかもしれないからな。でもゼルディアスの野郎。自らを『大魔王』とか言っているけどな!!」
前世で山田健一だったころも、魔王を倒しても物語が終わらなかったことを思い出す。
魔王を倒して初めて真の魔王が登場して、最終局面の戦いが始まるという攻略の流れだ。
アレンはまだ魔王も大魔王も倒していない状況に攻略達成率50%未満なのに納得した。
「それにしてもタジンね。タジンが攻略の鍵なのか。たしかにタジンを見てよく考えないと行けなかったな。獣人の角の生えた魔族がヘルビーストか。将来的に魔神になるのかな。魔神レーゼルとか、上位神に至ったオルドーみたいに」
これが夢なのかと思うが、攻略のヒントであるなら、藁にも掴む思いで、タジンについて思考を巡らせる。
攻略の鍵である容姿から気付くことはないかと考えれば、魔神のような容姿のタジンを見たら色々納得した。
暗黒神アマンテが魔族を創り、法の神アクシリオンが獣人を創った。
暗黒界には2つの種族のみしか存在しておらず、禁忌を犯して、たまに混血が進む。
「魔王軍は何が魔神の要素になるのか、みたいな研究が進んでいたのかな。100万年以上生きた魔神オルドーを配下に持ち、第一天使だったキュベルがいるんだからな。そうやってハイダークエルフのレーゼルを魔神に変え、数百体の魔神で魔王軍を作り上げたのか」
魔王軍が一歩も二歩もどころの騒ぎでないくらい先を行っていたようだ。
「血が合わさり混血になればって、暗黒界は混血に縁のある世界だな。暗黒界に来てから俺はヒヒの混血人と呼ばれてなんか忌み嫌われたな。イルゼは人族と魔族の混血だということを随分気にしているし。タジンは魔族と獣人の混血の伝説のヘルビーストだ」
アレンは魔王軍から暗黒界での魔族と獣人の種族の混血について整理する。
「暗黒神と法の神は何で、才能を与えないくらい徹底的に混血人を禁忌としているんだろうな。ヘルビーストが現われ魔神に至り、手を付けられなくなるくらい暴走されて魔族たちが死にまくったら、元に戻すにもすごい神力使って大変とかそういう話なのか」
混血人は2つの種族の間の見た目をするのだが、たまにヘルビーストが生まれ、暗黒界で暴れる。
3万年前に暴れた時は多くの暗黒騎士の命を奪ってようやく倒したとイルゼから聞いた。
「暗黒神たちはヘルビーストがどれほど危険か知っているってことか。そんなのを押し付けやがって。俺が被害受けたらどうしてくれるんだ。夫婦で仲良くえげつないことしやがるぜ……。夫婦ね。ああ、ここにも異種の存在である夫婦がいるってことになるのか」
イルゼから最上位神の2柱が夫婦だと聞いた。
実際、「あんた」とか「お前」とか暗黒神が法の神に語り掛ける様子をアレンも確認できている。
法の神が暗黒神に対する接し方は首だけしかないが、鬼嫁に対する態度そのものだ。
「そういえば、ヘルビーストになったタジンに暗黒属性と不死属性がついていたな。なるほど暗黒神と法の神の持つ属性を持っているのか」
とてつもない力を持つヘルビーストのタジンの力がどこから来るのか、すぐに2柱の神々に自然と思考が巡った。
「そうだ。暗黒神と法の神は夫婦の神だったんだな。創造神エルメアが闘神三姉妹を生んだように、強力な神々を生みそうだな。子供がいるなら俺に魔王軍と戦う力を貸してくれないかな」
だが、この考えを暗黒界にやってきたアレンはすぐに考えを否定する。
「いや、魔族と獣人から、将来神に至るほどの手を付けられないヘルビーストが生まれてくるんだろ。暗黒神から剣神とか戦神みたいな真っ当な神が生まれるとは考えにくいな」
自分で考えた思考なのに、まるで初めて暗黒神に相対した時のように、漆黒の闇の中にいるからか身の毛がよだつほどの震えがきた。
「とんでない化け物が生まれてきたりして……。暗黒神はあの絶大な力だからな。その子供は世界の全てを、理までも破壊しそうだな」
もしも、法の神と暗黒神の間に生まれた化け物がいたなら、それは世界の終わりではないのかと考えた。
『山田健一様おめでとうございます』
自分の推理に底知れぬ恐怖を感じたところで急に語り掛けられ背筋が震える。
アレンは思考を邪魔されたことに不快感を示す。
「だから『おめでとう』はもういいって。うるさいぞ……。俺の思考の邪魔をしないでくれ。何か大きなことに気付きそうなんだぞ!!」
『山田健一様おめでとうございます。攻略達成率が50%を達成しました』
「なんだと? おい、それはどういうことだ。50%って……」
『山田健一様おめでとうございます。攻略達成率が50%を達成しました』
再度、同じことを言われたことによって、キューブ状の声の内容の変化をはっきりと理解する。
「50%攻略だって? 何でいきなり攻略が進むんだよ!!」
衝撃的なことを伝えられ、アレンは闇の中に向かって大声で叫んだのであった。





