第883話 獣神ブラキノ
ひな壇状の祭壇の上に上がったアレンの目の前に首を伸ばした獣神ブラキノの巨大な頭がやってくる。
(キリンかラクダのようにつぶらな瞳だな。上位神ってイルゼから聞いているけど、法天獣神衆にもいなかったな。上位神の古代神って俺の知っている以上にいるのか)
体の作りは白亜紀に闊歩した巨大恐竜であるブラキオサウルスのようだが、頭には巨大な角が1本だけ生えている。
さらに、アレンの顔面の数メートルまで接近している瞳は、ぱっちりと開き大いに潤い煌めいていた。
神界の原獣の園で、法の神アクシリオンには獣神ガルムを筆頭に12柱の神々が上位神として仕えていたことを知っている。
さらに暗黒神アマンテに仕えた光魔八神将の像を見たが、目の前の巨大な神は存在しなかった。
イルゼからは上位神であるブラキノは、獣神で大地を支える大土神でもあるのだとか。
この大陸の獣人の中でも冒険者ギルドのギルド長、守護番長、暗黒大神官にはスキル「獣王化」の力を与えており、獣人たちに慕われていると聞いている。
(見つめられているな。挨拶をせねば)
「人間界からやってきたアレンと申します」
『よく来てくれました。……笑みのある穏やかな表情の中に激しい怒りを抱える者ですね。私の愛する獣人とこの大陸を傷つけないであげてください』
獣神を分析している間に、獣神もアレンを見定めているようだと考える。
ただ、このまま獣神のことを考えてもしょうがないので話を進めることにする。
「獣人たちをいじめるようなことをするつもりはありません。それで生命球ですが、どちらに捧げたら良いでしょうか?」
『今立っている場所が祭壇なのですが……。すみません、本来私がいないといけない場所なのですが、あまりにも小さい祭壇のため勘違いさせてしまいました』
「おお! では早速……」
話は早いと魔導書から暗黒神がアレンの中から抜いた5つの生命球のうちの1つを取り出そうとした。
『試練は何にしましょうか。私は激しい戦いを好まないのですが』
「試練? やっぱり試練はあるんですね」
『そうです。アマンテ様より「アクシリオンの体を貸すのだ。力を与えるに相応しい相応の試練を与えよ」と言われておりますので。困りましたね。最初に来られると、今すぐに困っていることは何があるでしょうか……』
(さすがに生命球を各大陸に運ぶだけじゃないか。それにしてもそれぞれの大陸の上位神の困ったことを解決していけばいいのか。上位神相手に戦いにならなくて助かったぜ。今はロザリナたちのバフもないしな)
暗黒神からは生命球を大神殿に持っていって、各大陸の恵みの力を向上させるため捧げに行くように言われた。
だが、ただ納めるだけの試練ではなかったようだが、暗黒神の圧が厳しくて細かい交渉や情報を聞き出すようなことはできなかった。
アレンは暗黒神の試練について改めて魔導書に整理する。
【暗黒神アマンテに与えられし封印された4つの肢体のクエスト】
・5つの大陸の大神殿には祭壇があり「生命球」を捧げなくてはいけない
・暗黒大神官、上位神と話を通してあり、試練を受ける必要がある
・試練の内容は大神殿にいる神々が決める
「力を得るため、どんなに厳しい試練でも果たしたいと思います。ですが、大事な仲間と家族を人間界に残しております。その点を配慮いただけますと助かります」
戦いになったら差し違えてでも試練を達成すると言わんばかりの態度に獣神は困った顔をした。
『急かされていますが困りましたね。やってくるうちに考えようと思っていたのですが、モラーナ大神官、何かこの大陸でお困りごとはありませんか?』
どうやら5つの大陸の中から自らのいる大陸を選び、雷神船と転移を使って最速でやってくるとは思ってもみなかったようだ。
「……そう言われましても。最近では何やら凶悪な魔獣の討伐が進んでいるので民たちは助かっているそうですので」
横で一緒に話を聞いていた暗黒大神官も首を傾げる。
「試練がないのであれば……」
(もしくは、他の大陸に寄るから試練の内容が決まったら戻ってくるでも良いぞ。どっちみち全部の大陸回らないといけないんだからね)
アレンが試練は後日聞きに来ましょうかと提案しそうになったところで、暗黒大神官が何かを思い出したようだ。
「そういえば、最近、混血人が集落をつくり、近隣の村や街を襲っているとか。たしかパチャオ村ってところですごい被害をうけているのだとか」
(混血人が集落を作っているだと)
『……ああ、その話ですね。私の耳にも入っております。随分大きな騒ぎを起こしているようですね。もしかしたら半魔半獣の「ヘルビースト」が生まれたのかもしれません』
獣神の言葉にここまでアレンの試練を傍観していたイルゼが動揺するように口を開く。
「そ、そんな!? ヘルビーストが……」
「ヘルビースト? さっきイルゼが言っていたやつか」
「暗黒騎士様、まだ、ヘルビーストが誕生したと決まったわけではありません。なにせ、混血人の集落は私たちの救いの届かない場所です。ただ、近隣の村々も困っていると伺っています。できれば、私たちに受けた陳情ですが対応いただけると助かります」
アレンに課す試練はそれがいいのではと、話の内容を自ら整理しながら暗黒大神官は語り掛けた。
『……それがよろしいようですね。問題が解決すれば、生命球を祭壇に捧げてもらい報酬を渡しましょう』
「分かりました。ヘルビーストが出たというパチャオ村の場所を教えてくだされば助かります」
(混血人が集落を作り悪さしているかもしれない。ただ、その中にヘルビーストが誕生しているかもしれないって話かな)
「おい、アレン。勝手に決めるな。その陳情だが暗黒大神官よ。この大陸の暗黒騎士たちには依頼はしてないのだな?」
(暗黒騎士には暗黒騎士のルールがあるってことか。たしか、この大陸には2人の暗黒騎士がいるんだっけ)
「もちろんです。イルゼ様もご存じのとおり、混血人と村のいざこざのようですので、暗黒騎士が元々対応する話でもないのです」
「……たしかに、なるほど。分かった。村を困らせる混血人の対応、我らに任せてもらおう。ヘルビーストの存在が考えられるなら対応せねばな」
イルゼが納得したので、ようやく獣神ブラキノの課題を受けることになった。
「では、暗黒騎士様、こちらに来てください。パチャオ村の場所をお伝えします。そちらに伺い、詳しく状況を確認されてください」
(混血人の村は地図に載っていないということね。最後に1つ質問しないといけないな)
「……課題を与えていただきありがとうございます。ちなみに解決方法は委ねられたということでよろしいでしょうか?」
『もちろんです。暗黒神様もそれがお望みかと思いますので』
「もう1つ確認したいことがあります。私はこの世界に来て何度となく混血人と間違われ、あまりよくない言葉を投げかけられました。対応にあたって混血人に対する思いなどはありますか?」
(回答内容によって解決方法は変わってくるぞ)
『……思いなどありません。彼らは暗黒神様の教えを守らない者たちです。暗黒神様はもちろんのこと、私は混血人などに祝福を与えるつもりはありません。今回の解決について、村の陳情がなくなれば、それでよいです』
獣神ブラキノはアレンの言葉に迷うところは何もなく言い切った。
イルゼが横で息を呑んだことに気付いて、つぶらな瞳がとても冷たく感じたのはアレンだけではなかった。
「……分かりました。『村から陳情を無くす』方向で解決したいと思います」
(まあ、平和的に解決したらそれでよいけど)
『よろしくお願いします』
それから暗黒大神官に地図を見せられ、陳情を受けている村や街の場所を教えてもらう。
アレンとイルゼは大神殿から外に出ると指揮化して成長レベル9まで上げた鳥Bの召喚獣の背中に乗って移動する。
朝から入国管理局、冒険者ギルド、大神殿と立ち寄ったため既に昼過ぎだ。
非常食を頬張りながら確認したいことがあったので、パンをかじるイルゼに語り掛ける。
シャリシャリ
「それで、半魔半獣のヘルビーストについて詳しく聞かせてくれ」
「アレンよ。さっき冒険者ギルドで言ったであろう。混血人として生まれる凶悪な者のことだ。だが、この数万年、誕生していなかったようだな。詳しくと言われても答えられぬな」
(数万年か。随分希に生まれてくるんだな。俺がやってきたタイミングで誕生しなくても良いのに。それにしても「凶悪」ね)
「暗黒騎士たちが総出でも倒せないって本当なのか。イルゼが13人でも倒せないなんて大変だな」
冒険者ギルドでこの世界の人々は魔族であろうと獣人であろうと全て才能があるようだ。
「……まあな。まあ、私は13人の中でも一番の新人だからな。暗黒騎士長はもちろん、副暗黒騎士長にも手も足もでないぞ」
(ん? イルゼは見た目以上に新人だったのか。イルゼ以上の力を持った13人の暗黒騎士たち総出で戦って半数が死んだってこと? どんな化け物が生まれるんだよ)
イルゼの驚きにアレンの中にも緊張感が増していく。
「それは手ごわそうだな」
「そのとおりだ。ヘルビーストの存在が本当なら守護番や冒険者ギルドでは手が負えず、我ら暗黒騎士が総出で対応する案件になるやもしれぬ。大陸の暗黒騎士を応援することも考えないとな」
「……俺はあまり時間をかけられないから倒せそうなら倒してしまうぞ。その守護番や冒険者ギルドからも要請はないのだろう」
本当にヘルビーストが現れたら守護番や冒険者ギルドが対応する。
今回は村長が暗黒神官のいる大神殿に陳情が来た程度の問題といえる。
「実際の被害がまだ小さいのかもしれないな」
「なるほど……。ちなみに混血人は受け入れ拒否なのに『村』を作ることは許すんだな」
「受け入れ拒否だからな。『村』は許されていないぞ。だから名もなき『集落』なのだろう。大きな『街』が管理監督している周辺の人々が住む場所を『村』というのだ」
「この世界の統治の話だな。大陸を支配する王はいないんだったな」
「そんなものはいない」
(領土とかそういう概念がない。だから領主もいないし、国王もいない。貴族も奴隷もいないんだっけか。都市国家とそれが管理する村から外れた集まりが混血人の集落と)
この世界の権力基盤や統治の構造が人間界と違うようだ。
この世界は暗黒騎士、守護番、暗黒神官、冒険者ギルド、町長や村長などがそれぞれの立場で社会を作っている。
国王も貴族もいないので、アレンが前世で健一だったころ古代ヨーロッパのアテネとかスパルタみたいな都市国家のようなものなのかもしれない。
さらに、暗黒神や法の神も実体として存在し暗黒神官などの宗教や信仰をまとめ上げ人々の陳情を聞き、暴動が起きたり魔獣が暴れたら守護番や冒険者ギルドが大陸単位で動くに過ぎない。
「俺たちのような来訪者も追い出されずに街に寄り合いを作って暮らしていたからな」
来訪者はぎりぎり暗黒界の社会に入れるらしい。
「私は来訪者でも混血人でもないぞ。魔族だ」
アレンが俺たち一緒だよねと言うとイルゼはハッキリ違うと突き放すのであった。





