第881話 混血人(ハーフ)
ギルド長ビヒドウと暗黒騎士イルゼがお互いのナックルと剣に魔力を流し込み、スキルを発動させた。
カウンター側に数センチメートルの厚さの簡易的に作った個室の広さは縦横5メートルもなく、2人が武器をもって動けば、風圧で個室の薄い壁だとヒビが入る。
「ぬ?」
「え?」
スキルを発動させ、お互いが容赦なく顔面目掛けて武器を振るうが、なぜか何かにぶつけた感触がなかった。
2人は一瞬だけ違和感を覚えたが、その理由はすぐに分かった。
さっきまで1人で座っていたアレンが、一瞬消えたかと思ったら、2人の間に入ってギルド長のアダマンタイトのナックルを右手の手のひらで包み込むように掴み、左手に人差し指と中指でイルゼのアダマンタイトの剣を摘まんでいた。
「ば、馬鹿な!? 才能のない混血人のガキが!!」
「アレン! この手を放すのだ!!」
ギルド長だけでなく、自らを混血人と呼ばれ怒り心頭のイルゼにまで責められる。
だが、レベル250に達したアレンの攻撃力は2人を圧倒し、涼しい顔で微動だにしない。
(ワレはガキではない。何故なら17歳だからだ。それにしても、混血人は才能がない。この世界に才能がないのは魔族と獣人の混血人のみか。暗黒神と法の神から作られた種族の間に子を産むなってことか。なるほど、俺たちが魔王軍と戦っているとき、獣人っぽい魔族がいたが意味はあったのだな)
この暗黒界にやってきて、最初に言われたのは混血人という忌み人のような侮蔑を込めた言葉をアレンは投げかけられた。
混血を嫌う文化は前世の世界でもあったため、そういうものかと流していたが、それどころではない意味がこの暗黒界ではあったようだ。
『才能のない「ひと」はいません』
受付の職員の言葉が耳に残る。
どうやら混血人は才能が与えられず、「ひと」とすら見られていない。
ギルド長の口ぶりからも暗黒神の「祝福」を与えられなかった忌み嫌われる存在のようだ。
自ら強化して人間界に戻るという目的にとってあまりにも関係のない風習、価値観のため気にしていなかったが、人間界で起きたことにも関係していたのでアレンは納得感を覚えた。
暗黒神アマンテは魔族を創ったようだ。
法の神アクシリオンは獣人を創ったようだ。
だからこの暗黒界には魔族と獣人しかいないことをクラシスの家で聞いた。
神界で神界人、人族、エルフ、ダークエルフなどを創造神エルメアが創ったと聞いた。
さらに、100万年以上前には魔族と獣人の2種族しかいなかったようだ。
アレンが戦ってきた魔王軍の中に豚面の料理人の魔族であったり、リカオンの獣人の魔神であったりと、獣人っぽい魔族や魔神が多数いたが、その見た目は種族には意味があり、魔族と獣人の混血であったようだ。
人間界の魔王軍では獣人っぽい魔族はたしかに強力な敵であったので才能があったのだろうか、暗黒界では2柱の神々が才能を与えていないようだ。
(この暗黒界にどれほどの魔族や獣人がいるか知らないが。全員に才能与えるって流石は創造神と並ぶ最上位神の2柱だな。って、おいおい、ギルド長はまだ諦めてくれないのか)
神の存在には格があり、神、上位神、最上位神と絶大な力をもっていく。
最上位神になると創造神エルメア、暗黒神アマンテ、法の神アクシリオンしかいない。
人間界では才能がある者は10人に1人ほどの割合だった。
だが、暗黒界ではどれほどの人口を抱えているか知らないが、ほとんどの魔族と獣人に才能があるようだ。
ここまで頭の中が整理されたところで、右手にかかる力が溢れてくることに気付いた。
「……ギルド長である俺のナックルを掴むとは後悔するが良いわ!」
「ん? これはもしかして……」
「な!? ギルド長、ここでそのような力を使うなど!!」
もともとパツパツのギルド職員の制服を着たギルド長の服の内側から筋肉が躍動しているように思える。
好戦的な笑みを零す熊の獣人のギルド長の顔が野生の獣のような表情に変わっていく。
『もう遅い……。獣神ブラキノ様、不道徳な混血人に裁きを与える力をお与えください。獣王化! ぐるおおおおおおおおおおおおお!!』
制服の上半身をぶち破り、真っ黒な毛皮が筋肉により押し出されて露わになる。
勝利を確信しているのかギルド長の猛獣の顔は、笑みが止まらないようだ。
「ギルド長になると獣王化もできるのか……。ブラキノっていうのはこの大陸を支配している獣神だったよな」
『貴様、我らの獣神様に向かってなんて口の利き方だ……。馬鹿な!? これで動かないだと!!』
ギルド長はすぐに違和感に気付いた。
無表情で取り押さえられた拳が未だにピクリとも動かない。
メキメキ
グシャッ
アレンは獣王化したギルド長のアダマンタイトのナックルを右手だけで押さえていたのだが、手に力を込めて握り締めていく。
アダマンタイトのナックルが団子を握り潰すように閉じるとギルド長の手ごと粉砕した。
『ぐ!? き、貴様!!』
ここでようやく間に入ったアレンは握り締めるのを止め、ギルド長とイルゼが数歩、背後に後退した。
握り潰された右手を抑え込む左手に怒りで力が入っており、ギルド長は犬歯をむき出しにしてアレンに吠えてくる。
「むん!!」
握り締めていない方の手を使い必死に引き剥がそうとして空いた腹に、アレンは片足で蹴り上げた。
『がは!?』
「うお!? なんだ? なんなんだ!!」
「きゃああああああああ!?」
「ギルド長が吹っ飛んで出てきたぞ!!」
個室をぶち抜いたギルド長の体はそれでも勢いが止まらず、建物の壁を粉砕してロビーから獣人たちがごった返す大通りに向かって吹き飛ばした。
ガラガラ
冒険者や大通りの獣人たちの喧騒の中、アレンはゆっくりと瓦礫が落ちる壁から外へ出てきた。
「……ふむ。やはり頑丈だ。まだ生きているな」
「ぐぐぐっ」
大口が空いた建物の壁からギルド長の生存を確認する。
かなり手加減をしたが、ぎりぎり生きているようだ。
大きく割けた腹も先ほど破壊した拳もスキル「獣王化」の効果でメリメリと回復し、そろそろ全快しそうだ。
なお、ペクタンにお願いすれば蘇生することもできるが、揉めるかもしれないし殺さずに済むならそれに越したことはない。
「っぺ! き、貴様……」
即座に起き上がり、ギルド長は口の中の血を吐き出して、臨戦態勢に戻った。
「私の容姿で勘違いさせてしまって申し訳ありません。見ての通り才能があり、混血人でないので冒険者登録をお願いできますか?」
「な!? アレンよ、この後に及んで……」
「ぬ……」
アレンの言葉にイルゼもギルド長も驚いてしまう。
「あと、イルゼは私の大切な仲間です。以後、傷つけないでいただけると助かります」
謝罪まで求めないが、アレンは睨みつけながら言う。
「……仲間か。それは失礼なことを言ったな。冒険者登録か。すぐに手続きをさせる」
ギルド長はアレンの言葉にようやく我に返ったようだ。
「ありがとうございます」
真剣みのあった表情にようやく笑みが戻り、アレンは戦闘態勢を解除した。
そのままギルド長に「ここで待っていろ」と言われ、職員に冒険者登録の手続きを進めさせるようだ。
破壊された壁から外に出て、行きかう冒険者や街の獣人たちが好奇の眼でアレンたちを見つめる。
アレンはこのままでいいかとフードを被らず腕を組んで待っているとイルゼから声が掛かる。
「随分堂々としているな」
「親から貰った大事な容姿だ。……別に隠すことは何もないからからな」
(どうしても困ったらタコスにお願いして擬態するし。おすし。おら、何見てんじゃ、われ。みせもんちゃうぞ!!)
こちらを見る獣人たちを睨み返しながらアレンはイルゼに返事する。
「……そうか。私のために、さっきはすまんかったな」
「仲間だからな。ギルド長を殺さずに済んでよかったよ」
「随分な強さだな。敵と戦うために仲間や兵を指揮していたというのは誇張でも何でもないというわけか」
「……ん。強くないぞ。魔王軍に負けたって話しただろ」
「強敵と戦っているんだな」
「ああ、そういうことだ。だが、次は絶対に負けられない。それにしてもそうか、混血人は才能がないのか。だから、魔族も獣人も暗黒神と法の神から才能を貰えないから、混血人を生まないようにしているってわけだな」
(なんか知らないが心を開いてくれるな。もう少し話をするか)
イルゼのツンツンした態度が少し軟化したように思える。
「私は人族との混血だ。だが、見てのとおり『暗黒騎士』の才能を与えられている。まあ、これは生まれた後、与えられた才能だからな」
「ふ~ん、暗黒騎士になってからとかそういう話か」
「そういうことだ。他の才能があっても上書きされると暗黒騎士長に教わった」
「暗黒神様の力は絶大ってことだな」
「そういうことだ」
(暗黒神は才能を与えることも変更することも強化することもできるということか。この力は覚えておかないとな)
才能について暗黒神との貴重な交渉材料になると理解した。
アレンは会話のラリーが自らの思考が進んでも止まったことに気付く。
イルゼを見たら、何かを言おうとして一瞬ためらっていたところであった。
「ん? どうした、イルゼ」
「……これも暗黒騎士長から聞いた話だが、暗黒神様が混血人に才能を与えないのには理由があるそうだ」
(何か誤解して欲しくないから暗黒神の秘話でも教えてくれるのか。先ほど揉める冒険者ギルド長との間に割って入ったお礼なのか)
何の話だとアレンはイルゼに改めて体を向けて見た。
「混血人の中には、たまに破壊を好む狂気に満ちた者が生まれるという。あらゆる才能を凌駕し、我ら暗黒騎士でも手の追えない存在なのだそうだ。以前現われた時は暗黒騎士たちが総出で戦いを挑んだそうだ」
「何だ、その話は? 怪物か何かが生まれるみたいな言い草だな」
「何でも半魔半獣の怪物で『ヘルビースト』とか言うらしいぞ。暴走を止めるために戦いを挑み、暗黒騎士の半数以上がその戦いで死んだらしい」
「ヘルビースト……」
アレンがイルゼの言葉の意味を理解しようとしたとき、いつの間にか戻ってきていたギルド長から声が掛かった。
「おい、冒険者証の発行が出来たぞ」
アレンは冒険者ギルドで冒険者証の発行にきた中で、この暗黒界の理に触れたような気がしたのであった。





