第893話 教育の対価①
アレンは獣神ブラキノに追加の報酬を求めたところ、きっぱりと断られてしまった。
「理由を窺ってもよろしいでしょうか? 例えば他に課題が必要だとか」
知力をフル回転して交渉の糸口がないか、探るように交渉を諦めない。
『法の神アクシリオン様、そして、暗黒界を治める暗黒神アマンテ様が人々にどれほどの力を与えるのかお決めになること。私はそれに従うまでのことです。それに、そもそも私はあなたの言う古代神ではありません』
「人に軽々しく力を与えられない、そもそも召喚獣に力を与えられないと言うことでしょうか」
『そのとおりです。私は10万年ほど前に上位神に至りました。古代神ではありません』
(ワンチャン、封印解除できるかもだけど、ブラキノ自身が無理だと言ってるしな)
獣神ブラキノのつぶらな瞳の表情を窺うが、その目に迷いは一切なく、交渉の余地などなさそうだ。
「アレンよ。あまり無茶を言うなよ。理を曲げるわけにはゆかぬのだ」
イルゼからも制されて、アレンは作戦を変えることにする。
「分かりました。たしかに報酬は頂きました。それでは失礼します。よし、タジンよ。暗黒神アマンテ様のところに行くぞ!」
グワシッ
「おい、俺を子ども扱いすんじゃねえぞ!!」
アレンはタジンの頭を無造作に鷲掴みにするとワシャワシャと髪を乱しながらここから出ると言う。
タジンが口を尖らせ明らかに不満顔になるが、出ていくアレンとイルゼの後をついていく。
こうして、アレンは報酬が追加されることなく、獣神ブラキノの大神殿を後にした。
そのまま寄り道することなく、暗黒神の下へタジンを連れて行く。
イルゼとタジンと一緒に鳥Aの召喚獣を使ってガディアック島中央にある大神殿へと転移した。
「お待ちしていました。暗黒騎士イルゼ様」
「暗黒神アマンテ様がお待ちです」
「うむ」
暗黒神官たちからも招かれるように最上階にいる暗黒神アマンテの大広間へと案内される。
「タジンよ。さっきの獣神ブラキノ様にしたように失礼な態度をとるでないぞ」
「分かってるぜ」
イルゼがタジンに忠告するのと同時に大広間の扉が開き、アレンと一緒に3人で中に入っていく。
巨大な玉座に座る暗黒神はアレンたちを見ていた。
大広間の隅の窓の下には、法の神の生首が巨大な鼻風船を膨らませながら、スヤスヤと眠っている。
(おお、今日はなんだか機嫌がよさそうで助かる)
前回みたいにステータス低下の圧は感じないとアレンは思う。
『何言っているんだい、アレン。私は何時でも機嫌が良いぞ。よくぞ、生命球を捧げてくれたね。これで大陸が1つ、随分明るくなった。細かいことには目を瞑ろうじゃないか』
(ひい、心を読まれた。やっぱり怖い。でも暗黒神って言うくらいだから、趣味でこんなに世界を暗くしていると思ったけど、力が足りなかったのかな。生命の循環とかないだろうし。っていうか細かいことだと。タジンのことか?)
ニヤリと笑みを零し、心を読まれ、身が凍る思いのアレンであった。
だが、今回、暗黒神の機嫌の良さを見て改めて生命球を各大陸の大神殿の祭壇に捧げる意義を考える。
暗黒神の名前からも、この世界を敢えて雰囲気で真っ暗にしていたと思ったが、生命球を捧げて大陸単位で明るくするなら話は変わってくる。
アレンの推察だが、この暗黒界は、人間界と神界の関係のように世界樹のようなもので生命の循環をもたらす仕組みはない。
暗黒界は100万年ほど封印されているとメルスから聞いているが、その間に暗黒神が世界を維持するための恵みはゆっくりと消耗して無くなっていったのだろう。
今回、アレンがブラキウス大陸に生命球を捧げることによって、大いなる恵みが新たにもたらされた。
(どれほど持つか分からないが、当面、じゃぶじゃぶで空を明るくできるようになったとかそういう話なのか)
アレンの分析の横でタジンが初めて見る暗黒神を見て感想を口にする。
「でっかい、おばさんだな。暗黒神様なのか~」
「お、おい! 失礼な態度は取るなと言ったばかりだぞ」
『よいよい、イルゼよ。ヘルビーストの子を連れてきた。大儀であったな』
(連れてきたのは俺だぞ。まあ、イルゼがいたからスムーズに話が進んだけど。まあ、褒めてもらいたくてやったわけではないしな)
大陸の移動にも、入出管理局、冒険者ギルド、パチャオ村の村長との交渉でもイルゼがいたから驚くほど早く獣神ブラキノの課題を解決できた。
アレンはこの場でやるべきことに集中することにする。
アレンは暗黒神を見るが、暗黒神は顎肘をついてタジンを見つめる。
『……それにしても、3万年ぶりのヘルビーストか。魔神に至る子……。これは大事に育てないといけないね。これまでは暴れてどうしようもなくなってしまったからね』
「そうだったのですね。私はそんな者たちを神聖な島に招き入れてしまいました」
『なになに、だから、いいんだよ。この子を大事に育てられるなら集落の1つや2つ小さなことさ』
アレンの案だが、イルゼが変わりに混血人の集落をガディアック島に作ったことを謝罪する。
だが、タジンの存在に比べたら混血人の集落など小さな話のようだ。
イルゼの謝罪を他所に、アレンのタジンの分析が進む。
(やはり、見た目どおり、今は種族が半魔半獣だが、将来的に魔神に成長するのか。この辺もメルスから聞いてきた人間界に魔神が出る話と整合するな。獣人と魔族の混血か)
タジンは獣人の角の生えた魔族のような姿をしている。
完全に獣人の姿をした魔神とアレンは戦ったこともあるが、魔神レーゼルや魔神王オルドーなど、タジンと同じ獣の角の生えた魔神のような容姿を思わせる。
暗黒神アマンテが魔族を創り、法の神アクシリオンが獣人を創った。
2つの種族を掛け合わせると時々、半魔半獣のヘルビーストが生まれ、成長して魔神に至ると言う。
暗黒神アマンテを見ると、笑みを零して分析を進めるアレンの次の言葉を待っているようだ。
「……もしかして、私がタジンに何かしてほしいとかそういう話でしょうか?」
『分かっているじゃないか。この子はこれからの暗黒界を支える貴重な存在だ。これから後4つの大陸を回る際、一緒に同行させて世界の見分を広げ、力をつけさせるんだよ』
(つけさせるんだよって。でも、もってこいの流れになったぞ)
「やったああ!! 俺もアレンと冒険に出れるのか!! アレンみたいに強くなれるのか! って、イルゼ!? ふがふがっ!!」
「黙れと言っているだろ!!」
アレンの返事の前にタジンが両手を握り締め、腰を低くしてガッツポーズをとった。
だが、背後からイルゼがタジンを抑え込み、口を塞がれてワチャワチャとしている。
「……暗黒神アマンテ様より新たな課題を受けたということでよろしいでしょうか?」
『ほう? 課題ね。褒美を寄こせと?』
「報酬については暗黒神アマンテ様の御心のままでございますが、将来暗黒界を支える数万年に1人の子であるタジンを『教育する対価』を相応に頂きたいと思います」
ひれ伏したアレンは言葉を選び丁寧に今度こそと思いながら暗黒神にお願いする。
『ふむ、相応に教育できたら構わないさ。アレンよ。何を望むのだ?』
「必要なものでしたら、古代神に私の召喚獣の覚醒スキルの封印解除です。さきほど獣神ブラキノ様にお願いして断られました」
アレンは暗黒神の課題を済ませて一刻も早く人間界に戻りたいと考える。
1日どころか1時間も惜しい状況の中で、タジン育成の時間などないのだが、魔王軍と戦う上で強力な報酬を貰えるなら話は変わってくる。
『お前の力……召喚獣を強化するか。古代神の力を得るために大陸を回りながら強化してくれって話かい』
アレンの要望がなんとなく分かるようだ。
ふむふむと言いながら頬杖をついてアレンを見つめている。
「しっかり育成したいと思います。人間界でも私の育成は大変、好評で……」
アレンには仲間たちやアレン軍を強くしてきた実績があった。
『……は神々の領域だから封印解除はできそうね』
(お! やったぜ。報酬が増えたぜ。だけど覚醒スキルの封印解除だけだと物足りない。ここは交渉のし時だぞ。絶対に折れるまで、報酬を勝ち取ってやるぞ。あとは神器みたいな防具もほしいな)
交渉はここからだと思った矢先のことだ。
イルゼが口を開き暗黒神に語り掛ける。
「……あの、暗黒神アマンテ様、1つよろしいでしょうか?」
『私の可愛いいイルゼよ。どうしたんだい』
「私も生命球を各地に配る手伝いをしております。タジンの育成を含め、どうか、私にも報酬をくださいませ!!」
「ぶ!?」
(え? 何言ってんの? 俺の報酬が減るだろ!!)
『なるほど、そうだね。イルゼもこの世界のために働いているのに、アレンだけが報酬をもらうのもおかしな話ね』
イルゼが報酬を貰うべきだと納得する暗黒神に、報酬を減らさせるまいと頭を巡らせると、タジンが横並びの列から一歩前に出る。
「はい! 俺も報酬欲しいぞ! アレンみたいに強くしてくれ!!」
「おい、タジン。お前まで、なんでそうなる!」
「なんだよ、放せよ! アレン!! 俺もアレンみたいに強くなりたい。父さんも俺がもっと強ければ怪我をしなかったんだ!!」
腕や足を片方ずつ失った父がまたそうならないためにも強くなるとタジンは、アレンから床に押さえつけられながらも叫ぶ。
『なんか騒がしいの~』
頭だけの法の神アクシリオンが目覚めて、あくびをする。
『3人とも騒ぐんじゃないよ。タジンとイルゼにも生命球を祭壇に捧げる度により良いスキルなり才能なりを与えよう。それでいいかい』
暗黒神アマンテが揉める3人を一喝する。
「分かりました。……あの、貴重な魔神となる子であるタジンを見い出し、この場に連れてきた報酬はあるのでしょうか?」
少しでも強くなって人間界に戻らないといけないとアレンは必死に玉座に座る暗黒神に訴える。
『……そうだね。まあ、頑張ったんだ。こっちにおいで』
「はい」
(またお腹つつかれるのかな)
ズンッ
「へぐあ!?」
イルゼとタジンから離れて、玉座から一歩も動かない暗黒神の下へ行くと、手を伸ばした漆黒の爪が1本、アレンの腹に消えていく。
『お前の中の生命の力を生命球1つ分に変換してね……。アレンの体に循環させる。これが良いか』
パアッ
アレンの体から光が溢れてくる。
『滞留する生命の力を生命球を1つ分消費しました。レベルが270になりました。体力が6250上がりました。魔力が10000上がりました。攻撃力が3500上がりました。耐久力が3500上がりました。素早さが6500上がりました。知力が10000上がりました。幸運が6500上がりました』
「おおおおお!? ち、力が!!」
アレンのレベルが一気に20上がったのであった。





